第11話北部地方

 ディノスの過去を知った翌日。

 朝起きて身支度を調えた僕が、宿直部屋から出たら、扉のすぐ側にディノスが立っていた。

 

「うぉっ!」


 幽鬼のような表情で立っているもんだから、とても驚いた。

 気まずいとか、どう接したらいいかとか、そんなものが全て吹っ飛ぶような顔だった。


「ど、どうしたんだディノス。顔色悪くないか」

「どこに行くんですか」

「どこって、朝ご飯を食べようかと……」

「同行します」

「酷い顔だぞ。君、ちゃんと寝たのか」


 こちらが心配するような表情だ。目の下に隈が出来てないか。

 そもそもなんで君の方が死にそうな顔をしているんだ。


「大丈夫です」

「大丈夫って顔でもないが」

「大丈夫です」


 押し切るディノスに、僕はため息をついた。


「……昨日は悪かった。自分の無知を棚に上げて、君から逃げてしまって」

「いえ、事前に話をしていなかった私の落ち度です」


 ディノスに落ち度なんてないだろう。そもそも護衛騎士が過去に誰の護衛をしていたかなんて、護衛対象には関係ない話だ。

 必要なのは今、僕が護衛されているという事実なだけで。

 

 過去に拘ったのは、僕の気持ちのせいだ。

 まあ、それが問題なわけだけど。

 ディノスにこの気持ちを悟られないくらいの感情の制御は出来る。

 昨日は突然のことでびっくりしただけだ。


「君に落ち度なんてないよ。そもそも護衛騎士が過去、誰を護衛していようが関係ないだろう」

「ですが、貴方を不安にさせた」

「驚いただけだよ。でももう大丈夫だ。だから少し休んだらどうだ。本当に酷い顔だぞ」

「いえ。貴方の護衛騎士ですから、私は」

 

 頑として聞かないディノスに、僕は諦めた。体力はありそうだから、倒れることはないだろう。

 僕たちは連れだって食堂に向かった。

 食堂にはそこそこの人がいた。昨日の夕飯と同じメニューだったが、夕飯を食べ損ねた体はご飯を欲していた。

 グゥ、と腹が鳴る。

 

