8.脳みそサーカス
シュッ!
俺たち三人は、反射的にデュランの方へ駆け寄った。
いや、駆け寄ったというか——瞬間移動したみたいな速さだった。
周りの女の子たちが、デュランの首が落ちるのを見て、悲鳴を上げようとした瞬間——
「『ファイアボール』!」
ペルフィが空に向かって火球を放った。
ドォン!
空中で炸裂する火球。まるで花火みたいに、赤い光が広がった。
「わあ!」
「きれい!」
女の子たちの視線が、一斉に空に向いた。
よし、今だ!
俺とエルスは、床に転がっているデュランの頭を拾い上げた。
「急いで!」
「分かってます!」
俺たちは必死に、デュランの首に頭を戻そうとした。
カチャカチャカチャ——
何度も試すが、うまくはまらない。
まるで、サイズの合わないレゴブロックを無理やりはめようとしているみたいだ。
そして、なんとか——
カチッ!
頭が元の位置に収まった。
ふう……
良かった、首から血が噴き出すような、ホラー映画みたいな状況にはならなかった。
やっぱり、これはデュラハンの特性なんだな。普通の人間が首を落としたら、即死だろうけど。
「はあ……はあ……も、申し訳ございません……」
待て。
ちょっと待て。
「おい、デュラン」
俺は低い声で言った。
怒ってる。めちゃくちゃ怒ってる。
「お前、自分が緊張したら頭が落ちるって、分かってたよな?」
「は、はい……」
「じゃあ、なんでエルスのめちゃくちゃな提案を許したんだよ!」
だって、考えてみろ。
自分が緊張したら頭が落ちる体質で、しかも今は人間に見えるように変装してる。
そんな状況で、人混みに行ったらどうなるか、小学生でも分かるだろ!
「そ、それは……吾、本当は断りたかったんです……でも……」
「でも?」
「エルス様が……『これでデュランさんも人気者になれますよ!』って……」
おい。
「それに……吾、人に頼まれごとを断るのが……苦手で……」
ああああああもう!
断れないタイプのコミュ障!
前世の俺も、上司に無茶振りされた時、断れなくて——
って、今はそれどころじゃない!
俺は振り返って、エルスを睨みつけた。
「お前……」
「ひぃ!ちょ、ちょっと但馬さん!そんなに怖い顔しないでください!」
「お前が悪いんだろうが!」
「で、でも!私、ただデュランさんが可哀想で……」
「可哀想?」
「だって、友達もいないし、いつも一人ぼっちで……だから、少しでも人気者になれたら、友達もできるかなって……」
……
それは、まあ、善意なんだろうけど。
「あ、あの……吾、友達がいないわけでは……鉄君とか、銅君とか……」
「「……」」
俺とエルスは、デュランを無視した。
鉱物は友達じゃない。絶対に友達じゃない。
認めない。
その時——
「あれ?」
女の子たちの一人が、こちらを振り返った。
やばい!
「さっきの騎士さん、普通に立ってる……」
「え?どういうこと?」
「さっき、首が落ちたよね?」
女の子たちが、不思議そうにデュランを見つめている。
「あ、あの……」
デュランが震え始めた。
また緊張してる!
このままじゃ、また頭が——
ペルフィが焦った表情で、俺を見た。
俺は、恨みがましい目でエルスを見た。
エルスは——
「あ、あの、皆さん!慌てないでください!」
突然立ち上がった。
おい、何する気だ。
「これは説明できます!えーと、心理学では、これを『集団潜在意識』と言いまして——」
「いやいや、集団潜在意識ってそんなんじゃないだろ」
「そ、それから!『マンデラ効果』というものがありまして!皆さん、マンデラという有名な人を知っていますか?多くの人が彼が死んだと思っていましたが、実は——」
「いやいや、異世界にマンデラなんていないだろ?南アフリカの元大統領だろうが」
「なんで但馬さん、ずっと私の邪魔するんですか!今は味方してくれるべきでしょう!?」
「……あ、ごめん、つい」
「つい、って何ですか!」
「ねえ、ねえ」
女の子の一人が、恐る恐る聞いてきた。
「もしかして、さっきの騎士さんって……デュラハン?」
!!!
「ま、魔王軍のスパイ!?」
「最近の政策変更に乗じて、街に潜入してきたの!?」
やばい!
めちゃくちゃやばい展開になってきた!
そして——
ポトッ。
デュランの頭が、また落ちた。
恐怖で落ちたのか。
「うおおおお!『ファイア・リング』!」
シュオオオオ!
空中に、複数の火の輪が現れた。
しかも、綺麗に並んでる。
まるで、サーカスの火の輪くぐりみたいだ。
女の子たちの視線が、また空に向いた。
よし、今のうちに——
「おい、早く頭を!」
「や、やってます!でも、くっつかない!」
なんで!?
