第2話急な来客
エリノア伯爵襲来の二日後。
石材倉庫には数ヶ月ぶりに見た同僚二人が、ふてくされた顔で居た。
ペロー伯爵家の次男とエリアート伯爵家の四男だという二人は、平民のしかも孤児院出身の僕と話しもしたくないと、開口一番言い放ったくらいに僕を毛嫌いしていた。
今も僕を無視し、二人でノロノロと木箱を開けて、つまらなそうに石を一つ一つ摘まんで見ている。あれでは日が暮れるまでに何箱仕分けが出来るのやら。
二人とも有名な魔石の採掘場を持つ家だというのに、魔石を見る目が養われていないのはどういうことなんだろうか。
それに僕を嫌っているくせに仕事を押しつけるのだから、厚かましいことこの上ない。僕が断れないことを分かってやっているのだ。
良いように使われるのは癪だが、身分の差は埋めようがなく歯を食いしばるしかなかった。
遅々として仕分け作業が進まない二人を横目に、僕はいつもの速さで魔石をより分けていく。
確認の終わった木箱が二十箱を過ぎた頃、石材倉庫に二人の騎士が入って来た。黒の制服が厳つい近衛騎士団の騎士だ。
「もう昼だ。迎えに来たぞ」
「そんな時間か」
「早く食堂に行こう。混むぜ」
「行くか」
四人はそんな会話をしている。
「しかし、食堂までお前と一緒なのはうんざりだな」
「それはこっちの台詞だ。だが仕方ないだろ、あんな事件があった後だからな」
「まだ見つかってないんだろ」
「憲兵が捜索してるらしいがな」
四人は僕を無視して、石材倉庫から出て行ってしまった。
会話の内容的に気になるものがあったが、僕が尋ねたところで教えてくれないだろう。
護衛騎士が昼食まで追従するような事件とは何だろうか。気になるが、それを知る手段がない。
僕は嘆息する。
近衛騎士団の騎士のうち、特定の貴族や官吏を護衛する騎士を護衛騎士という。
印章官も護衛騎士の護衛対象官吏だ。
印章という宣誓や契約に使用する紋を作り出すことが出来る印章官は、国の保護下に置かれている。職務上貴族と密接な関わり合いを持つことも、保護する理由の一端かもしれない。
そういうわけで、印章官は基本的に護衛騎士と共に行動することが義務づけられているらしい。
「……護衛騎士ね」
思わず呟いてした。
基本的に護衛騎士と組にされる印章官だが、僕に護衛騎士はいなかった。
近衛騎士団に申請しているとは聞いたが、平民の僕の護衛を希望するような騎士はいないとのことで、先延ばしになっている。
上司もこの件に関しては積極的に動いてはくれず、護衛騎士の話は凍結したままだ。
僕も誰かに護られるのは性に合わないため、特段気にしてはいなかった。
だが、痛む腰を摩れば、護衛騎士に木箱の移動を手伝って貰えたら、もっと早く仕分け作業が出来るのにと思ってしまった。
無い物ねだりをついしてしまうのは、腰痛が常態化しているからだろうか。
四人が去って三十分ほど経ってから、僕は食堂に行った。
食堂は人でごった返していた。その多くが職場の同僚と食べに来ているようであったが、僕に知り合いなど一人も居ない。
厨房から提供される料理を受け取り、適当な場所に座って静かに食事を取る。
僕が印章官だというのは、その制服でおおよそ判別がつく。さらに護衛騎士が居ないことから、平民上がりの印章官だということも、少しばかり城の事情通であれば知っている情報だろう。
だから遠目からヒソヒソ話をされるのも、もう慣れたものだ。
食堂で一人食事を終え、食後の紅茶を飲んでいると、慌てた顔の上司――イアン室長とその護衛騎士がやって来た。
「こんなところでまだ食べていたのか。早く応接室に来い」
「まだ休憩時間のはずですが」
「そんなこと言ってられん! いいから来い」
強引に席から立たされ、引っ張られる。周囲が何事かとざわつくが、そんな様子も気にせずイアン室長は僕を食堂から引っ張り出した。
「一体何があったんですか」
早足で印章院の応接室に向かう室長に、僕は尋ねる。
室長は額に汗を浮かべながら叫んだ。
「総裁と副総裁がお見えになるんだ!」
さすがの僕も息を呑んだ。
印章院は王直属の機関だ。その総裁は当然王族から任命される。現総裁は王位継承権第二位のアグナル王子。副総裁はアグナル王子の腹心と噂のウェルス侯爵。どちらも僕には雲の上過ぎる人たちだ。
そんな人たちの対応なら、石材管理部の部長であるエリノア伯爵などがするのではないか。僕のような平民がこうして引きずられている理由が分からない。
「なぜ私がその場に向かっているのですか」
当然の疑問を投げつける。だが返ってきた答えは非情なものだった。
「知らん。エリノア伯爵からの指示だ! とにかく急げ。お待たせしてはならん」
それはそうだ。僕は口をつぐみ、必死になって足を動かしたのだった。
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