第14話仮面オークション
「何度見ても浮いてるな」
「うるさい」
僕の宿直部屋。
僕は窮屈な貴族用の夜会衣装を着ていた。
クラヴァットに慣れなくて、首元をいじり回す。
「着慣れてないんだ。仕方ないだろ」
僕を笑ったクロウも貴族用の夜会衣装を着ていた。普段はどこか崩れた雰囲気があるのに、今は一端の貴族の風貌が出てる。
なんだか悔しい。
「セレスト、首を触らないでください。クラヴァットが歪みます」
ディノスが僕の手を掴んだ。
ディノスも貴族用の夜会衣装を着ている。だけど、こちらはとても様になっている。
髪も後ろに撫でつけて、香水まで準備しているのだから参ってしまう。
あまりにも格好よすぎだろう。
それに比べ僕はお遊戯会に参加する子供のようだ。
あまりにも着慣れてなくて、クロウの言うとおり浮いている。
「僕は君の従者だから、こんなモノ要らないだろ」
「必要です。一応男爵家の嫡子という設定じゃないですか」
僕はむくれた。
今回の任務は闇オークションでの競り落としだ。そこに参加出来るのは貴族のみ――という建前がある。
だから僕は似合わない服も着るし、男爵家の嫡子という設定が存在する。
実際は貴族でも何でも無い従者が、オークション品を競り落とす「買い手」になるんだとか。
でも、建前を成立させるために、会場の参加者は全員仮面を被り、誰が誰だか分からないようにするらしい。
会場で名前を尋ねるのも御法度。そこまで徹底するなら、貴族でない従者も参加可にすれば良いのに。
「大体僕のような浮いた存在が貴族だなんて、誰も信用してないだろ」
「建前が必要なんだよ、何事も。今回はクロスター子爵のディノス坊ちゃまの従者だ。俺もお前も、どちらも男爵ってことで」
「男爵じゃなくていいんだが」
「オークション経験があると言わなきゃ良かったな」
「くっ」
僕は拳を握りしめる。
あれはうっかりしていた。僕にもっと聡明な頭があれば。危険を察知してもっと上手い立ち回りをしただろうに。
「なに、普通のオークションと大して変わらない。面倒な社交の挨拶があるわけじゃないからな。気楽に行こう」
クロウが僕の背中を叩く。
僕は恨めしげに彼を睨み、大きなため息をついた。
□ □ □
王城から馬車に揺られて三十分。僕らが到着したのは貴族専用の歌劇場だった。
こんなところでオークションをやっていたのか。
馬車から降りる直前に僕らは目から鼻を覆う仮面を被った。
ディノスが先頭を歩き、僕とクロウが後に続く。幾ら仮面をつけていても、ディノスの端正な顔立ちは十分に分かるようで、遠目から彼を見た貴婦人方が黄色い声を上げていた。
歌劇場の表玄関には、帯剣した騎士が立っていた。近衛騎士団のようだ。こんなところで彼らも大変だ。
その騎士にディノスがこのオークションの招待状を差し出す。封蝋と中の招待状を確認し、中へ入ることを許可された。
貴族用の歌劇場なんて、当然初めてだ。恐る恐る玄関を潜ると、広いホールになっていた。
ホールには大勢の貴族達が居て談笑をしていた。
仮面を被っていても、知り合いというのは分かるらしい。人々が交流を楽しんでいるのがよく分かった。
僕はディノスの後ろにぴったりとくっつく。華やかすぎるこの場に気後れしていた。
反対にクロウは周囲を見回し、色々と観察しているようだった。
「クロウ、これからどうするんですか」
ディノスがクロウに尋ねる。
「そうだな、二人は休憩室にでも居てくれ。俺はちょっと見て回る」
クロウが近くを歩いていたこの歌劇場の従業員らしき男を捕まえた。
「あ、君、私の主人が気分が優れないそうなんだ。部屋を用意して欲しい」
「分かりました。どうぞこちらへ」
ディノスが男の後ろを歩く。僕もついて行く。後ろを歩いていたと思ったクロウは、いつの間にか消えていた。
本当に神出鬼没な男だ。
男の案内で小さな個室に案内された僕らは、そこに入った。
部屋にはカウチソファとローテーブルがおかれていた。
僕は部屋の窓の側に立つ。
窓からは表玄関がよく見えた。馬場には今も馬車が連なっていて、ぞろぞろと人が降りてくる。なかなか盛況じゃないか。
「セレスト、これを」
ディノスから声をかけられ、僕は振り返る。
カウチソファに座り、ローテーブルの上で本を広げているディノスがいた。
「本?」
「今回のオークションのカタログです。魔石は六つ出品されるようですね。…………いえ、第二部にも出品があるな」
「僕はよく分かってないんだが、第一部と第二部があるのか?」
ディノスの隣に座る。
カタログを見たのは始めてだった。
掲載品を見て、僕の眉間に皺が寄った。
「一部と二部って、かなり毛色が違わないか」
「そう思いましたか……私もです」
一部は美術品が並んでいる。魔石も宝飾品の分類に入っていた。だが二部はどうも嗜好品の分類になるようだ。より具体的に言えば、閨で使う用途のモノが多いというか。こういうのもオークションにかけられるんだな。
