26.魔法の正しい使い方
俺は店へと続く道を一人で歩いていた。
ペルフィは倉庫で深呼吸をして、「レオンに会いに行く」と宣言した。そして——
「タンタンが一緒にいたら……また素直になれなくなっちゃうから」
そう言って、俺を先に帰らせたのだ。
まあ、確かに俺がいたら余計なツッコミとか入れちゃいそうだし、邪魔になるのは分かる。でも、正直ちょっと心配だ。あいつ、また感情的になってメテオとか唱えないだろうな……
いや、でも直接見に行くわけにもいかない。エルスの透明化魔法は不安定だし、下手に近づいたらバレる。何か別の方法を——
ガチャ。
店のドアを開けた瞬間、異様な光景が目に飛び込んできた。
「ふふふ〜♪ ふふふふ〜♪」
エルスが光る繭の周りを、まるで蝶々みたいにひらひらと舞っていた。
いや、文字通り浮いてる。足が地面から10センチくらい離れてる。
「……何してんだお前」
「ひゃあ!」
エルスが慌てて着地した。でも顔は満面の笑みだ。
「た、但馬さん!お帰りなさい!」
「なんでそんなに嬉しそうなんだ」
「え? べ、別に嬉しくなんかないですよ!普通です!いつも通りです!」
言いながら、エルスの視線がチラチラと光る繭の方に向かう。
「……何か隠してるだろ」
「か、隠してなんかないです!私が何を隠すっていうんですか!女神は清廉潔白で——」
また視線が繭に。
完全に挙動不審だ。
「エルス」
「はい!」
「繭の中に何入れた?」
「な、何も!何も入れてません!」
声が裏返ってる。
俺はため息をついて、繭に近づこうとした。
「ダメ!」
エルスが俺の前に立ちはだかった。
「それより!ペルフィさんはどうなりました?見つかりましたか?」
急に話題を変えやがった。
「ああ、見つけた。つーか、お前が心配するようなことは何もなかったよ。むしろ順調すぎるくらいだ」
「そ、そうですか!それは良かったです!」
エルスが胸を撫で下ろした。
「実は私の方も、すごく順調だったんです!」
「は?お前の方も順調?」
何が順調なんだ。俺がいない間、店番してただけだろ。
「あ、いえ、その……なんでもないです……」
エルスがまたもじもじし始めた。
よし、ここは一計を案じよう。
「なあ、エルス」
「は、はい?」
「実はさ、ペルフィを見つけた時に魔法使いすぎて、魔力が底をついちゃったんだ」
嘘だけど。
「お前、女神なんだから、魔力補充の魔法とか使えるだろ?」
エルスの顔が一瞬で真っ赤になった。
「な、な、な、何を言ってるんですか但馬さん!」
は?なんでそんな反応?
「そ、そんな破廉恥なこと、簡単に頼まないでください!」
破廉恥?魔力補充が?
エルスは顔を赤くしながら、指をくるくる回している。
「で、でも……但馬さんも今日は大変でしたし……少しくらいなら……いや、やっぱりダメです!」
……まさか、この世界の魔力補充って……
エロい方法なのか!?
いや待て、落ち着け丹波但馬。そんな都合のいい設定があるわけじゃないだおう……
でも、もし本当なら……
いや、それよりも……
すごく知りたいのは山々なんだけど、今はそれが一番大事なことじゃないんだ。
「普通の魔力回復呪文でいいんだけど」
「え?」
エルスがきょとんとした。
「あ、ああ!そ、そうですよね!普通のやつですよね!」
なぜか少し残念そうな顔をした。
何を期待してたんだこいつ。
エルスは咳払いをして、俺に向かって手をかざした。
「『マナ・リストア』」
淡い光が俺を包む。確かに少し元気になった気がする。
「一回分くらいしか回復しませんけど」
「十分だ」
俺はニヤリと笑って、手を前に出した。
「サモン」
ポンッ。
手の中に、ずっしりと重い革袋が現れた。
中からジャラジャラと金属音がする。
「……」
「……」
エルスの顔から血の気が引いていく。
「こ、これは……」
「金だな。しかも結構な量」
俺は袋を開けて中を確認した。金貨が20枚以上入ってる。
「し、知らない!私、そんなの知らない!」
エルスが必死に首を横に振る。
「繭から転送したんだけど?」
「……」
「これ、報酬だろ。レオンからの」
エルスの額に汗が浮かび始めた。
「ち、違います!それは……女神への供物で……」
「供物って書いてないぞ。『相談料』って書いてある」
袋に小さなメモが付いていた。レオンの字だ。
「俺が出かけてる間に、レオンが来たんだな?」
「……」
「で、お前は普通に受け取った」
「だ、だって!」
エルスが開き直った。
「昨夜あんなに頑張ったのに、報酬もらえないなんておかしいじゃないですか!」
「その通りだ」
「でしょう!?」
「じゃあなんで隠すんだよ!」
俺は袋を掴んで振った。
「これ、独り占めするつもりだったろ!」
「そ、そんなことない!」
「嘘つけ!繭に隠してたじゃないか!」
「それは……その……」
エルスがもじもじしながら呟いた。
「ゴールデンアップルパイ買おうと思って……」
やっぱりか!
「没収だ!」
「ひどい!」
エルスが袋を奪い返そうと飛びかかってきた。
「私だって頑張ったんです!魔法だってたくさん使ったし!」
「全部失敗してたじゃないか!」
「で、でも精神的サポートは——」
「どこが!」
二人で袋を引っ張り合いながら言い争う。
「……じゃ、じゃあ私の魔法で役に立ったものは一つもないって言うんですか!?」
「そうだよ!」
俺は言い切った。でも、次の瞬間——
「……いや、待てよ」
突然、あることを思い出した。
「監視魔法」
「え?」
「お前、人を覗き見する魔法使えるだろ」
エルスが慌てた。
「そ、それは不道徳で——」
自分だってこの前あの魔法を使ったくせに、よく言うよ。
「今ならペルフィの告白見れるんじゃないか?」
「!」
エルスの目が輝いた。
「た、但馬さん、まさか覗きを——」
「心配なだけだ」
俺は袋を離して、真剣な顔を作った。
「あいつ、感情的になって魔法ぶっ放すかもしれないだろ」
「そ、それもそうですね」
エルスが両手を合わせて、呪文を唱え始めた。
「『ファー・サイト』」
空中に、薄っすらと映像が浮かび上がった。
そこには——
ペルフィとレオンが、向かい合って立っていた。
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