第13話王子襲来
王子は興味深げに近くの木箱の箱を開けた。
手が汚れてしまうだろうに、全く気にした様子はない。そしてウェルス侯爵も止めない。
王子の後ろで眉間に皺を寄せて立っているだけだ。
石材倉庫に、更に護衛騎士が四名入ってきていた。周囲を確認し、出入り口に並ぶ。
「これが採掘された魔石か。少し綺麗な石ころみたいだな」
「研磨されていない魔石ですので」
僕は王子の近くに寄った。もし木箱が倒れて王子に何かあったら大事だ。
王子が魔石に触れようとしたので、僕は慌ててその手を遮った。
「直接触れてはなりません。採掘したての魔石は鋭利な箇所があります。気になる石があれば私が」
僕は革手袋を嵌めた。これで探すんだよ、とかざして見せる。
「ではこの魔石は何等級だ」
王子が指さす魔石を掴む。残念ながらくず魔石だ。一番等級が低い。
「…………十等級です」
本当なら斟酌して一等級と言うべきなんだろうが、魔石鑑定士としての自尊心が負けた。嘘は言えない。
「なんだ、最下級か。案外難しいものだな」
だが王子はあっけらかんとしたものだ。次々と魔石を指さしていく。
僕はそれに応じて答えていく。
だがどれも低い等級ばかりを選んでくれる。答えるこちらも辛くなってきた。
「それくらいに、アグナル王子殿下」
ウェルス侯爵が止めてくれなければ、一等級を探し出すまで続けられそうな勢いだった。
僕は心の中で侯爵に感謝する。
「ふむ。魔石というのは一目見ただけじゃ分からないものだな。ときにフィノン、君ならここから一等級を探し出せるか」
「印章官ですので」
それが仕事だ。
自信を持って言えば、アグナル王子が「探してくれ」と命じた。
僕はいつものように魔石の中に手をつっこみ、ざくざくとかき分けていく。
運良く開けた箱の中に、小さな一等級の魔石があった。
すると背後からディノスがハンカチを差し出した。
僕はその魔石をハンカチにのせ、革手袋を脱いで王子に差し出した。
「こちらが一等級の魔石になります」
王子が魔石をのぞき込む。
「ほぉ、なるほど、確かに今までのものよりも輝きが強い気がするな」
「確かに美しさの片鱗が見えていますね」
いつの間にかウェルス侯爵ものぞき込んできた。
いや、貴方は王子を止めてくださいよ。
「だが俺にはよく分からん世界だ。どれも美しい石に見える」
「等級が高くなるにつれて、保有する魔力量が増えると聞いたが」
「はい。等級の高い魔石は魔素濃度が高いため、保有している魔力量も大きくなります」
ウェルス侯爵に質問に僕は答える。この辺りは石材管理部の研究室に所属する印章官が詳しいはずだ。
僕のは付け焼き刃だからあまり深く突っ込まないで欲しいんだけどな。
「ふぅん。何にせよ簡単に身につけられる見識眼ではないということは分かったぞ。ベルナルド、俺が行かない代わりに適任者を行かせるということで手を打たないか」
「………………」
ウェルス侯爵の眉間の皺が深くなった。
「ここまで俺が譲歩したんだ。お前も折れてくれても良いんじゃないのか。それにお前だって魔石を欲しがってたじゃないか。アリスタ嬢の贈り物にでもしてやれよ」
「私が欲しいのは一つです。沢山は要りません」
「じゃあ俺が欲しい。印章院の総裁だ。魔石を沢山持ってても問題ないだろう」
「資金はどうするんですか」
「俺にだって小遣いくらいはある。滅多に使わないから貯まってしかたない。今後の研究のために魔石を買ってもいいだろう」
話がついていけない。
王子と侯爵のやりとりを、僕は口を閉じてただ聞いている。
僕にとって厄介な空気を感じていたが、口を挟む事なんてできない。
差し出していた一等級魔石を木箱に戻し、木箱の蓋を閉めた。
「ところでフィノン、君はオークションで魔石を買ったことはあるかい」
唐突に王子が僕に向かって言う。
僕はもう一度王子の言ったことを咀嚼して、一拍遅れて頷いた。
「は、はい。魔石の調達も生業にしていましたから、オークションで競り落としたこともあります」
「ほら、もうこれはうってつけの人材だろう!」
ウェルス侯爵が眉間を指で揉み始めた。
「よし決めたぞ。フィノン、今度開催される闇オークションに、俺の代わりに参加して魔石を競り落としてきてくれ」
僕の口がぱかん、と開いた。
それを見ていたウェルス侯爵が、哀れみの目で僕に言う。
「フィノン印章官、また人をやるから、闇オークションに行ってきてくれ。そして競り落とせるだけでいいから魔石を落としてきてくれ」
ウェルス侯爵が闇オークションについて教えてくれた。
闇オークションという名称だが、その実は貴族を相手にしたオークションだという。
ただ、そこに流れてくるオークション品は「いわくつき」のモノが多く、表に出せない品ばかり。
例えば金銭的に困窮した某貴族家から流れ出た美術品やら、やんごとなきお方が手放した愛用品やら、中には人気俳優の使用したドレスなんてのもあるらしい。そんな中に魔石も含まれるという。
魔石は印章指輪に使う意外にも、その美しさから宝飾品としての価値もあった。さらに魔法が使えるならば、治療品としての活用法もある。その活用法は幅広いのに対し、等級が高い魔石は、その流通量が厳しく管理されている。どこぞの貴族が手放さない限りは、一等級魔石などそう易々と手に入らない。それがどうも今回の闇オークションで幾つか出てくるという。
オークションのカタログから、出自不明の魔石が複数個売りに出されるという情報を聞きつけたアグナル王子は、高等級の魔石が国外への流出するのを危惧し、買い戻したいらしい。
本当は自分がオークションに行きたかったらしいが、それは側近達に止められた。そこで僕に目をつけたわけだ。
幸いなことに僕はオークションの経験があった。王子はこれは機会とばかりに僕に命令した。それがつい先ほど。
僕のばか。
自ら厄介ごとの渦に飛び込むなんて。
でももう遅い。
後日、呆れ顔のクロウが貴族用の衣装を持って、僕の宿直部屋に訪れることになったのだった。
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