第10話ディノスの過去
刺客に襲われた翌日も、僕は仕事だった。
仕分けした高等級の魔石を一つ一つ見聞していく。
この時間が至福の時間なんだ。
小型拡大鏡で内包物を確認する。そこには同じものは一つとしてない、美しい鉱石の世界が広がっている。
どんなに現実が辛くとも、夢を体現したかのような綺麗な世界が確かに存在しているのだ。
それはなんと素晴らしい世界だろうか。手の中に天体を閉じ込めた奇跡があるのだ。これを愛でずに何を愛でるというのか。
一等級と二等級を分ける意味も込めて、丁寧にじっくりとそれは嘗め回すように見ていく。
次第に顔が崩れだしてニヤケ顔になる。
それを辛抱強く待っているのがディノスだ。
彼は記録係になっている。机の前で僕の鑑定が終わるのをまっているのだが、いささか呆れた表情なのは気のせいだろう。
満足げに一つ見終えた僕が、次の魔石を手にしたとき、石材倉庫にイアン室長が現れた。
部屋の片隅で魔石の鑑定をしていた僕らを見て、室長は顔をしかめた。
「ここに居るのは君たちだけかね」
「そうですね」
「また消えたのか。本当に困った奴らだ」
消えた同僚のことを指しているのだと思えば、今更な気がしてくる。でもイアン室長も、一応管理者の意識はあったんだな。
「どうかしたんですか。魔石の仕分けは遅延なく終わらせているはずですが」
「そちらの方は心配していない」
そうですか。人員が二人ほど消えてますが、心配してないんですか。
そっちの方が心配じゃないかと思うんだが。
「では何か僕らに用事でしょうか」
「用事ではない。決定事項だ」
「決定事項?」
僕とディノスは顔を見合わせた。
何だろう、決定事項とは。
「何が決定したんですか」
「フィノン、君は昨日襲われたそうだな」
「はい」
「それを総裁が憂慮されて、城の滞在許可が降りた。今日からしばらくは宿直部屋で寝泊まりするように」
「えっ、今日からですか」
「そうだ。文句はあるまい」
「ですが、着替えとかどうしましょうか」
「しらん。自分で何とかしろ。だが城からは出るなよ」
「えっ」
言うだけ言って、イアン室長は石材倉庫を出て行った。
僕は途方に暮れる。
寝る場所が城になることに対して文句があるわけでは無いが、あまりにも急すぎないだろうか。
着替えが無いまま、一体いつまで城に滞在すればいいんだろうか。それに多少は僕だって身だしなみの用品を持っている。それらは兵舎に置いたままだ。
呆然としていた僕に、ディノスが声をかけてきた。
「差し支えなければ、着替えは私が用意してきます。日用品も。私なら城も出られるでしょうから」
「ディノスにそんなことさせられないだろう」
着替えとは言ったが、ようは下着だ。ディノスに僕の下着の用意をさせるなんて、そんなこと出来るわけない。
「ですが、同じ服を何日も着てはいられないでしょう。城での宿泊日数が分からないんです。用意はしておかなくては。それにセレストが城で寝起きするなら、私も宿直部屋を用意して貰いますから」
「わざわざ僕に合わせなくてもいいんだが」
「襲撃を受けたんです。何を言っているんですか」
何を寝ぼけたことを。そう言わんばかりの顔で断言される。
ディノスは机の横に立てかけていた剣を腰にぶら下げた。
「では行ってきます。私が戻るまで、絶対にここから出ないでくださいね」
「わかった」
そう答えるほかない。
僕はディノスを見送り、一人になった倉庫でため息をついた。
「王子様だったら、こういう悩みなんて無いんだろうな」
きっと王子は純粋なる善意で、僕を城に置いてくれたんだろう。そちらの方が安全だからと。
僕のこの小さな悩みなんて、想像もしてないに違いない。
「はぁ、大変なことになったぞ」
僕はもう一度深いため息をついたのだった。
□ □ □
魔石の鑑定作業を一通り終えた頃、ディノスが大きな鞄を抱えて現れた。
聞けば、一度クロスター子爵の屋敷に戻って僕の身長に合う服を見繕ってきたという。自分の服も用意出来るので丁度良かったと笑う彼に、僕は何も言えなかった。
これはどんな風にお礼を返せばいいのだろうか。
