第4話護衛騎士

 ディノスは優秀だった。僕があれこれ指示をする前に、必要な事柄を読み取って行動してくれる。

 僕のことをよく見ているんだと思う。護衛騎士というよりは従者のようなきめ細かさに、脱帽するばかりだ。

 石材倉庫の魔石仕分けも、二人でサクサク終わらせていく。

 

 僕が護衛騎士を連れてきたことに驚いた同僚たちは、その護衛騎士が仕事を手伝っていることにさらに驚いていた。

 だが、僕らが今までの何倍もの速さで仕事を処理しているのを見た彼らは、また石材倉庫から姿を消した。


 懲りない奴らだと思いつつも、魔石の仕分け精度が甘い彼らの仕事ぶりに嫌気がさしていたので、これで良かったのだと思う。

 ディノスと二人だが、効率的に魔石の仕分けを進められるのは大変気持ちがいい。

 

「セレスト、確認済みの箱を移動させます」

「あぁ、よろしく頼む」


 ディノスはそう口数が多い方では無かった。

 僕もおしゃべりな性質ではなかったから、二人して黙々と魔石の仕分けを続けていた。

 それでも気詰まりしない空気には助かっていた。彼には僕に対する気遣いのようなものを感じていたからだ。むしろ無言の作業も楽しいと思えた。

 そのおかげでゆとりをもって、仕分け予定の箱を終わらせることができた。上等だ。

 僕は一等級と二等級の魔石が入った麻袋をディノスに掲げて見せた。


「君のおかげで余裕を持って終わらせることが出来た。助かったよ」

「そうですか。それは良かった」


 ディノスが微笑む。僕をまっすぐ見てくれる視線は本当に久しぶりで、どうも心の中がむず痒くなる。

 ましてや端正な顔立ちの彼だ。これが乙女なら恋にでも落ちているかもしれない。

 

 ディノスの顔を正面から見ていられず、視線を下げる。黒い制服が土埃で汚れていた。

 木箱は土や埃で汚れている。それにもかかわず、嫌な顔せずそれらを持ち運んでくれた証拠だ。


「あぁ、制服が汚れてしまったな。少し冷たいけれど、水魔法を使おうか」

「水魔法?」

「簡易洗濯の魔法だよ。君さえ良ければだけど」

「お願いできますか?」

「じゃあ十秒くらい息を止めててくれ」

 

 僕はディノスに向かって手を掲げた。


「洗浄開始」


 彼の頭上に水の塊がムクムクと出来て、そのまま下にゆっくりと落ちていく。

 頭からつま先まで、水の塊が通過したところで、僕は手のひらを握りしめた。それに合わせて水が霧散する。


「終わり。少し湿ってると思うけど、今の時期なら乾くと思う」


 冬場なら、風の魔法と火の魔法を混ぜ合わせた温風を使って乾かすんだけどな。

 そこまではしないでいいだろう。

 この魔法、便利なんだけど皮脂汚れは落ちづらいのが難点なんだ。


「へぇ、便利な魔法ですね。私もこの魔法が使えれば良かったのに」

「君の属性は何なんだ?」


 貴族が貴族たる所以は、その魔力の高さにある。その魔力を使い、魔物を鎮め、領土を納めたことからこの国の貴族制度は始まった。

 だから子爵の息子のディノスにも魔力はあるんだろうが、水属性じゃないのか。


「火属性です。攻撃に特化しているので、生活に役立つような魔法は使えなくて」

「火属性じゃ、水の魔法は無理だろうな……」


 真逆の性質を持つ属性じゃないか。それじゃあ水魔法は珍しいだろう。

 ちなみに僕は無属性なので、どの属性の魔法も少しづつ使える。けれど攻撃魔法のような属性に大きく依存するような魔法は使えない。

 まあ魔法士と言っても遊撃隊の魔法兵士じゃなく印章官だから、問題ないんだけどな。


「セレストは水属性ですか」

「いや、無属性」


 ディノスの目が丸くなる。確かに無属性は珍しいだろうけど驚きすぎじゃないか。


「あまねく貴きとうと属性じゃないですか」

「おい、不敬だぞ。僕のはたまたまだ」


 僕は慌ててディノスに詰め寄る。

 あまねく貴き属性とは、王族やそれに近い一族に使われる呼び方だ。確かに王族は無属性になる場合が多いと言われるが、平民の中にも数は少ないけど無属性の魔法使いはいる。

 僕はその珍しい平民というだけに過ぎない。

 

「あまり大声で言わないでくれ。珍しい属性ではあるけれど、生活魔法が使える程度なんだ。王族と同じ属性だなんて口が裂けても言えないよ」

「それはすみません。ですが無属性というのは珍しいですね。」

「魔石鑑定にはもってこいの属性だよ。属性に引っ張られず、正しく鑑定できるからな」

「そうですか。それは素晴らしい属性ですね。他にどんな魔法が使えるんですか」

「たいした魔法は使えないよ。ランプの火をつける火の魔法とか、ペーパーナイフ代わりの風の魔法とか、そんなものばかりさ」

「無属性というのは便利ですね。私も使ってみたい魔法ばかりだ」


 心底そう思っていると言わんばかりのディノスに、僕はだんだん面はゆくなってくる。この話題も早々に切り上げて兵舎に帰ろう。


「そ、それじゃあ今日の仕事も終わったし、ここまでとしよう」

「そうですか」


 石材倉庫の鍵を閉めて、鍵の保管室に立ち寄る。守衛に鍵を渡して僕らは城を出た。夕焼けが王都を照らしていた。茜色の街並みを見ていれば、腹がグゥと鳴った。


「夕飯はどうしますか」


 僕の後ろを歩いていたディノスが問う。僕は振り返った。


「一度部屋に戻って、着替えてから食べに出るけど……」


 まさか、それにも同行するというのか。言いかけて気づいた。護衛騎士ってどこまで僕についてくるんだ?


