第15話仮面オークション2

 歌劇場の構造は馬蹄型だった。

 客席を取り囲むように箱席があり、箱席には優雅に談笑する貴族達がこちらを見下ろしていた。

 

 客席には実際に競りを行う従者達が等間隔に座っている。僕も案内人に連れられて席に座らされた。

 ディノスとクロウは箱席の方に案内されている。

 一体どの辺から僕を見ているのか分からないが、独りになってしまって多少の不安はあった。

 

 クロウと分かれる直前、僕は一応二部の商品について尋ねてみた。閨で使う用途の魔石も購入するのかと。

 クロウはあのニヤニヤした笑みを浮かべながら、競り落とせるなら落とす、と言った。

 

 今回は一等級の魔石を全て落とす予定だった。

 ただ、カタログには等級の記載がない。だから僕が実際に見て判断するしかない。

 でも二部の商品で一等級があったら競り落とすなんて、なんか嫌だった。

 

 貴重な一等級の魔石の使用用途が、夜のお供だったなんて、夢を壊すじゃないか。

 若干憂鬱になりながら、椅子の背もたれに背を預ける。


 席の肘掛けに、白く細長い木札があった。おそらくこれが競りに使う札だ。

 主催者が金額を案内し、購入する意思のある者がこの札を上げるというものだ。

 

 今回の予算はなんと青天井だった。アグナル王子はなんとしても一等級魔石を購入したいらしい。

 予算の上限がないとはいえ、小市民の僕だ。適正な価格で落札できることを祈ろう。

 それでも僕の年収の何倍にもなるんだろうけど。


「紳士淑女の皆様、ようこそおいでくださいました。本日は多彩な芸術品の数々を皆様にお披露目できることを喜ばしく思います」


 舞台に主催が登場した。

 ざわついていた周囲が、さっと静まりかえった。

 いよいよ競りの始まりだ。

 僕は気合いを入れる。

 

 主催の大仰な挨拶が終わり、代わってオークションの進行を務める司会者が、木槌でテーブルをカンと叩いた。


「さて、さっそく最初の品からです。こちらはとある伯爵家に秘蔵されていたピジョンレッドの美しいジュエリーセットです」


 イヤリング、ネックレス、ブレスレットのセットになった品が、模型に飾られている。参加者によく見えるように、付き人が模型を掲げてみせた。

 

 さっそく魔石の登場だ。僕は目をこらす。魔法が使えれば、色々と判定できるんだけど。

 視覚情報だけだと限界があるんだよな。

 とはいえ、長年の魔石鑑定士としての目には自信がある。

 あれは二等級の魔石だ。白札は上げない。

 僕は椅子に深く座り直して、息を吐いた。


 競りは比較的順調に進んでいく。

 僕はすでに二つの魔石を競り落としていた。予算が青天井というのは、なかなか気持ちがいいものだ。

 

 先ほど僕と競り合っていた人物が、白札を悔しそうに降ろした瞬間は、爽快感があった。

 これは癖になりそうだ。そんなことを思いながら、次の品が出てくるのを待つ。

 次は大きな青い魔石が輝く指輪だった。

 あれは一等級だ。しかもかなり希少なオーシャンブルーの青。色が濃くて輝きが強い。最上級の代物だ。

 僕の魔石鑑定士としての感が言う。あれは極上の魔石だと。

 僕は白札を握りしめた。


「続きましては、やんごとなきお家から出品された指輪です。多くは語れませんが、この美しい魔石をご覧になればその価値は言わずもがなでしょう」


 司会が木槌をカン、と鳴らす。競りが開始だ。


「ではまずは五千万ギルから」


 僕は白札を上げた。

 もちろん、次々と白札が上がる。

 司会がどんどんと値段をつり上げていく。それに伴い白札が徐々に減っていった。


「続いては二億ギル。二億ギルです」


 僕は白札を上げたままだ。

 白札を上げているのは、僕とつい先ほど競っていた人物のみ。二人の競い合いとなっていた。


「では二億五百万ギル。二億五百万ギルではいかがでしょうか」


 僕はそのまま白札を上げる。

 もう一人の買い手も上げたままだが、その手がプルプルと震えていた。その人物は中年の小太りの男性で、こちらの方へ振り返るとギロリと睨んできた。

 睨まれても困るんだが。


「続いて二億一千万ギルはいかがでしょう」


 白札は上げたままだ。

 もう一人の買い手も上げているが、白札が揺れている。


「それでは二億一千五百万ギル」


 僕は上げたまま。

 ついにもう一人の買い手が白札を降ろした。

 

