第3話魔石の鑑定

 僕たちが応接室に滑り込んだのと、先触れの従者がやって来たのはほぼ同時刻だった。

 息が整わない中、ごくりと唾を飲み、ふぅと息を吐けばようやく心臓も落ち着いてくる。

 

 応接室にはエリノア伯爵、伯爵の護衛騎士、イアン室長、室長の護衛騎士、そして僕が居る。

 一体僕らに何の用事なんだろうか。全く予想がつかない。


 護衛騎士が二人、室内に入って来た。ざっと室内を見回し、扉の両脇に立つ。

 それに続き、黒髪の長髪に紫紺色の瞳をした青年と、僕と同じ歳くらいの男性が続く。

 

 一目で青年がアグナル王子だと分かった。僕の記憶が正しければ、今年で十八歳になるはずだ。

 王子と侯爵に続いて、さらに従者一人と護衛騎士が三名入室したせいで、部屋が少し息苦しく感じた。


 アグナル王子が上座に座り、ウェルス侯爵が隣に座る。その向かいに僕たちが座った。無論僕が一番末席だ。


「突然すまなかった。隙間時間が出来たんでな、今しかないと思って訪問した」

 

 悪気のなさそうな声に、これが王族か……と僕は遠い目をする。


「時間があまりないので、端的に言おう。まずはこれを鑑定して欲しい」


 アグナル王子が従者に指示を出す。従者がエリノア伯爵の前に、一枚の契約書と、魔石が三つ並んだ箱を見せた。


「この契約書に使われている魔法承認と、同じ性質の魔石を当てられるか」


 重要な契約書などには、印章指輪を用いた「魔法承認」と呼ばれる魔法が行使される。魔法承認とは、契約者に契約の履行を約束させる精神的・肉体的な拘束力を持つ魔法だ。

 

 例えば、重たい魔法承認だと、契約不履行時に心臓を止めてしまうものとかもある。

 

 その魔法承認がかかった契約書は、指輪に使用されている魔石と同じ魔力を帯びる。王子は契約書の魔力を解析し、三つ並んだ魔石の内同じ性質の物を当てろと言っていることになる。

 

 僕は箱の中の魔石を見た。イアン室長も見ていたが、首を傾げていた。


「私よりも適任者がおりますので、その者に鑑定をさせます。フィノン、鑑定を」


 伯爵からの呼び出しと聞いてから感じていた、嫌な予感が当たった。

 でも嫌だなんて断れない。

 従者が僕の前に契約書と箱を差し出した。

 

 まずは契約書からだ。

 僕は契約書の下部にある、印章部分に手をかざし「解析開始」と呟く。

 手から淡い光が放たれ、契約書を包んだ。

 

 僕の魔力は属性を持たない、無属性の魔力だった。珍しい属性だが、だからこそ対象物の備える魔力を正確に感知することが出来る。

 魔石鑑定士向きの魔力だった。

 

 ふむ。この契約書の魔力は風属性のようだ。でもこの程度なら誰でも出来る内容のはず。わざわざ僕を呼ぶくらいだ。もっと念入りに調べろということなのだろう。


「追跡開始」


 言葉を重ねれば、光が光線になり印章部分だけに当たる。

 ……この印章は鉱物由来の魔石だな。他には、北部……ペロー地方の魔石だろうか。

 解析結果から僕はそう結論づけた。

 

 ちなみに魔石は大別すると三種類ある。

 魔物の生命の源である魔核。特定の樹木の樹液。鉱物。この三つだ。最も希少価値が高いのは魔核だが、この契約に使われている魔石は鉱物由来のものだった。

 


 契約書をテーブルに置き、次に魔石の鑑定にはいる。

 制服のポケットから小型拡大鏡を取り出す。

 箱の中には親指の爪くらいの研磨された魔石が三つ並んでいる。

 

 拡大鏡を眼前で固定させ、魔石を左指で摘まむ。

 魔石を動かし、焦点が合う場所を探す。くっきりと魔石が見えたところで、じっくりと表面と内部を観察し始めた。

  

