義理ですらない
千里と唯衣がベクタースター一気見をしていた頃、詠は香折、怜の3人で都内の屋内型テーマパークへ来ていた。
最初、香折からこの3人でと誘われたときは断ろうかと思ったものの、香折は人気絵師だ。
いつどんなコネが役に立つか分からないと、誘いに乗ることにした。
施設内のあちこちからは電子音と、来場客の歓声が聞こえてくる。
「唯衣さんはデートなので、今日は速水唯衣フレンズだけで楽しみましょう」
横を歩いていた香折がガッツポーズを作り、詠に笑みを向ける。
「相手って桐山くん?」
「はい。もしかしてご存じなかったですか?」
「もちろん唯衣から聞いてたよ。ちょっととぼけてみただけ。それより、どれから行こっか?」
本当は聞かされていなかった。
話してほしかった――と唯衣に対して不満が湧いてきて、表情が曇りそうになるが、笑顔を作ってその場をごまかす。
「あの、わたしルート考えてきました」
「へえ〜怜ちゃんマメですね」
「わたしこういうところ来るの初めてなので気合が入っちゃいまして」
今時珍しい。
2人の会話を聞きながら詠は思った。とはいえ、兄妹で二人暮らしをしている時点で、色々と事情のある家庭なのかもしれない。
あまり気にしない方がよさそうだ。
「では、怜ちゃんルートで回りましょうか。詠さんも大丈夫ですか?」
「大丈夫」
詠が頷くと、3人はアトラクションへ向かって歩き始めた。
◇ ◇ ◇
3時間後。
詠はコンパクトで自分の顔を映し、あちこちハネている髪の毛を直していた。
あの後ひとしきりアトラクションを満喫し、今3人がいるのは併設されているカフェだ。
詠の髪の長さは短めなので比較的マシだが、長髪の2人は街中で見かけたらギョッとするレベルで悲惨なことになってしまっている。
と、そこで詠はひらめいた。
「香折、私の横に座ってくれる?」
「はい、どうしました?」
香折が隣に座ると、詠はスマートフォンを取り出し、自撮り写真を撮影した。
「怜ちゃんも一緒じゃなくていいんですか?」
「これSNSに上げる用だから2人の方が都合いいんだよね」
写真を確認するため、ディスプレイに視線を落としながら詠は答える。
「あの、私顔出しはしてないので」
「大丈夫。顔は隠すから」
「あ、それでしたら、大丈夫です」
詠は香折の顔をスタンプで隠すと、自分の顔を加工していく。
最近は絵師でもファン獲得のために顔出しをしている人もいる。
ピンク髪はオタク受け悪そうではあるものの、香折のビジュアルならプラスになりそうだと思いつつも、口には出さない。
「これでどう?」
スマートフォンの画面を香折に向ける。
「はい。問題ありません。それにしても声優さんは大変ですね。タレント活動するのも当たり前じゃないですか」
「まあね。でも、急になくなったら困るかな」
――そう。なくなったら困る。
純粋に『声優の仕事だけする』なら、おそらく今いる声優の半分は不要で、もしそうなったとき、唯衣は『いる側』で、自分はきっと『いらない側』だろう。
「あの……」向かいに座っていた怜が会話に入ってきた。「もしかして声優のお仕事より、そういうイベント出演のほうがギャラがいいんですか?」
「そうだね。イベントを地方でやるときは移動費も出るし、旅行気分で割もいいかな。あ、でも写真集は拘束時間の割にちょっと微妙だね」
「なんていうか、やっぱり今の声優って声の仕事があるタレントって感じなんですね」
「そうだね。でも、お陰でバイトもしないで済んでるし。怜ちゃんは声優に興味あるの?」
少しイラっと来たが事実だ。
大人の態度を見せる。
「はい。将来は養成所に通うつもりです」
「へえ、将来のライバルか」
半分冗談、半分本気だった。
怜は普段から気をつけているのか滑舌もよく、発音も不明瞭なところがない。
それに身長が低めで美少女。声優ファン受けしそうな見た目だ。
しかし――。
「……怜ちゃんってお兄さんに全然似てないよね」
詠は怜の顔のパーツを一つずつ見ていく。
頼りない雰囲気の千里とはやはり似ていない。
「あ、それは」
「ごめん。デリケートな話だったね」
「いえ。なんと言ったらいいんでしょう……」
怜は目を伏せ、再び顔を上げた。
「わたし本当の妹じゃないんです」
「義理ってこと?」
「いえ、義理でもなく、他人ですね。
色々あって家に置いてもらってる……っていう状態なんです」
「……はい?」
理解が追いつかなかった。
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