第11話:新堂亜紀

――……え? 今なんて……。


「亜紀は渡せない〜♪」


……直也くんが。

“亜紀さん”じゃなくて、“亜紀”って。


普段なら絶対にありえない。

彼は私にだけは、いつもきちんと敬意を込めて「亜紀さん」と呼んできた。

玲奈は呼び捨てなのに、私には必ず“さん”を付ける。

それは分かっていた。彼の中での線引き――大人としての距離感なんだって。


だけど今。

ステージの真ん中で、笑顔で、誇らしげに。

「亜紀は渡せない〜♪」

まるで全員の前で宣言するみたいに、堂々と名前を呼び捨てにされた。


――ダメ。

胸がギュッと締め付けられて、息ができない。


(……直也くん……)


顔が熱い。視線が泳ぐ。

オヤジたちの爆笑も、玲奈の赤面も、自分には入ってこない。

ただ、そのフレーズが頭の中でリフレインして止まらない。


“亜紀は渡せない”


今まで“亜紀さん”だった距離が、一気に崩れた気がした。

……もう、ハートをがっちり握られてしまった気がする。


――ヤバい。

これは、本当にヤバい。

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