どう見ても僕の普段の服よりも高価な服だ。
でも断るのも申し訳ない。
クロスター家の家令が準備してくれたという服と身だしなみ用品を受け取り、僕は割り当てられた宿直部屋に入る。
なんとアグナル王子が用意してくれた宿直部屋は、下位貴族が寝泊まりする部屋だった。僕の兵舎よりも広くて豪華な部屋に、めまいがしそうになる。
さらに護衛対象が宿直部屋で寝泊まりするなら、護衛騎士も寝泊まりするだろうと、部屋も隣同士で用意されていたという。
こういう所はちゃんとしてるんだな。
妙な感心をしていれば、宿直部屋をノックする音が聞こえた。
「空いてるよ」
「セレスト、夕食はどうしますか。少し早いですが、食堂に行きましょうか」
ディノスだった。
「そうだな。早いけど食べようか。混む前に行こう」
僕とディノスは食堂に向かった。
食堂は想定とおり空いていた。
食堂でパンとスープを受け取ると、適当な所に二人で座る。
城の食堂は、夜は質素な食事になるんだよな。
昼よりも城に居る人間が少ない為だろうが、残念な気持ちになってくる。行きつけの食堂で、ソースがたっぷりかかった豚肉が食べたい。
そうか、城に滞在するということは行きつけの食堂のご飯が食べられないということだ。それはとても悲しいことのように思えた。
「そんなに悲しい顔をしないで。きっとすぐにいつもの日常になりますよ」
ディノスがスープを掬いながらそう言う。
野菜と塩だけで味付けされた素朴なスープだ。
でも行きつけの食堂ならそこに魚や肉の出汁が入って、旨いんだ。味の深みが違う。
「そうは言ってもなぁ……終わりが見えないからな」
食事の落差に落ち込みもする。それにディノスに迷惑をかけてばかりだというのも、落ち込む原因だ。
僕の護衛騎士でさえなければ、こんなことにはならなかっただろうに。
黒パンを千切り、スープに浸していた時、背後から声が聞こえた。
「見ろよ、貧相な孤児と出来損ない騎士だぜ」
「あぁ、よく出仕できるよな。俺なら恥ずかしくてできない」
「もう一生、暗い倉庫から出てくるなよ」
僕らに聞こえるように嫌みを言うのは誰だ。
振り返れば、消えた僕の同僚たちだった。
あいつら、こんなところで油を売ってたのか。
だがそんなことよりも発言の内容だ。
僕のことはいい。貧相なのも孤児なのも事実だ。でもディノスは違う。出来損ないの騎士なんかじゃない。立派な護衛騎士だ。
一言申しつけてやろうと、腰を浮かした時、手を掴まれた。
驚いてディノスを見る。
ディノスがゆっくりと首を横に振った。
「だがしかし、君のことを侮辱したんだぞ」
「いいんです。……全て本当のことですから」
「なんだって」
僕の切り返しに、ディノスがはっとした顔をした。
「あの、もしかしてあの事件のこと、知らないんですか」
「事件?」
ディノスが「あぁ……」と声を漏らした。
それはどこか絶望が含まれていたような声で、僕の胸がざわりと騒ぐ。
死刑宣告でもされたかのような暗い表情で、ディノスが口を開く。
「…………三ヶ月前、私が護衛していた印章官が行方不明になったんです。休日の市場で。私がほんの少し離れた間に、姿を消してしまいました」
「!」
「私が護衛騎士失格なのは正しいんです。本来なら近衛騎士団を退団すべきだったのでしょうが……どうしても行方不明のあの方を探したくて、憲兵に混じって捜索を続けていました。それがセレストに逢うまでの私です」
ディノスは訳ありの護衛騎士だったのか。
だから僕の護衛騎士にもなったし、あれほどまでに僕の「護衛」に拘っていたんだ。
謎が融解していく感覚だった。
ディノスは一度任務を失敗していた。だから、当然二度目の僕には気を遣うし、過保護にもなる。
今までの優しさは全部、後悔から来ていたのか。
それを僕は勝手に勘違いしていた。
僕個人への好意だと受け取っていた。
本当は僕という個人を見ていたのではなく、印章官としての僕を守ることが一種の償いになると思っていたに違いない。
だというのに、ディノスの言動で浮かれていた僕は、そんなことに全く気づいてなかった。
