7.私の審美眼、悪くないでしょ?

春の祭り。


これがフランケルの一大イベントらしい。


毎年春に開催されるそうだが、規模的には文化祭レベルだ。


まあ、この街自体が小さいからな。東京ドーム何個分とか、そういう規模は期待できない。


俺は五時に仕事を終えて、今、中央広場に向かっている。


今日の仕事は、相変わらずゴルドリックのおっさんの下で、武器を並べたり、棚を整理したり。


でも、なんかおっさん、今日は元気なかった。


いつもなら「おい但馬!そこ!そこが雑だ!やり直せ!」とか怒鳴ってくるのに、今日は黙々と作業してた。


何かあったのか?


下班前に聞いてみた。


「店長、春の祭り、行きますか?」


「ん?ああ……興味ねえな、そんなもん。でも、暇だったら行くかもな」


おっさんが珍しく静かな声で答えた。


もしかして、独り身を痛感する系のイベントだったりするのか?


いや、でも、ドワーフって結婚しないイメージあるけど。


とにかく、今は祭りだ。


街を歩いていると、祭りの雰囲気がすごい。


道の両側には花の飾り付けがされていて、魔法で作られた春のテーマのオブジェが浮かんでいる。


そして——


桜の花びらが舞っている。


……桜?


ちょっと待て。


この世界、桜あるのか?


いや、あってもいいけど、この世界観的に大丈夫なのか?


確か、ペルフィが言ってたよな。この世界には、日本っぽい国があるって。鎖国してる東の国。


じゃあ、桜はそっちの名物にすればいいじゃないか。なんでフランケルに桜があるんだよ。


これじゃ、あっちの国の特色が薄れるだろ。


中央広場の噴水に到着した。


ここで、みんなと待ち合わせだ。


でも——


誰もいない。


「おかしいな……約束の時間だよな?」


俺は時計を確認した。間違いない、七時だ。


もしかして、俺が早く来すぎた?


それとも、みんな遅刻?


その時——


ポンッ。


肩を叩かれた。


「うわっ!」


振り返ると——


「ふふふ〜」


エルスが立っていた。


でも——


「あれ?変装魔法?」


いつもの半端な変装とは違う。


完璧だ。


髪型も、服装も、全部整っている。


「違いますよ!今回は、私の宝物の服をちゃんと着てきたんです!」


エルスが得意げに胸を張った。


お前、そんなの持ってたのか。


いつもの変装魔法は何だったんだ。


「正直、お前のいつもの半端な変装より、全然いいな」


「一瞬、喜んでいいのか悲しむべきなのか分かりませんでした……」


まあ、褒めてるんだけどな。


パン!


肩を叩かれた。さっきより強い。


振り返ると——


「よ、タンタン」


ペルフィが立っていた。


そして——


ペルフィも、いつもと違う服を着ていた。


いつもの冒険者装備でもなく、寝間着でもなく。


エルフらしい、優雅で美しい服だ。


しかも——


ちょっと露出度高くない?


いや、下品じゃない。


むしろ上品なんだけど、要所要所が透けてる。


これは男を殺しにきてる服だ。


俺は無意識に、ペルフィの胸元を見て——


それから、エルスの胸元を見た。


……やっぱり、ツンデレキャラって、こういう体型なんだな。前世のアニメでも、ツンデレはだいたい——


「ねえタンタン、今、何見てたの?殺すぞ?」


やばい!


「先に言っておくけど、変なこと考えてたら、ここで処刑するからね」


処刑って、物騒だな。


「安心しろ。何も考えてない」


「!?逆に何か考えなさいよ!」


なんでだよ。


さっき処刑するって言ったじゃないか。


どっちなんだよ。


ツンデレって、本当に面倒くさい。


「はぁ……まあいい。とにかく、似合ってるよ。すごく綺麗だ」


「え?あ……うん……」


ペルフィが急に黙り込んだ、そして顔が真っ赤だ。


素直に褒めたら、こうなるのか。


「ところで、デュランは?」


「ああ、デュランさんなら……」


エルスが指を差した。


「あっちです」


俺はその方向を見た。


そして——


「……は?」


固まった。


そこには、デュラハンはいなかった。


代わりに——


乙女ゲームに出てきそうな、イケメン騎士が立っていた。


完璧な顔立ち、整った金髪、凛々しい騎士の鎧。


そして、その周りには——


女の子たちが群がっている。


「きゃー!カッコいい!」


「ねえ、お名前は?」


「一緒に写真撮ってもいいですか!?」


いや、異世界ならカメラがいないだよな。


デュランは完全に困惑している。


顔が真っ赤で、視線が泳いでいる。


「……あれは何だ」


「へへへ、私の傑作ですよ!」


エルスが得意げに言った。


「以前、但馬さんの顔を整えたのと同じように、デュランさんも——」


待て待て待て。


お前、何勝手なことしてるんだ。


「ちなみに、デザインは私が考えたのよ!」


ペルフィも自慢げに言った。


「私の審美眼、悪くないでしょ?」


「何やってるんだお前ら!!」


「え?で、でも但馬さん……」


エルスが慌てた。


「そんなに怒らなくても……もしかして、嫉妬ですか?デュランさんがイケメンになったから——」


「違う!そうじゃない!」


深呼吸。


冷静になれ。冷静に説明しないと。


「エルス、一つ聞く」


「は、はい……」


「お前の魔法……デュランの特性を、見えなくすることができるか?」


「特性?どういう意味ですか?」


「……彼は、緊張したら頭が落ちるだろ」


「ええ、落ちますよ」


「で、今、彼は人間のイケメンに見えるよな」


「そうですね」


「じゃあ聞く」


俺は真剣な顔で言った。


「デュラハンが頭を落とすのは普通だ。でも、普通の人間が頭を落としたら——」


「あ!」


ペルフィが先に気づいた。


顔が青ざめていく。


「……どうなる?」


「ああああああ!」


エルスが悲鳴を上げた。


そして——


その悲鳴は、エルスだけじゃなかった。


デュランの周りにいた女の子たちも、同時に叫んだ。

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