 これは魔核だ。石の中心に煌めく核がある。

 石を元に戻し、次の魔石を摘まんだ。

 これは鉱物だ。内包物が星空のように輝いている。

 最後の一つも摘まんで確認すれば、これも鉱物だった。

 僕は石を箱に戻すと、拡大鏡を仕舞った。

 両手を箱の上にかざす。


「解析開始」


 両手から淡い光が放たれる。

 魔石のうち魔核は水属性。鉱物は二つとも風属性だった。


「追跡開始」

 

 魔石の採取、採掘先を確認する。

 魔核はグルーデカという魚のもの。鉱物は一つが北部ペロー地方、一つが南部プロップ地方のものだ。

 ということは、契約書に使われている魔石と同じ性質の魔石はこいつだ。


 僕は真ん中の魔石を摘まんで見せた。

 

「この魔石が契約書に使われた印章指輪と同じ性質を持つものです」

「根拠は?」


 王子の問いに僕は答える。


「契約書に使われた指輪は、鉱物由来の魔石かつ、北部地方……おそらくペローあたりの魔石でした。箱の中の魔石ですが、一番右端の魔石は、グルーデカの魔核です。残りの二つは鉱物由来の魔石でしたが、真ん中の魔石がペロー地方の魔石、左端の魔石はプロップ地方の魔石であると鑑定しました。北部地方の鉱物魔石という共通項から真ん中の魔石が目的物だと判定しました」


 僕の解説を聞いて、王子が笑いながら手を叩いた。

 そんなに愉快な内容だったか?


 「…………正解だ」


 そう答えたのはウェルス侯爵だった。


「腕の良い印章官が入って来たと聞いたが、噂どおりだな。地方まで言い当てたのは君だけだ。すごいぞフィノン。これなら問題ないだろう、なあベルナルド」


 アグナル王子がウェルス侯爵にそう言う。

 僕は、王子が僕のことを認識していたことに驚いた。一体どんな風に伝わっているんだろう。なんだかろくでもない気がする。

 面倒ごとの空気を感じ取り、ちらりと隣に座るイアン室長やエリノア伯爵を見れば、二人とも苦い顔をしていた。


 なんでそんな顔をしているんですか。不安になるじゃないですか。


「ですがアグナル王子殿下、貴方の「感」だけで印章官を動かすわけには行きません」

「なに、少し調べるだけだ。それに平民出身の印章官だぞ。今回の件には適任だろう」

「これ以上案件を増やしてどうするおつもりですか」

「確認だけだ、確認。深入りはしない。約束する」


 軽い王子の口調に、ウェルス侯爵がため息をついた。それは「仕方がないですね」と言っているようにも聞こえ、僕の背中に悪寒が走る。


「エリノア伯爵」

「……承知しました」


 ウェルス侯爵の一言で、伯爵が頷いた。何かを諦めた感じだ。

 これはもしかしなくても、王子の何かに僕が巻き込まれるということか?

 やめてくれ。僕はただ魔石を眺めていられたら十分なんだ。目立つようなことはしたくないのに。

 そんな僕の心の声が届くはずも無く。


「フィノン印章官、君には服飾ギルド長の所に行って、契約書を調べてもらいたい。後日、人をやる。彼の手配で向かってくれ」

 

 ウェルス侯爵の指示に対して、僕の答えは一つしか無い。


 「はい、承知しました」

 

 面倒くさい匂いしかしない命令だが、拒否権なんてない。僕は侯爵に頭を下げた。


「そうと決まれば、君に護衛騎士を就けよう。俺の印章官に護衛がついていないのは、由々しき事態だからな」


 明るい王子の声に、僕は頭を上げる。隣にいたイアン室長の顔色が真っ青になっていた。


「どんな事情があろうが、印章官に護衛騎士は必要だ。印章官はすべからく俺の部下だからな、大切にしたい。それにまたあのような事件が起きては嫌だろう」

「……ご厚情痛み入ります」


 エリノア伯爵が頭を下げた。イアン室長の顔色は真っ白に近い。

 俺の護衛騎士の件を王子に当てこすられて、可哀想とも思わないでもなかったが何も言えなかった。


「クロスター」

「はっ」

 

