第9話刺客
孤児院からの帰り道、僕はディノスに謝った。
「すまないな、トンボ帰りになってしまって。……たぶん、今も孤児院じゃ、客人をもてなす余裕は無いと思うんだ」
「気にしないでください。それよりもあそこがセレストの故郷なんですね」
「まあ、そんなものかな」
「素敵な場所ですね。院長も素敵な女性でした」
ふんわりとディノスが笑うので、僕の胸がドキっと鳴る。
確かに僕は面食いかもしれない。顔が良い人物に笑いかけられたら、それだけでクラリとよろめきそうだ。
ましてや僕は彼と接吻までしてしまった仲だ。つい口元を意識してしまう。……いや、あれは事故だ。事故。
「院長のお陰で僕は真っ当な道を歩むことが出来たから、感謝してもしきれないよ」
「そうでしたか。そう言い切れるセレストが少し羨ましいです」
「…………」
そういえば彼は子爵家の私生児だったな。複雑な家庭環境にあったのかもしれない。いや、この反応だとあったのだろう。
「君、あの子達の兄にでもなるかい?」
「え」
「あそこは誰でも兄弟になれる場所だ。いつだって人手不足だし、いつだって兄弟代わり、親代わりの人物が必要なんだ。僕も時々勉強を教えてる」
「それは考えたこともありませんでした」
「まあ孤児院なんて、普通は視界にも入らないだろうからな。でも、君のような優秀な人材ならいつだって歓迎だ。あの子らも騎士様と話せて喜ぶだろうよ」
ディノスが真剣な顔で僕を見た。
「そうでしょうか」
「知らないのか? 今の女の子達の流行歌は、騎士様との恋物語を歌ったものだよ。君なら間違いなく人気者だね」
ふふふ、と笑い、いいことを思いついたと言わんばかりにディノスが言う。
「あの子達の兄になれば、セレストとも兄弟になれますね」
「そうだな。君が弟になるのは不思議な感覚だが」
「孤児達の兄になるのも良いですね」
「新しい家族を作るのも、案外良いんじゃないのか」
そんな話をしながら、街の大通りを歩く。
二人で歩いていたが、急にディノスが僕の背後にぴったりとくっついた。こんなこと初めてで、僕は驚いて顔を上げる。
「ディノス?」
「後をつけられています。俺から離れないで」
人称が私から俺に変わった。ディノスが緊張しているのが伝わる。
僕はゴクリと唾を呑んだ。
「歩きにくいかもしれませんが、我慢してください」
「わかった」
ディノスが腰に手を回す。僕の隣を歩く速さが早くなる。足の長い彼に合わせるのは大変だったが、付け狙われていると聞いては必死にもなる。
「……すみません、貴方を危険な目に遭わせます。必ず守りますから」
「君の良いようにしてもらって構わない」
ディノスが僕の手を引いて走りだす。大通りから裏路地にだ。
つまり追ってを誘っている。
ディノスは追っ手と対峙することを選んだ。
僕は後ろを振り返った。
男が三人、片手に刃物を持っていた。
僕はゾッとする。この男達は明確な殺意を持って、僕を追いかけているのだ。
命を狙われている自覚をした僕は、必死に走った。
ディノスに手を引かれ、建物と建物の隙間に押し込まれた。
僕がよろけるのと同時に、剣を鞘から引き抜く音が続き、キンと金属がぶつかりあう音が響いた。
細い裏路地だ。男達は一人ずつしかディノスと対峙出来ない。ディノスは器用に剣を振り間合いを詰める。
男が壁を走り出した。ディノスを越えて、僕の方へ。ディノスが跳躍する。そして壁を走る男の足を掴んだ。
そのまま引きずり降ろし、地面に押さえ込む。藻掻く男を押さえこむのに精一杯のディノスに、男二人が襲いかかった。
「炎柱!」
ディノスが手を男達の方へ向けた。言葉と同時に男達の足下から円柱状の炎が上がった。
炎は男達の衣服を燃やし、火だるまにする。
火の攻撃魔法だ。
見るのは初めてだが、相当な威力だ。服が焦げる匂いと炎の熱さに僕は呻いた。
炎に巻かれた男達は、衣服を脱ぎ捨て走り去る。
ディノスに押さえ込まれた男も逃げようとするが、それをディノスは許さない。
足に剣を突き立て、動きを封じた。
「うぁああああ」
「逃がさないぞ」
その声はとても冷え切っていて、普段のディノスからは考えられないほど硬い声だった。
□ □ □
火の魔法を使ったことで、街の住人たちが集まってきた。その騒ぎを聞きつけ警吏もやって来たところで、なぜかクロウが現れた。
「騎士が街で大乱闘だと聞いて来てみれば……何やってんだ、あんた達」
呆れ顔のクロウに、僕はむっすりした顔で答える。
「いきなり襲われたんだ」
「それで足を負傷したゴロツキ一人確保したわけか」
「クロウ、彼はセレストを狙っていました。詳しく調べるべきです」
ディノスが縛り上げた男を睨みながら言う。
クロウは顎を撫でながら、なるほどな、と呟いた。
「そりゃ存分に調べないといけないな。よし、俺の方で手配しよう。おーい、この男を留置所へ送ってくれ」
男は警吏に引きずられるように、馬車に乗せられた。
「それじゃあ俺は男の方を調べよう。護衛騎士殿、お勤めご苦労。詳しい内容は報告書を書いてくれよな」
クロウが手を振りながら去って行った。あの言いぶりだと、護衛騎士の日誌を読むことが出来るような口ぶりだ。
「本当にクロウは何者なんだ」
立ち去ったクロウの方を見ながら僕はぼやく。
その僕の手を撫でる手があった。
「怪我をしていますね」
ディノスだった。
怪我をしている自覚はなかったが、どこかで擦ったらしい。
「舐めときゃ治るさ。たいしたことないよ」
「貴方を守ると言ったのに、すみません。それに二人も逃してしまいました」
「僕を護りながら三人を相手にする方が大変だ。うまく裏路地を使ったな」
「……逃げる手を使わなかった私を責めないのですか」
僕は肩をすくめて見せた。
「何か考えがあったんだろ? 僕の価値といえば、印章官ということくらいだ。それでゴタゴタに巻き込まれた気配はしているから、しょうがない」
脳裏にアグナル王子が浮かぶ。クロウも暴れ馬王子と呼んでいたくらいだ。今回の件も、王子が何やら画策していた面倒ごとに巻き込まれたと考えていいだろう。
つまり僕は、王子に目をつけられた時点で終わりだったのだ。
むしろディノスの方が可哀想だろう。そんな僕の護衛騎士になってしまったのだから。
「情報源を逃してはならないと……印章官を狙う輩を割り出さなければならないと思っていました」
「一応その目的は達成できたじゃないか。口を割るかどうかはクロウ次第だろうけど」
「ですが、私はセレストの護衛騎士です。護衛騎士としては、私は失格です」
妙に落ち込んでいるのはそれが原因か。根が真面目なんだな。
「印章指輪にまつわる事件が起きてるんだ。その解決のためなら、多少の危険は必要な事だと思うよ」
「セレスト……」
ありがとう、とちいさく呟いたディノスの顔はどこか憂いを帯びていた。
「それよりも、早く兵舎に戻ろう。狙われるのもごめんだ」
さすがに兵舎まで戻れば、逃がした奴らも追ってはこないだろう。
僕がそう言えば、セレストも頷いたのだった。
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