「私は詳しくないのですが、その、魔石も愛玩道具になるんですか」
ディノスの口から愛玩だなんて聞きたくなかった。
僕はいささか遠い目をしながら、それでも知っている知識を披露する。
「えーっと、形を都合が良いように加工したりするってのは聞いたことある。石の属性が自分の属性と合えば、治療に使った時の要領でアレを活性化させることが出来るんだ。高齢の男性には人気だったな」
僕の説明で、魔石がどんな使われ方をしているのか想像がついたのだろう。
彼の耳が赤くなった。
消え入りそうな声で「すみません、知らなくて」と聞こえてきた。
まあ、若い男性は使わないと思うよ。うん。
「二部の魔石、競り落としたくないなぁ。王子殿下も欲しいと思うだろうか」
「クロウに相談しましょう」
「そうだな」
僕はちらりとディノスを見る。
仮面のせいで表情は分かりづらいが、それでも目を伏せカタログを読む横顔はかっこいい。
惚れた欲目じゃないと思う。
気づかいも出来て、顔も良くて、貴族で、それこそ乙女が夢見る王子様像なんじゃないだろうか。
そこまでぼんやりと考え、僕は我に返った。
何を言っているんだ僕は。
ディノスは誰にでも優しくて、どの護衛にも真剣に向き合っている。
だから僕と出会う前は、憲兵に混じって行方不明となった印章官を探していたんだ。
沢山の誹謗中傷に遭ったはずなのに。印章官を探すという茨の道を選んだ。
強い心の持ち主なんだ。
「ディノス」
「はい」
彼が顔を上げて、僕を見る。
赤い瞳が僕を捉えた。
「僕の前の印章官は、どんな人だったんだ」
ディノスが息を呑んだ。
「あ、いや、話したくないならいいんだ。少し気になっただけだから」
「………………穏やかな方でした。いつも微笑んでいらっしゃって。印章部に属してましたから、夜遅くまで仕事をしていました。それが心配でした」
「爵位持ちだった?」
「リデル男爵の嫡子です。リザロ様といいます」
リデル男爵。ペロー伯爵家の傘下にある家じゃなかったか。ペロー採掘場はリデル家が採掘に関わっていたように記憶している。
それにしても印章官は魔石の採取・採掘に関連する家が集まっているんだな。
「どれくらい護衛騎士として就いていたんだ」
「二年ほどになります」
「結構長いな」
「あっという間でしたよ」
ディノスが過去の護衛を思い出しているのか、遠い目をして微笑を浮かべた。
「ですが、私が至らなかったばかりに……」
その時のことを思い出してか、ディノスの顔が曇る。
「あの時、私があのお方の側を離れなければ、きっと守れたはずなのに」
「何があったんだ」
「リザロ様が魔石市に行ってみたいと仰ったので、二人で出かけました。市場で食事をしようということになり、私が露店で品物を購入している間にあのお方は消えてしまったのです」
「消えた……」
「探しました。何日も。それでも見つからなかった。恐らくですが拉致されたのだと思います。魔法士の制服は着ていませんでしたが、リザロ様が貴族だというのは分かったでしょうから」
ディノスの方が貴族的な立場は上だろうに、丁寧な言葉使いをする。そこからも彼がリザロ卿を大切に思っていることが伝わってくる。
僕よりも何倍も大切だと、そんな風に見える。
ずくり、と胸が痛んだ。
自分で聞いた話なのに、勝手に傷ついてバカみたいだ。
「貴族の拉致はよくあることなのか?」
「金銭目的の拉致は時折あります。ですがリザロ様の場合は、その要求もありませんでした。ですから手がかりが全くないのです」
追い剥ぎに遭って、街で死体となったわけでもないのだろう。その辺りは確認しているに違いない。
尋ねはしないが。
危険を背負って街中で貴族を拉致する理由とはなんだ。
金銭の要求も無いなんて、まるで本人に用があるみたいじゃないか。
…………あ、そうか。
犯人は印章官に用があったんだ。
しかもリザロ卿は印章部の印章官だ。印章院の中心に居たと言っても良い。僕とは違って、抱える秘密も多かっただろう。
彼自身に価値があった。そういうことだ。
そもそも印章官に護衛騎士が就くのも、印章官にそれだけ利用価値があるからだ。
実際、僕も何故か襲われていたんだった。
僕が考え込んでいると、ディノスが心配そうにこちらを見ていた。
「セレストは何があっても私が守りますから」
「…………あ、あぁ、頼むよ」
その言葉も、リザロ卿の事があっての言葉だろう。
そう思うとチクリと胸が痛む。
「おーい、お二人さんたち、そろそろオークションが始まる。会場に行くぞ」
部屋をノックしてクロウが入って来た。
僕とディノスは立ち上がり、個室を後にしたのだった。
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