「決まりました。こちらの指輪は二億一千五百万ギルです」


 司会の木槌がカンカンと二回鳴る。

 億超えの落札に、周囲からどよめき声が上がった。

 僕のお金じゃないが、価値ある魔石を落札出来たことに満足する。

 

 確かにあんなに素晴らしい魔石が、闇に紛れて消えてしまうのは惜しい話だ。

 下手すれば国外に流出する可能性だってある。ダグロス王国の魔石は品質が良いことで有名だからな。今落札した指輪だって他国からすれば、垂涎の品物だろう。

 僕はよい仕事をした。そう思えた。


 第一部のオークションの中で、一等級の魔石は僕が競り落とした三つのみだった。つまり三つとも僕が落としたことになる。

 

 第一部が終了し、一時間の休憩を挟むことになった。買い手たちが客席から出て行く。僕もディノスたちの所に行こうと思い、席を立った。

 劇場の出入り口では、劇場の従業員が飲み物を配っていた。

 

 喉は渇いていなかったけれど、従業員が僕に差し出してきたので受け取った。捨てるわけにも行かないので、僕はその飲み物を飲み干す。

 空いたグラスをは、近くで待機していた従業員に渡した。

 

 そして僕は体の異変に気づいた。

 なんだか体が熱いのだ。

 飲み物が通った箇所が、ぽかぽかと暖かく……いやジンジンしてきた。

 

 その熱は主に下半身に集まっていき、僕の息が上がる。

 これはまずい。

 強制的にそういう気分にさせられた感じだ。

 あの飲み物、何か混ぜ物がしてあったな。

 僕は歯がみする。

 だが僕の股間は主張を始める。くそっ。

 壁に手をつき、前屈みになる。人前でなんという醜態。屈辱だ。

 

「セレスト!」


 顔を上げられない僕に、駆け寄る足音がする。


「どうした」


 ディノスとクロウだった。

 二人が僕を囲む。

 息があがり、汗を流す僕を見て、クロウが苦い顔をした。


「こりゃ警告くらったな」


 クロウが僕の股間を見てため息をついた。


「ちょっとやり過ぎたな。一つくらい譲ってやるべきだった。すまん」

「どういう、こと、なんだよ」


 僕は息も絶え絶えに聞く。

 仕事をしただけでこんな目に遭わなくちゃならないなんて、理不尽だ。


「主催側から、悪目立ちしすぎだから少し抑えろという警告だ。このオークションは貴族達のお遊びでもあるんだ。できるだけ多くの貴族にオークションを楽しんでもらう意図もあるんだよ」

「ですが、こんな手を使わなくても。毒ではないのですか」

 

 セレストが僕の背中を支えてくれた。だが、その手の温もりさえも今の僕には苦痛だった。 

 

「毒ではないな。催淫剤を使うのが一般的だ。個室を借りて休んでこい。休憩は一時間あるから、なんとかなるだろ」


 前屈みで動けない僕に向かって、酷いことを言う。すでに下半身に力が入らないのに。

 ちっとも動けない僕を見て、クロウが「しょうがないな」とぼやく。

 何をするんだと思いきや、僕の体に手を回そうとした。

 その手をディノスが止める。


「運ぶなら私が。部屋は先ほど使った部屋を借りましょう」


 言うが早いが僕を前抱きで抱えた。


「えっ、ちょっと」

「静かに。騒ぐと目立ちますよ」


 ディノスの脅しに、僕は口を噤んだ。


「俺は情報収集してくるから、あとは二人で何とかできるな」


 ディノスが頷く。

 僕はそれどころじゃ無かった。抱き上げられた衝撃で、僕のアレが爆発しそうになったのだ。

 ディノスの腕の中で身を硬くするしかない。

 ふーふー、と荒い息をつく僕。


「少しの間我慢してください」


 ディノスが僕を抱えて大股で歩き始めた。僕に周囲を見る余裕なんてない。

 とにかく早く一人になりたかった。

 ディノスに抱えられどれくらい経っただろうか。もう余裕がないぞ、と鬼気迫ったところでカウチソファに降ろされた。


「ここなら一安心です」

「うん、わかった…………っ、は……」


 体勢を変えただけで、下着がアレとこすれて腰が揺れる。

 僕は呻く。

 震える手でズボンの前をくつろげようとしたが、指にうまく力が入らない。

 これは困った。

 そんな僕を見下ろしていたディノスが、片膝をついて僕の手を握った。

 

「…………セレスト、手伝います」

「は?」

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