 ディノスと向かい合わせに席に座り、早速スープを掬って飲んだ。

 野菜と塩だけのスープだが、腹が減っていた身には十分美味しかった。

 ディノスもパンを千切り食べている。

 二人して黙々と食事を続けていれば、僕の隣に誰かが座った。

 僕の隣に座ろうとする奴なんて初めてで、僕はギョッとした。

 隣を見れば、珍しく無精髭を生やしたクロウだった。


「よう、お二人さん、元気か。昨日は食堂で修羅場ってたらしいじゃないか」


 この人の耳はどうなってるんだ。

 苦い顔をした僕を、クロウがニヤニヤ笑いながら見る。


「別に修羅場になんかなっていません。それよりどうしたんですか」

「なに、フィノン印章官に頼み事があってな。君、かなり優秀な印章官だったんだな」


 何を今更言っているんだ。

 僕は平民から初めて印章官になったんだぞ。それなりなのはわかりきったことだろう。


「褒めても何も出ませんよ。それに面倒ごとに巻き込むのはやめて貰いたいんですが」

「あのお方に目をつけられた時点で諦めるんだな」


 身も蓋もないことを言われ、僕はげんなりする。


「今は城で寝泊まりしてるんだろ。お前さんの部屋で話をしようじゃないか。ここじゃ誰が聞いてるか分かったもんじゃない」


 それは昨日醜態を晒した僕への当てつけだろうか。

 半眼でクロウを見る。彼はやはりニヤニヤ笑いながらパンをスープに浸して食べていた。


「今まで分かったことも教えてやるよ。気になってるだろう?」


 気になっていても、世の中知らない方が良かったこともあるわけで。

 知ったら巻き込まれるじゃないか。


「あえて知りたいとは思いません」

「そういうなよ。仲間だろ仲間」


 何の仲間なんだ。他人の振りをしたかったけれど、クロウの背後にはウェルス侯爵がいる。

 印章院の副総裁が背後に控えていると分かっていれば、無碍にも出来ない。

 そういうのを全部折り込みずみなのだ、このクロウという男は。

 僕が断れないことを分かって言っている。


「仲間にはなりたいとは思いませんが」

「世の中諦めは必要だよ」


 僕は答えるのも疲れてしまい、パンに齧りついた。モソモソするパンをスープで流し込む。

 クロウも無駄口を叩かず、静かに食事を始めたのだった。


 □ □ □


「これの鑑定をたのむ」


 食事を終えた僕たちは、僕の宿直部屋にやって来た。

 宿直部屋には客人が出来ても対応出来るようにソファとテーブルがある。そこに三人で座る。

 クロウがポケットから取り出したのは、番頭の家で見つけた印象指輪だった。


「これは別の印章官に鑑定を頼んだのでは?」

「いやぁ、分かったのはこいつが鉱物魔石で風属性ってことまで。産地はまでは分からなかったんだ。お前さんなら産地まで分かるだろ」

「他の印章官の方は産地が分からなかったんですか」

「そうそう。服飾ギルド長のところでお前さんがさらっと産地まで言い当ててたから、てっきり誰でも出来るもんだと思ってたんだがな。普通は分からんらしい」

「あー……まあ、魔石鑑定士でもなければ意識しないかもしれませんね」


 印章官は印章の製作と管理が主で、それに使用される魔石の価値を重要視しているわけではなさそうだったからな。

 魔石鑑定士は、魔石の産地まで特定して価値を決める。閉山した鉱物魔石なんかは、もう二度と市場に流通しないから高値で取引されるんだ。


「そういうわけでこいつの産地を知りたい。ほい、よろしく頼む」


 僕の左の手のひらに指輪が乗せられる。


「追跡開始」


 僕は右手をかざす。右手から細い光が指輪を照らした。

 うん、確かに風属性だ。あとは、産地。この感じは北部地方だな。北部のペロー産、だ。

 僕は鑑定を終え、指輪を握りしめた。


「この指輪はペロー産ですね。ペロー産は風属性の魔石が有名ですから、石属性とも合います。石の等級は五等級と言ったところでしょうか。商会印章を作る印章指輪としては妥当なところかと思います」

「さすがだな。ふむ、ペロー産か。今、ペローは高等級の産出量が落ちてるんだよな」

「そうでしたか?」

「呆れた奴だな、お前さんの記録が基だぞ。魔石の仕分けの時に産地の記録を残してるんだろ」


 そういえばそうだった。あれおかしいな。あれは僕の趣味で記録しているもので、公の記録じゃないんだけど。

 一体いつ見たんだ。


「なんで知ってるんですか。その記録は公のものじゃないですよ」

「クロウ様は何でもお見通しってな。ちなみにこの魔石がペロー産だと証明する方法はあるのか」

「ありますよ」


 僕はあっさりと頷いた。

 いくら僕ら魔石鑑定士が鑑定したとしても、鑑定誤りというものは存在する。

 だから、他の方法で証明する必要性があった。


「同じ産地の魔石同士を水の入った桶に入れて、軽くぶつけるんです。すると共鳴という現象が起きて、長く水面に波紋が浮かびます。これは異なる産地では起きませんので、誰でも簡単に識別する手段となります」

「なるほどな。誰でも出来るってのはいいな」


 クロウは指輪を眺める。

 何かをじっくり考えている様子だった。

 

「北部がきな臭いな」

「北部が?」

 

 僕は首を傾げる。

 僕は北部の情勢を知らないので何とも言えないが、何か火種が燻っているんだろうか。


「お前さんを襲った暴漢な、あいつも北部訛りのあるゴロツキでな。口を割る前に歯に仕込んであった魔石を砕いて自殺した」

「!」


 おそらく使用された魔石は、魔核由来の魔石だ。魔核の中には硬度が低く歯でかみつぶせるものがある。そして魔核自体に毒や麻酔効果を持つモノがあるのだ。

 主に医療用としても使われる魔石だ。

 

「北部は今何か起こっているんですか」

「まだ何とも言えん。北方に位置するザーク帝国とも揉めたという話は聞かないし……あの辺りは辺境伯が押さえているから、滅多なことでは荒れないと思うんだがな」

「ペロー伯爵家はどうなんですか」


 ジェノスがぽつりとそう言った。

 ペロー伯爵家。魔石の採掘場を保有する北部の有力伯爵家の一つだ。

 あとは僕の同僚の家だという事くらいしか知らない。数ある伯爵家の一つくらいの認識だったのだが。


「そこはこれから調査だな。指輪の手がかりはペロー伯爵家になりそうだ」


 なりそうだ、と言われても「はいそうですか」としか返せない。

 僕には関係のない話だ。ペロー伯爵について調べろと言われても、僕にそんな権限はないし。

 僕はあくまでも印章院の印章官で、石材管理部でせっせと魔石の仕分けをしている末端官吏でしかない。


「ペロー伯爵家の件で何か分かっても、僕に知らせなくて良いですからね。僕には何も出来ません」

「それは神のみぞ知るってやつだな」


 ニヤリとクロウが笑う。お前を存分に巻き込んでやるぞ、という顔だ。

 僕はげんなりしながら、指輪をクロウに返したのだった。

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