「そうですか。では同行します」

「いやいや、すぐそこの食堂で食べるだけだから、そこまでついてくることはないよ」

「いえ。セレストの護衛が私の任務ですから」


 兵舎の近くには、兵士達を相手にした食堂が多く営業している。本当にすぐ近くなんだ。いくら何でも過保護すぎないか。


「そうは言っても、すぐそこの食堂だ。必要ないよ」

「……迷惑かもしれませんが、どうか私に貴方を守らせてください」


 真摯な顔で、ディノスが僕の目を見て言う。

 あまりにも真剣だったので、僕は思わずごくりと唾を呑んだ。なんだ、まるで愛の告白されているみたいじゃないか。

 

 夕方で良かったと思う。僕は僕の顔が熱くなるのを感じていた。絶対に顔が真っ赤だ。

 彼の人となりは今日の半日で十分分かった。誠実な人だ。僕を知ろうとしてくれるし、守ろうとしてくれる。そんな人物をどうして嫌いになれようか。


「そこまで心配してもらうような歳でもないよ……」

「年齢は関係ありません。私が側に居たいんです」

「…………」


 何を言われようとも引き下がらない。そう目が語っている。僕は両手を挙げて降参だ、と言った。


「わかったよ。今から夕飯を食べに行く。君も一緒にどうだい?」

「良かった」


 心底良かったと言わんばかりに微笑む顔が、これまた綺麗で。僕は本日何度目かの胸の高鳴りに踊らされる。

 異性にもこれほど胸を騒がされた事がない僕が、出会って半日の彼にこれほど振り回されるのが少しばかり癪だった。


 □ □ □


 行きつけの食堂でディノスと夕飯を食べた僕は、きっちり兵舎の玄関まで送ってもらい彼と別れた。明日の朝、彼が迎えに来るまで兵舎から出ないようにと念を押されたが。

 とにかく僕と離れるのが嫌だと言わんばかりの護衛具合に、さすがの僕も心配になってくる。

 僕はそんなに頼りなく見えるだろうか。

 そりゃあ、一般成人男性よりも背は低いし筋肉もついてないが、一応魔法士として王国に認められているんだが。


 兵舎の自分の部屋でため息をつく。

 割り当てられた部屋は、簡素な宿泊施設といったところだ。小さな机とベッド、そして洋服箪笥しかない。

 机の上に置かれたランプに明かりをつける。


「発火」


 指先から放たれた炎が、ランプの芯に移った。火魔法だ。

 僕は魔法士の制服を脱ぎ、水魔法で軽く洗濯をする。箪笥に制服をしまい、僕はベッドに倒れた。

 首からぶら下げていたチェーンがシーツに広がる。


「こいつのことを調べられるのは当分先だろうな」


 僕はチェーンを引っ張る。チェーンの先には魔石のない印象指輪がぶら下がっていた。

 この指輪は、孤児院に捨てられた時に僕が持っていた指輪だ。魔石が無いのは元からで、恐らく誰かがもぎ取ったのだろう。

 それでも印章指輪だと分かったのは、指輪のベゼル部分に印章の一部が施されていたためだ。


 僕が印章官を目指した理由の一つには、これもあった。

 赤子の僕が握りしめていたという指輪。きっと僕に縁のある指輪なのだと思うけど、平民だった僕には、その指輪の持ち主を探し出すことはできなかった。

 

 けれど印章院の登記部なら、今まで作成された印章指輪の記録が残されているはずなのだ。この指輪の正体が分かるかも知れない。


「ま、気長にやるさ。ひとまず護衛騎士も就いてくれたし。……しかし、反則級に顔が良い男だったな。あれじゃあ、引く手あまただろうな」


 今のご時世、同性婚が流行しているのだという。

 つい先日も、有名な戯曲作家と音楽家が結婚したという話も聞いた。北方では未だに同性婚に対しての抵抗が強いらしいが、南方では男も女も愛せるのは人類を愛しているのと同義と公言している者も多いのだとか。

 

 昨今のそういう風潮のなか、性格も良く、顔も良いディノスのような男は耳目を集めるだろうなと思った。

 今は印章官の護衛騎士を務めているが、いずれは高位貴族の護衛騎士に取り立てられ、その働きが認められて叙爵……そんなところだろうか。そうすれば貴族の令嬢たちが放っておくまい。いや、令息もか? 

 

「……ま、僕には関係ない話だな」


 何を考えているんだ僕は。他人の恋愛事情を気にするなんてはしたない。

 首を振り、ベッドから起き上がった。ブーツを脱ぎ、ズボンと上着も脱ぐ。椅子に畳んで重ねると、寝間着に着替えて早々にシーツに潜り込んだ。


「あ、明かり」


 再びモソモソとベッドから出て、机の上のランプの明かりを消す。眠るには少しばかり早い時間だったが、今日も存分に体を動かしたので眠気が襲ってきていた。

 明日のことは明日考えよう。目をつむった僕は、すぐさま深い眠りについたのだった。

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