放送日

 20時59分。千里、唯衣、怜は香折の部屋にいた。

 今日は唯衣がゲスト出演したドラマの放送日なのだ。


 撮影してから2週間程度しか経っていないが、他の女優で撮影した部分が大人の事情で使えなくなり、唯衣で改めて撮り直したため、撮影から放送までがここまで短期間になっている。


 香折を入れた4人はテレビの前に座り、ドラマが始まるのを待っていた。


「ついに唯衣さんがドラマ出演なんて感慨深いですね。まあ、私ドラマって全然興味ないんですけど」


 香折はこの後仕事をするらしく、エナジードリンクを一口飲んだ。


「結局どっちなんですか」と千里がツッコミを入れていると、早速画面上に唯衣が現れた。


「「おー!!」」


 香折と怜が揃って声を上げ、


「興奮しすぎですよ」


 対して唯衣は居心地悪そうにテレビから視線をそらす。


『誰ですか?』


 画面上では、唯衣が槍木進演じる主人公から話しかけられ、思わず主人公に同情してしまうほどの氷の女を演じていた。


『誰だと思う?』

『知らないから聞いているんですが。ナンパでしたら迷惑防止条例違反で通報します』


 唯衣がカバンからスマートフォンを取り出し、主人公がそれをなだめる。


「これでもかってくらい塩対応なのに、それが逆に絵になってますね」

「怜ちゃんそれ!」


 怜が感想を言い、香折は怜を指さす。


 2人が盛り上がるのをよそに、画面内では物語が進んでいく。ゲストだけあって登場シーンも長めだ。


「……この唯衣さんの演技、見てるとなんだかゾクゾクしてきますね」


「まさに神がかり的演技です!! 速水さんをゲストだなんて役不足にもほどがあると思いましたが、生身で演じる速水さんを見られるならある程度の評価をせざるを得ないですね……。あとで配信サイトで見返さないと」


 興奮した様子の2人に対し、千里は冷静にドラマを見ていた。


 以前言い合いになったときのことを思い出す。『それらしい声を出すことしかできない』と言っていたが、そんなはなずがない。唯衣が声優業界に居場所がなくなるなんてことがあればそれは業界が間違っているし、同意したくはないが女優もある。


 ドラマは終わりに近づいていた。


『……ナンパ野郎と決めつけちゃってごめんなさい。それじゃ』


 テレビの中の唯衣が画面外へ消えるとCMが流れ始め、香折と怜は拍手をしはじめた。


 香折は唯衣へ顔を向けると、


「見事な女優っぷりでしたよ。声優の唯衣さんを知らない人が見ても、いい意味で『この人声優だ』なんて夢にも思わないと思います」


 唯衣に向かって微妙な絶賛とともに笑みを浮かべる。


「こんなゲストやったくらいで女優呼ばわりなんて本気でやってる人に失礼ですよ」

「いいえ。洋画やファミリー向けアニメ映画で俳優やアイドルが『声優初挑戦』って言ってるんですよ? だったらその逆も認められるべきです」


「そう……でしょうか?」


 唯衣は首を傾げ、なんとも納得がいっていないようだ。


「そうですよ。ところで桐山千里さん。今のお気持ちをお聞かせください。彼女が大女優になっちゃいましたよ?」


 香折は拳をマイクに見立てて千里の顎近くに持ってくる。


「えっ……」


 急に自分に話を振られ、千里は回答に困った。なぜなら、途中からまともに見られなくなってしまったから。


 やはり自分の恋人は夜空に輝く星だ。なのにも関わらず、手が届いてしまった。


 絶対不変のはずの宇宙の法則が乱れるようなことがあれば、それは速やかに修正され、そして星は最初から存在しなかったかのように自分の前から消えていってしまうだろう。


 しかし今、暗い顔をするのはどう考えても間違っている。


「……すごかった。唯衣はすごいよ」


 唯衣の迫真の演技にも負けないくらいの気概で、唯衣を絶賛する自分を演じた。

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