なんて愚かなんだろう。
彼の笑顔で胸を高鳴らせていた。
彼の言葉で幸せになっていた。
その言動のすべてが、後悔から来ていたのだとしたら。
どうしてだろう。どうして僕はこんなに辛いんだ。
いつの間にか喉の奥が詰まって、とてもじゃないが食事できるような状態じゃなくなっていた。
「すまない、先に部屋に戻る。君は食事をしてくれ」
「セレスト!」
ディノスの制止の言葉も、今の僕には効かない。
食事が載ったトレイを持って返却口に置く。それから早足で食堂を出た。
割り当てられた宿直部屋に駆け込み、ドアの鍵を掛ける。
そのまま扉に背を預け、天上を仰いだ。
「なんでこんなに衝撃を受けているんだ、僕は。別にディノスが過去誰の護衛で、どんなことがあったとしても変わらないだろうに。でもなんで、こんなに苦しいんだろう…………」
ズルズルとしゃがみ込み、僕は頭を掻きむしる。
印章官となって初めて対等に接してくれた人だった。僕の目を見て笑ってくれた。
優しい人だと思っていた。
日々過ごすたびに、楽しい気持ちが芽生えていた。
彼の人となりを知るたびに、多分僕は彼にはまっていってた。
だから次第に彼のことが好きになっていたんだ。僕さえも気づかない間に。
じわじわと。
「セレスト!」
ドン、と扉が叩かれた。僕はびくりと肩を震わせる。
「騙しているつもりは無かったんです。本当です。俺のことはかなり有名になっていましたから、知らない人は居ないと勝手に思っていました」
扉越しに必死な声が伝わってくる。
あんな風に嫌みを言ってくる奴が居るくらいだ。多くの人に知られている事実だったんだと思う。僕が無知だっただけで。そして僕が勝手に好きになっていただけで。
「どうか、扉を開けてください。俺を貴方の護衛騎士で居させてください」
懇願するような声に、僕はどう応えたらいいんだろうか。
実際の所ディノスには、僕の護衛騎士という道しか残されていないのだと思う。
僕の護衛は、アグナル王子の命令だ。護衛騎士として一度失敗している彼の、二度目の騎士人生だ。
ここで僕が護衛騎士を変えてくれと言ったらどうなるか。
いや、そんなこと僕からは言えない。
護衛騎士が居なかった僕のために、アグナル王子が宛がったのがディノスだ。王子の決定を不服とするなんて、官吏の僕が言えるものか。
僕にどのみち逃げ道なんてないんだ。
だったら、好きだという気持ちに蓋をして、変わりない日々を過ごすしかない。
それが最善だ。
何もかもを以前のとおりに。僕はただ優秀な護衛騎士と執務をこなしていくんだ。
僕は立ち上がり、扉の鍵を開けた。
ドアノブをゆっくりと回せば、扉が少し開く。
「セレスト……」
「すまなかった。少し驚いただけなんだ。君が僕を騙していたとは思っていないよ」
空いた隙間からセレストの体が見える。
顔は見られなかった。首元あたりに視線を彷徨わせ、うつむく。
「君は僕の護衛騎士だ。明日からもよろしく頼むよ」
声も震えずきちんと言えた。
感情も制御出来ている。上出来だろう。
「君の過去は、僕には関係ない。僕が平民だろうが関係ないと君が言ってくれたようにね。今日はもう疲れたから寝ようと思う。この部屋からは出ないから、安心して君も休んでくれ」
扉を閉めようとしたが、強い力でそれを防がれた。
「?」
「どうして顔を見てくれないんですか」
声が降ってくる。悲しげな声だ。
「俺のこと、嫌いになりましたか」
それが出来たらどれだけ楽だっただろう。
諦めて僕はディノスの顔を見上げた。
「おやすみ、ディノス。また明日」
ディノスの顔が一瞬歪んだ。扉を閉めれば、その顔も見えなくなる。
閉じた扉の鍵を掛ける。
しばらく扉の先で気配がしていたが、コツコツと廊下を歩く音が聞こえ気配が消えた。
僕は目を閉じ息を吐く。
本当に何をしてるんだ、僕は。いい歳こいて恋だなんて。
恥ずかしくて、苦しくて、どうしようもないじゃないか。
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