第8話:カラオケスナック硅素谷 ママ
――ほら来たわ。またまた支社長の情けないオーダー。
「ナオヤ!今度はアゲアゲでいってくれ!頼む!」
……やれやれ。何度“頼む”って言えば気が済むのかしら、この人は。
でもね、こういう場面で“アゲる”って言葉ほど怖いものはないのよ。
私、何度も見てきたもの。
“盛り上げるぞ”って意気込んで、選んだのが「アゲ♂アゲ♂EVERY☆騎士」。
あれ、若い子たちのノリならまだしも――昭和臭オヤジたち相手じゃ完全にドン引き案件よ。
「俺はこんなの知らん」って顔されて、一気に冷却。……はい、地獄行き。
そうなの。ここはね、ただテンション上げればいいんじゃない。
“どんな相手に”“どんな場面で”っていう、空気の読み方が必要なのよ。
つまり――選曲センスが試される瞬間ってわけ。
(さあ、一ノ瀬直也。あんたはどう出るの?)
画面に映し出された曲名を見た瞬間、私は思わず口元を押さえた。
――「POP STAR」?
(……やるじゃないの)
あれならオジサンたちだって耳にしたことがある。キャッチーで分かりやすい。
しかも“ポップに盛り上げる”にこれ以上ない直球。危なげゼロで、しかも華やかさ抜群。
イントロが流れた瞬間――直也はマイクを握り直し、スッと足を開いた。
え?まさか……。
「I wanna be a pop star〜君をもっと〜夢中にさせてあげるからね〜♪」
……踊ってる!?
完璧なリズムでステップ踏んで、両手をスッと広げる。
おいおい、完全振り付けじゃないの。
しかもまたやっているわ。
「君に出会えた喜びと〜君に会えない寂しさの〜♪」
また亜紀と玲奈の方を指さしてるの。
亜紀と玲奈が顔赤らめて手拍子しているのよ。
それ見てまた昭和臭オヤジたちが大喜びなのよ。
「いやらしいぞ!ナオヤ!またまたその手で口説くのか!!」
昭和のカラオケスナックの乗りじゃない。
でももうお店の他のお客様まで手拍子、大歓声。
凄いわ。これはもうエンターテイメントよ。
「I wanna be a pop star〜君をもっと〜夢中にさせてあげるからね〜♪」
サビに入った途端、店内はもう大爆発。
オジサンたちが立ち上がって手を叩いてるし、ウチの女の子たちも、他の女性のお客さんまでキャーキャー言いながらリズムに乗ってる。
直也は照れも見せず、堂々と振り付けをキメてる。しかもキレがいい。
そして歌詞の「君だけに〜♪」という度に、
亜紀や玲奈だけでなく、他の女の子の方まで指差すのよ。
それでまた指された側が大爆発の熱狂よ。
(……本当にこの男、何者なの?)
支社長はもう感涙モードで、
「ナオヤー!最高だ!五井物産の誇りだぁぁぁ!」って叫んでる。
昭和臭オヤジたちも「ナオヤ!ダンスまでできるのか!」とテーブル叩いて大喜び。
完全に虜よ。
曲のラストで、直也が片手を空に掲げてポーズを決めた瞬間――店内は割れんばかりの拍手と歓声。
まるでここがサンノゼのカラオケスナックじゃなくて、武道館のステージにでもなったかのよう。
私は思わずため息をついた。
(……この男、歌うだけじゃなく、踊って場を持っていくなんて。
スーパー物産マン? いいえ、今夜は完全に“スーパーPOP STAR”よ)
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