第3話:新堂亜紀

直也くんを接待要員として扱うなんて冗談じゃないと私は思った。


 彼ほど大きな視座に立って世界をより良くするためのビジネスを進めている人を私は他に知らない。だからこそ地熱発電×AIデータセンターを日米展開出来るようになった。


 そんな大切な直也くんを動員しなければならないなんて、五井アメリカには人材がいないということなのか。本当に、情けないとしか言いようがない。


 こうなったら私と玲奈で直也くんを守る。

 だからホテルに戻ってミニタイトスカートに着替えてきた。

 ――女狐モードに変身する事にした。

 もちろん指一本触らせはしない。

 私に触れていいのは直也くんだけ。


 ……でも今夜は、キャバ嬢に成りきって接待対応するしかないか。

 そう思っていたのに――。


※※※


――え、ちょっと待って。

直也くん……なんでそんなに上手いの?


最初はただのリカバリーのつもりだったはず。

若手が外しまくった空気を何とか繋ぐためにマイクを取った――それだけだと思っていた。


でも、流れた声は全然違った。

キーもリズムも完璧。むしろ原曲以上に伸びやかで、まるでマッキーそのもの。自然に会場全体を巻き込んでいる。


タンバリンを叩きながら、私は思わず玲奈と目を見合わせた。

彼女も驚いている。


「……ちょっと、これ……本気で上手いよね」

「ですよね……。同期会でもカラオケなんて行かなかったのに」


玲奈が小声で吐き捨てるように言う。

そういえば、そうだった。直也くんは昔から「飲み会の二次会とか苦手だから」って、すぐにフェードアウトするタイプだった。

だからこうしてマイクを握る直也くんを見るのは、私にとっても初めてに近い。


「そもそも……接待要員とか、ほとんど経験してないんじゃない?」

「ですね。直也は当初からエリート扱いなので、ITセクションで黙々と仕事してた筈……これ、すごくないですか」


玲奈の言葉に、私も強く頷く。


まるで別人みたい。

いや――直也くんの隠れていたもう一つの顔を、今初めて見せられてしまった感覚だった。


会場のオジサンたちが大喜びして合いの手を入れているのを横目に見ながら、私は心臓が妙にドキドキしているのを自覚していた。


「……これはずるいよ、直也くん」

思わず小さく呟いたその声は、タンバリンの音にかき消されて誰にも届かなかった。

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