ペローの魔石~心配性騎士と苦労性印章官の事件簿~
西野きり
第1話ようこそ印章院へ
秋。
僕は砂埃が舞った王城の石材倉庫の中で、くしゃみをした。
誰も居ないことを良いことに、魔法士の制服の袖で鼻を擦る。
木箱に箱詰めされた魔石の山を見上げれば、今日中に終わらせなければならない仕事の量にうんざりする。
三十歳の誕生日だというのに、今日も兵舎への帰り時刻は遅くなりそうだと嘆息した。
僕の名前はセレスト=フィノン。
今年の夏、平民から初めて、印章官という魔法士の官職に任用された官吏だ。
前職は魔石鑑定士。
魔石好きが講じて、より珍しく高等級な魔石を扱う印章院の印章官を目指したといっていい。
印章院――貴族の家紋や商会の商会紋などを管理している、王直属の特殊な機関だ。
その印章院に所属し、紋を具現化した
昨年から、平民からも優秀な印章官を王宮に召し抱える施策として、印章官養成所が開校された。僕はその一期生にして、数少ない任用者となった。
任用が決まった当初は嬉しかったが、実際に王宮に出仕してみれば、そこでまっていたのは、貴族たちの冷たい視線だった。
もともと印章官は貴族の令息たちが集まる職場だったらしい。そこで平民の僕が飛び込んだのだ。異物扱いされるのは仕方が無いことだった。
まあ、孤児院出身の僕だ。世間の冷たい視線には慣れている。
労働に対する対価がきっちり払われるのなら、文句はない。たとえ王国中から集められた魔石の等級分けを、毎日させられたとしても、魔石と触れあえる時間だと思えば苦ではなかった。
「さて、午後の仕事を始めるとするか」
僕は制服の袖をまくり、革手袋と麻袋を手に木箱の山へ近づいて行った。
十五歳の時に、魔石に魅せられて魔石鑑定の道へ進んだ。すでに十五年も鑑定をしていれば、その等級を見分けることも容易い。
木箱の蓋を開ければ、土に汚れながらも美しい輝きを魅せる魔石が顔をのぞかせた。
「ふふふ、さあどこに居るのかな、一等級魔石ちゃん」
僕は木箱を開けて、魔石の仕分けに入る。
革手袋を嵌めて、ざっくざっくと石をより分けていく。この箱は、質が良い魔石がたくさん詰まってる。自然と頬が緩んできた。
ちなみにダグロス王国で採取・採掘された魔石は、必ずこの印章院に納められる。
王家が魔石の流通量管理をしているのだ。
フェリスタ大陸の魔石産出量の半分近くを、このダグロス王国が担っていると聞く。その優位性を保つため、二等級以上の魔石を王国が確保したのち、三等級以下の魔石が市井に流れる。
僕が印章官として押しつけられた仕事は、この魔石の仕分け作業だった。
「見つけた。一等級だ」
僕は土に汚れていたそれをつまみ上げた。
倉庫の照明に魔石を掲げて見つめる。研磨されていない魔石だが、その内側に秘めた魔力の煌めきは、小さな星空を閉じ込めたようだった。
一等級の魔石は、市場にほとんど出回らない。この美しい原石を見られるだけで、印章官になって良かったと心底思えるのだ。
出来れば何時間でもこの一等級の魔石を見つめていたいが、それでは仕事が終わらない。名残惜しさを残しつつ、魔石を麻袋に入れて、次の木箱の蓋を開けた。
僕は大男ではない。悔しいかな、どちらかと言えば小柄な方だ。この仕事に不満はないが、唯一困っていることといえば、木箱の移動が大変ということだろうか。そろそろ腰を補助する医療器具が必要かも知れない。
「せめて木箱の移動だけでも手伝ってくれる人が居たらなぁ」
「一人なのか」
突然声をかけられて、僕は肩を震わせた。
一体誰だ。急に声をかけないで欲しい。
振り返れば、僕の上司の上司、石材管理部の部長エリノア伯爵が石材倉庫の入り口に立っていた。その隣には上司である石材保管室の室長イアン子爵だ。
魔法士の制服に、石材管理部の部長ということを示す片マントを翻し、白髪が目立ち始めた髪を撫でつけた初老の伯爵は、確認するように言った。
「ここの配置は三人だったと記憶しているが、お前だけなのか」
僕は一拍遅れて「そうです」と答えた。
驚いた。
着任の時に、挨拶をしただけの雲の上の存在がそこに居たのだから。
相手は伯爵だ。本来なら僕のような平民がホイホイと会えるような人物ではないし、こんな印章院の末端部署まで顔をだすような人でもない。
「残りの二人はどこだ」
「申し訳ありません、私には分かりません」
この仕事は三人体制だ。けれど残りの二人は、僕に仕事を押しつけてどこかに消えている。どこで何をしているのか、さっぱり分からない。
エリノア伯爵はため息をつき、倉庫の中に入ってきた。
「今まで仕分けの遅延報告は聞かなかったが、一人でこの量を仕分けしていたのか。いつからだ?」
嘘を言っても仕方ないだろう。僕はすんなりと答えた。
「私が着任してからです」
伯爵は指で眉間を揉んだ。
「イアン室長、さすがにこれだけ長期の職務放棄は見過ごせない。二人を探してこい」
「はい」
イアン室長が慌てて走り去って行った。
エリノア伯爵は僕に向き直り、手にしていた麻袋を指さした。
「一箱の仕分けにどれくらいかかる?」
「十分もあれば」
伯爵の目が驚きで見開かれた。
「ふむ、いままで遅延無く仕分けをしてきただけはあるということか。記録は取っているな」
「はい」
僕は倉庫の隅に置かれた机から、帳面を取り出した。
その帳面を伯爵に渡す。
「等級と個数と……産地? お前は産地まで分かるのか」
僕は頷いた。魔法を使えば、その魔石に含まれている成分内容が分かる。魔石も採掘・採取された場所の特色を色濃く引き継ぐのだ。
魔石の鑑定の際には、産地も重要な価値基準になる。産地まで記録を求められていた訳ではないが、僕の趣味で記録をしていた。
「完璧に当てるのは難しいですが、概ねの場所は当てられます」
「……この記録はこのまま続けるように。最後に聞くが、ここ数ヶ月分の魔石の仕分けは、お前が一人で行っていたということでいいんだな?」
「はい、そのとおりです。仕分けになにか問題でもありましたでしょうか」
わざわざ伯爵が現場にやって来るくらいだ。何かあったんだろう。仕分け作業には自信があるが、こうも念を押されると不安になってくる。
「いや、何もない。むしろ等級の精度が上がっていて印章部から感謝されているくらいだな」
印章部とは印章指輪の製作を主としている、印章院の花形部署だ。石材管理部が仕分けした魔石を使って指輪を作っている。
その花形部署からの賛辞に、僕はむずむずする気持ちを抑えるのに必死になった。僕の仕事の評価を聞いたのは初めてだったのだ。案外嬉しいものだな。
「だが……多少の摩擦は覚悟していたが、ここまでとは。上手くやれとは言わんが、お前もなじむ努力はしろ」
伯爵は、手にしていた帳面を僕に返した。なじむ努力をしろと言われても、ほぼ全員から無視されている僕にどうしろというのだ。
そんなの無理です。平民は貴族にはなれません。
そう言いたかったが「承知しました」と物わかり良く答えるしかなかったのだった。
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