 王子の後ろに控えていた護衛騎士の一人が、一歩前へ出た。

 ダークブラウンの髪に、赤い瞳が印象的な美青年だ。僕よりも幾つか年下だろうか。がっしりとした体躯はとても騎士らしい。


「フィノン、君の護衛騎士になるディノス=クロスターだ。二人でギルド長の所へ行ってきてくれ。くれぐれも気をつけてな」


 僕はチラリとクロスターを見上げ、王子に向かって深々と頭を下げた。

 

 王子に時間が無いのは本当だったようで、鑑定が終われば王子達はさっさと帰っていった。

 エリノア伯爵とイアン室長も、それぞれ仕事があるからと部屋を出た。

 伯爵は部屋を去り際、しっかりと鑑定してくるようにと念を押して言った。

 僕を巻き込んだ張本人に、恨めしい気持ちが湧きつつも「承知しました」と答えるしかない。

 

 部屋には僕とクロスターだけが居る。

 気まずい挨拶は早々に終わらせてしまおう。

 僕はクロスターに歩み寄ると手を差し出した。

 どうせ冷たい目で見下されるだけだろうが、礼儀として挨拶くらいはしておかなければ。


「私はセレスト=フィノンといいます。知ってのとおり平民上がりの印章官です」

「私はディノス=クロスターです。フィノン印章官、これからよろしくお願いします」


 僕はびっくりして、思わずクロスターを見上げた。

 彼は僕よりも頭一つ分ほど背が高かった。それを羨ましく思いつつ「嫌ではないのですか」と尋ねてしまった。


「何がですか」

「貴殿は貴族でしょう? 私は平民です。そんな私を護衛するのは嫌じゃないのですか」


 近衛騎士団の多くは貴族階級の子息が属している。平民が近衛騎士団に配属されたという話は聞かない。


「貴方を護衛することが、私の仕事ですから。貴族云々は関係ありません」


 クロスターはそう言い、僕の差し出した手を握り返した。

 城に勤めて初めてかもしれない。こんな風に扱われたのは。

 僕が感動していると、クロスターが不思議そうな顔をする。どこかあどけない顔になった彼の顔に見とれてしまう。

 僕は頭を振った。


「そ、そうですか。貴殿が良いならかまわないのですが。私の護衛騎士は何かと大変だと思いますが、よろしくお願いします」

「……その貴殿という呼び方はやめてください。どうぞディノスと呼んでいただければ」

「えっ、しかし……」

「私が慣れていないので」

「ならばディノス殿、私のこともセレストと呼んでください」

「殿も不要です。私も、貴方をセレストと呼びますから。それに口調もかしこまらないでください。私は子爵家の次男ですが、過去に平民だった時代もありますので」

「平民だった時代?」

「私生児なので」


 さらっととんでもないことを聞いてしまった気がする。

 反応に困っていると、ディノスがにっこり笑った。

 顔が良い男に微笑まれると、それだけでどうでもよくなってくる。

 これ以上呼び方で問答を続けてもしょうがない。変わった貴族も居たものだと思うことにしよう。


「……呼び方については分かった。僕は貴族について詳しくないから、口調についても助かる。……こんな感じでも本当にいいのだろうか」

「ええ。かまいません」

「なら、君も丁寧な口調でなくてもかまわない。なんだか申し訳なくなってくる」


 するとディノスがクスクスと笑った。

 おかしな事を言っただろうか。


 「私の口調については、気になさらず。普段から気をつけていないと、とっさの時に失敗してしまいますので」


 これ以上話し方の議論をしても仕方がないだろう。他人の信条を僕が変えられるわけもない。

 本人がそれで良いと言っているのなら、僕も受け入れるだけだ。

 

「じゃあディノス、これから僕は石材倉庫で仕分け作業をしなければならないんだ。君は護衛騎士の詰め所にでも居てくれればと思う」

 

 印章官が執務室で仕事をしている最中は、護衛騎士は詰め所で自主訓練をしているか、事務作業をしているという。

 時と場合によっては印章官の仕事を手伝うこともあるそうだが、あまり期待はしない方が良いだろう。


「いえ。セレストの仕事を手伝います」

 

 僕は目をぱちくりさせた。こんなに都合の良い展開があっていいのか。


「仕分け作業は大変だと思いますので、お手伝いします」


 僕の腰の救世主現る。ありがたい申し出を、僕は快く受け入れた。

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