第9話:宮本玲奈

――私が一番、直也を知っていると思っていた。


入社してからずっと同期として並んで走ってきて、気づけば今では同じプロジェクトの“部下”として彼を支える立場になっている。

だから――少なくとも「仕事の範囲」での直也の姿なら、全部知っているつもりだった。


……でも。


「I wanna be a pop star〜君をもっと〜夢中にさせてあげるからね〜♪」


振り付け付きで堂々と歌い踊る直也の姿を目の前にして、私は完全に言葉を失った。

だって――こんなの、私が知ってる直也じゃない。


(……嘘でしょ。何なの、この人)


同期会でも二次会のカラオケなんて一度も付き合わなかったくせに。

「明日早いから」とか「ちょっと用事があるから」って、さっさと帰ってしまうタイプだった。

だから彼が“歌って踊る”なんて、想像すらしてこなかったのに。


それなのに――今はどう?

ステージの上で、照れもなく完璧な振り付けで踊りながら、昭和臭オヤジたちの心をがっちり掴んでる。

それだけじゃない。亜紀さんに向かって指差して、次は私に向かって、そして最後にはお店の女の子まで巻き込んで――全員を沸かせている。


……正直、ショックだった。

だって私は“直也の一番近くにいる存在”のはずだったから。

それが今、私の知らない顔を、堂々と他人に見せている。


胸の奥がざわつく。

惹かれてしまう気持ちと、悔しい気持ちがないまぜになって――もう整理できない。


「君だけに〜♪」


……その視線が、ほんの一瞬でも他の女の子に向かうたびに、心の奥がチクリと痛んだ。


(……何なのよ、直也。私の知らない顔を、どうしてこんなところで見せるのよ)


呆れも、驚きも、嫉妬も、全部ごちゃ混ぜになったモヤモヤが胸の中で渦を巻いていた。


私はタンバリンを叩きながら――笑顔のふりをして、必死で自分の感情を押し隠すしかなかった。

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