第5話:宮本玲奈
――えっ……ちょっと待って。
何これ。
直也が「悲しみは雪のように」を歌い出した瞬間、私は思わずタンバリンを落としそうになった。
声量、リズム、表現力――どれもが完璧。さっきマッキーを軽々こなしたと思ったら、今度は浜省?しかも完全に“本人モード”。
(……嘘でしょ。直也って、こういうのに一番興味ないタイプじゃなかった?)
そうだ。同期会にだってめったに顔を出さなかったし、出ても「次の日早いから」と一次会でさっさと帰る。二次会のカラオケに付き合ってくれた試しなんてない。
それが今、ステージの上でジャケット脱いで、ワイシャツ袖まくって、オヤジたちを前に堂々と歌っている。
……いや、堂々どころか――完璧に掌握してる。
「だーれーもがーWOWO WOWO WO〜泣いてる♪」
声が響いた瞬間、空気が震えた。鳥肌が立った。
(……何、この人?)
しかも、間奏の際には、昭和臭オヤジからの「まぁ飲め、ナオヤ!」に対して、直也は何の躊躇もなくグラスを受け取り、笑顔で一気に飲み干してみせた。
その所作がまたスマート。嫌味もなく、ただ相手を気持ちよくさせる飲み方。
(いやいやいや……待って。直也って、こういう接待の場に慣れてないはずでしょ?)
だって、彼は当初から本社のITセクションでも特に将来を嘱望されエリートとして大事にされ、スタートアップ投資とプロジェクト推進で突っ走ってきた人。こういう「飲んで、歌って、盛り上げて」なんて芸当、できるはずがない。
なのに――。
……まるで、プロのエンターテイナーじゃない。
「契約が〜雪のように〜いただける夜に〜♪」
最後の替え歌にオジサンたちが大爆笑して、支社長が狂喜乱舞している。
「成約だ!成約!もうナオヤに発注確定!!」
オジサンたちは大喜びだけど……。
私はただ呆然と直也を見つめていた。
(マッキーも浜省も……全部完璧。
しかも、お酒の飲み方までスマートって……。
何なの、この人。私が知ってる直也じゃない)
驚きと、戸惑いと――そして、ちょっと胸の奥がざわめく感覚を覚えていた。
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