「わ、分からない!待って、そういえば、神聖魔法はアンデッドの魔力を抑制するから……つまり、私の神聖変装術が、デュランさんの頭と体を繋ぐ魔力を低下させて——」
「日本語で!」
「要するに、粘着力が足りなくなったんです!」
足りない!?
なんでこのタイミングで!?
その時——
女の子たちが、再びこちらを振り返った。
そして——
「……」
全員が固まった。
なぜなら——
俺とエルスが、デュランの頭を、まるで接着剤で貼り付けようとしている光景を、目撃してしまったからだ。
デュランは、気まずそうに手を振った。
「あ、あの……こんにちは……」
「「「きゃああああああ!!!」」」
女の子たちの悲鳴が響いた。
「た、大変!誰か衛兵を!」
一人が走り出そうとした。
くそ!
このままじゃ、本当に捕まる!
でも、どうすればいい!?
その瞬間——
俺の脳内で、何かが弾けた。
そうだ!
この世界の魔法は、英語なら何でも発動する!
だったら——
「『ショータイム』!」
俺は自分の頭に向かって、英語で叫んだ。
ピカッ!
手が光った。
そして——
スポンッ。
……
……
……
え?
俺の視界が、急に変わった。
下から、自分の体を見上げている。
首なしの体が、そこに立っている。
これ、めちゃくちゃ不思議な感覚だ。
頭だけになっても、意識はあるし、視覚もある。
でも、体は遠くにある。
「あははは!皆さん、見てください!これ、実は最近流行りの魔法なんですよ!」
笑った。いや、笑おうとした。
俺の首なし体が、床に落ちた頭——つまり俺の頭を拾い上げた。
不思議だ。体は俺の意思で動く。
まるで、リモコンで操作してるみたいだ。
「この時代、頭を外してマッサージするのは、普通のことなんです!」
そう言いながら、俺は指先バスケのように、自分の頭を回転させ始めた。
クルクルクル——
どうだ!
これで誤魔化せるだろ!
俺、天才じゃないか!
「……」
あれ?おかしいな。
なんで喜ばないんだ?
むしろ、もっと怖がってる?
「衛兵さん!この四人です!」
やばい!
完全に逆効果だった!
「タンタンの大バカ!!!」
ペルフィが叫びながら、俺の元に走ってきた。
そして——
俺の頭を奪い取った。
「ちょ、待て、何する——」
ドカッ!
「うわああああああ!」
俺の頭が、宙を舞った。視界がグルグル回る。
空が見えて、地面が見えて、また空が見えて——
そして——
シュッ!
俺の頭が、ペルフィが先ほど作った火の輪を、一つ目を通過した。
おお!
シュッ!
二つ目も通過!
おおおおおおお!危ない危ない危ない!!
シュッ!シュッ!シュッ!
三つ目、四つ目、五つ目——
全部通過した!
か、完璧だ!
まるで、計算されたような軌道で、全ての火の輪をくぐり抜けた!
「……」
「……」
「……」
女の子たちが、口を開けて見上げている。
そして——
その瞬間、デュランの頭も、接着が外れて床に落ちた。
「あ!」
エルスが即座に反応した。
そして——
ドカッ!
デュランの頭も、蹴り飛ばした。
「ひいいいい!?吾の頭があああああ!」
デュランの頭が、俺の頭を追いかけるように、火の輪を通過していく。
シュッ!シュッ!シュッ!
二つの頭が、空中で華麗に舞っている。
まるで、サーカスのアクロバットみたいだ。
いや、サーカスより派手だ。
火の輪と、二つの頭。
完璧なタイミング、完璧な軌道。
これは——
芸術だ。
……
……
……
「それでは、皆さん、ご観賞ありがとうございました……」
俺は頭を元の位置に戻しながら、疲れた声で言った。
「おおおおお!」
「すごい!あれ、全部わざとだったんだ!」
「どうやってやったの!?教えて!」
観客たちが、目を輝かせている。
さっきの恐怖は、どこかに消えていた。
「私も弟子入りしたい!お願い!」
「私も!私も!」
人だかりができている。
しかも、さっきより増えてる。
「あらあら、もちろんいいですよ!でも、有料ですからね!」
エルスが、急にビジネスモードに入った。
金の匂いを嗅ぎつけたな、こいつ。
「え?え?でも、私はただ……」
ペルフィが恥ずかしそうにしている。
でも——
俺とデュランは、人混みの外、広場の端っこで——
地面にしゃがみ込んでいた。
「……怖かった」
「……怖かったですね」
二人で、膝を抱えている。
同病相憐れむ。
これが、まさにこの状況だ。
「頭を蹴られるって……初めての経験でした……」
「俺もだよ……」
トラウマになりそうだ。
その時——
「……面白い」
え?
人混みの外を、一人の男が通りかかった。
紫色の髪を、中分けにした男。
整った顔立ち。
黒い制服、金の装飾。
小さく呟いて、去っていった。
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