27.大嫌い、大好き。

「レオン……お前は超超超バカなのよ!!」


監視魔法を開いた瞬間、目に飛び込んできたのはその光景だった。


二人は今、街の外のどこかにいる。見渡す限りの草原が広がり、風が草を優しく揺らしている。太陽はすでに西の地平線に近づき、世界全体を金色に染め始めていた。長い一日の終わりを告げるように。


俺とエルスは顔を見合わせた。


「……本心を伝えるって、これのことか?」


「但馬さん、一体何を教えたんですか」


「とにかく、これは教えてない」


映像の中で、ペルフィは続けていた。


「いつもいつも!ルナの話ばかり!『ルナの回復魔法は素晴らしい』だの『ルナがいてくれて助かる』だの!私だって頑張ってるのに、一度も褒めてくれない!」


これはいつもの傲嬌ではなかった。本当の怒り、本当の不満。心の奥底から溢れ出す、押し殺してきた感情。


「それに!重要な話はいつも私を除け者にして!まるで私なんて信用できないみたいに!確かに私は感情的になりやすいけど、でもそれって、あなたがいつも曖昧だからじゃない!」


レオンは黙って聞いている。反論もせず、言い訳もせず、ただ真っ直ぐにペルフィを見つめていた。


「私の料理だって『ありがとう』って言うだけで、美味しいとか一度も言ってくれなかった!装備の手入れを手伝っても当たり前みたいな顔して!私が傷ついた時だって、ルナの方を先に心配して!」


ペルフィの声は震え始めていた。溜め込んでいた全てを吐き出すように。


「三年間!三年間よ!?私はずっとあなたの隣にいたのに、なんで去年来たばかりのルナの方が大事なの!?なんで!?」


俺とエルスは息を呑んだ。


これは完全に失敗だ。こんな風に感情をぶつけたら——


その時、


ペルフィの声が、


急に静かになった。


「……でも、それでも、私はあなたが好きよ」


夕陽の金色の光がペルフィの横顔を照らしている。


涙が頬を伝い、それすらも黄金に輝いて見えた。


レオンも呆然としていた。


口を開きかけて、でも何も言わず、ペルフィに続けさせた。


「初めて会った時から……あの倉庫で、私があんなにひどいことを言ったのに、あなたは怒らなかった。『その性格とその実力なら、きっとパーティーの主力になれる』なんて言って、私を仲間にしてくれた」


ペルフィは空を見上げた。オレンジ色に染まった雲が、ゆっくりと流れていく。


「戦闘の時の指揮も、私を守ってくれる時も、全部……全部、心に刻んでる。どうしたらあなたが私の気持ちに気づいてくれるか、ずっとずっと考えてた」


風が二人の間を通り抜ける。草原がざわめき、まるで世界全体がペルフィの告白を見守っているようだった。


「でも、私にも分からないの。なんで素直になれないのか。きっと生まれつきなんでしょうね。だから森でもみんなとあんなことになったんでしょう」


レオンの表情が少し動いた。でも、まだ何も言わない。


「居場所を失った私は、今あなたまで失おうとしてる。ここまで来たのは、誰のせいでもない。でも……でも、本当に言いたかった。『好き』って、ただその一言を」


ペルフィの声が震える。


「なのに、毎回毎回、なぜか怒りが湧いてきて……自分でも分からない。どうして最悪の言葉で、愛を表現してしまうの?」


沈みゆく太陽が、二人を長い影にした。世界が少しずつ、夜の帳に包まれていく。


「でも、今は分かった」


ペルフィが振り返った。涙で濡れた瞳が、それでも強い光を宿している。


「ある超バカな人から教わったの。こんな私も、私なんだって。素直になれない私も、感情的な私も、全部含めて私。その私が、あなたを好きになった」


声が震え、涙がこぼれる。でも、ペルフィは微笑んでいた。


「だから……だから、大嫌い。でも、最高に、最高に好きよ」


「ペルフィ……」


レオンがようやく口を開いた。その表情は、もう慌てや困惑ではなく、ある種の決意に満ちていた。


「僕は、ルナが好きだ」


「——!」


ペルフィの体が震えた。でも、彼女は深呼吸をして、そして……頷いた。


「知ってるわよ、バカ」


なぜか、笑っていた。涙を流しながら、でも確かに笑っていた。


「……ごめん」


レオンが謝った。でも、その声に迷いはない。


「そうよ!ちゃんと謝りなさい!私の数年間の乙女心を無駄にしたんだから!」


ペルフィは笑いながら、レオンの胸を軽く叩いた。力なく、でも優しく。


「……だから、今度は別の女の子の心を傷つけないでよね」


涙がさらに溢れる。でも、笑顔は消えない。


レオンは驚いた表情を見せた。そして、その表情も次第に柔らかくなっていく。


「……ああ、約束する」


「じゃあ」


ペルフィは一歩下がった。夕陽を背に、金色に輝きながら。


「最後にもう一度、思いっきり言わせて!バカ!鈍感!朴念仁!祭司好きの大バカ!こんなあなたを好きになった私も、超バカよ!」


叫び声が草原に響く。風に乗って、どこまでも広がっていく。


「……ありがとう」


レオンが静かに言った。


「こちらこそ、今までありがとう」


その時、どこからともなくルナが現れた。青い髪が夕陽に照らされて、紫色に見える。


「あ、やっぱりここにいたのね」


「——も、もう!ルナが来たから、早く行きなさい!私は、私は用事があるから、先に帰るわ……」


ペルフィは踵を返した。振り返らずに、ただまっすぐに歩き始める。


「ペルフィ——いや、うん」


レオンは彼女の後ろ姿を見つめながら、静かに呟いた。


「……さよなら」


その言葉が、風に乗って消えていく。


ペルフィの姿も、夕闇に溶けるように、少しずつ小さくなっていった。


映像が途切れた。


店の中は、静寂に包まれていた。


……


革袋の重みを確かめながら、金貨二十枚以上か。


これだけあれば十分だろう。


「但馬さん、どこに行くんですか!?」


「……この金、使い道がある」


ドアノブの冷たさが手に伝わる。


「……ゴールデンアップルパイを買うお金、残しておいてくださいね」


「ああ」


夕日に照らされ、金色に輝く街が、目に映った。

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