第7話:新堂亜紀
――いや、ちょっと待ってよ。
「ばかみたい」って……本来はネタ楽曲でしょ?
昭和臭オヤジたちが爆笑してテーブルを叩いているのは分かる。
でも、直也くん……あなた本気でビブラート効かせて、声震わせて、切なく歌い上げるなんて……。
「あんたが〜好きで〜好きすぎて〜♪」
その瞬間、胸がぐっと掴まれた。
私と玲奈の方を指さして歌うのは卑怯だよ。
そんな事されたから、笑いのはずが、逆に歌詞の一つ一つが胸に刺さって、息が詰まりそうになる。
(……なにこれ。ズルすぎない?)
あの頃――まだ新卒として五井物産に来たばかりの直也くんに、私はチューターとして仕事の進め方を教えてあげていた。
直也くんはいつも真剣で、少し不器用なところもあったけど、だけど抜群に頭がいい……。
まさか今になって、こんな“別の顔”を見せつけられるなんて。
「ほんまに〜ロクな〜オトコやない〜♪」
最後に視線をこちらへ流しながら歌った瞬間――思わず顔が熱くなった。
ついつい
「ホントだよ!」
って言っちゃったよ。
なんか玲奈まで、
「もっと反省しろ!!」
ほら、玲奈も同じでしょ。
怒るよ、これは……。
オジサンたちが「そうだ!もっと言ってやれ!」と盛り上がってるのに、私は全然笑えなかった。
(直也くん……あなた、私のハートをがっちり掴んでどうするのよ……!)
問い詰めたかった。
「なんでそんなに歌えるの?」って。
「いつ練習してたの?」って。
でも、もう遅い。
直也くんは完全に“ナオヤ劇場”の主役。
オジサン達に囲まれて、グラスを掲げられて、笑顔で応じている。
すっかり“接待キング”になってしまった彼に、今はとても近づけそうになかった。
……悔しい。
元チューターとして、教えてきた立場だったはずの私なのに。
今夜の直也くんは、まるで誰にも触れられないほど遠い存在に見えて――。
タンバリンを握り締めながら、私はただ、ヤキモキするしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます