第10話:カラオケスナック硅素谷 ママ

――はいはい、もう完全に“ナオヤ劇場”続行中。


昭和臭オヤジたちは大盛り上がりで「次もナオヤだ!」「好きなの歌っていいぞ!」と大合唱。

支社長なんて、泣き笑いしながら「頼む、ナオヤ!もうお前しかいない!」って、またもや情けない懇願よ。


(……やれやれ、完全にステージの主役の座に君臨したわね)


でも、こういうときが一番怖いのよ。

盛り上がった流れに乗って、調子に乗って、妙にマニアックな曲やカッコつけソングを入れて――はい、空気凍結、なんてのを嫌ってほど見てきた。

ここで選曲を外したら、一気に全部が無駄になるのよ。


――で、直也が選んだ曲は?


「違う、そうじゃない」


……っ!?


モニターに曲名が映った瞬間、オヤジたちが爆笑よ。

「ナオヤ〜!やっぱり分かってるな!」

「案件逃がすわけねぇだろう!」

もうテーブル叩いて腹抱えてる。


イントロが流れて、直也がマイクを握った。


「ちがう〜ちがう〜そうじゃ〜そうじゃない〜♪」

「玲奈を逃せない〜亜紀は渡せない〜♪」


はい来ました、替え歌モード。

もう冒頭からぶっこんできて、玲奈も亜紀も顔真っ赤よ

「ちがう〜ちがう〜そうじゃ〜そうじゃない〜♪」

「案件〜逃がせない〜♪

「亜紀を〜渡せない〜♪

「玲奈を〜渡せない〜♪」


……ちょ、あんた!


場内は一瞬で大爆笑。

オヤジたちが「そうだそうだ!女誑しだぞ!ナオヤ!」と叫んで、支社長は涙流して拍手してる。

もう完全に“替え歌無双”。


でもね――見てごらんなさいよ。

その“歌われた”二人。


亜紀? 口尖らせて、タンバリン持つ手が震えてる。

玲奈? 手拍子しながら思いっきり睨んでるけど、その頬はリンゴみたいに赤い。


(……こりゃ、完全に惚れ直した顔ね)


「ちがう〜ちがう〜そうじゃ〜そうじゃない〜♪」

直也は最後に、ウィンクまで決めてみせた。


もう店内全体が爆笑と歓声で大嵐よ。

昭和臭オヤジたちは「ナオヤ〜!お前は最高だ!」「案件も女も全部決めていく男だ!もうね、支社長。あの、例の件はもう決定!」とわけの分からない称賛を叫んでるし。

支社長は歓喜のあまり「ありがとうございます!ナオヤ―!ありがとう!ナオヤー!」

これは一気に契約持っていった感じね。

大丈夫なのかしら、この大手食品会社……。


私はため息をついた。


(……歌って、笑わせて、女の心まで掴んで。

 本当にこの男、“スーパー物産マン”どころじゃないわね。

 今夜は完全に――“替え歌キング”よ)

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