プレゼントの自販機

【SNSの噂】

「50円のジュース、ちょっと変な味がするけどクセになる」

「350円のほうは、飲むと一瞬で楽になる」


——郊外の住宅街の自販機で。



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私は、自販機のオーナー。

誰も気づかない駐車場の隅で、6年この仕事をしてきた。

電気が通ればそこが私の場所。

商品の中身も、値段も、全部わたしが決める。


50円のボタンは、静かな子がよく押す。

味は少し薄くて、喉が乾くような甘さ。

でも、また飲みたくなる。

次の日も、その次の日も。

まるで、体が覚えているみたいに。

少しずつ、やさしく、しみ込んでいく。


350円のボタンは、特別な人が押す。

みんな疲れている人たち。

目の下に影をつけて、ため息をこぼして、

それでも立ち止まれない人たち。

その人たちは、飲んだ瞬間に肩の力を抜く。

「楽になった」って、微笑む。

けれど、みんな、次の日もまた来る。

あの一瞬をもう一度味わいたくて。

——まるで、それが最後のご褒美みたいに。


私は知っている。

50円を押す人は、ゆっくり近づいていく。

350円を押す人は、静かに帰っていく。

でも、どちらも嬉しそう。

みんな、平等に“軽くなる”。

それが、私の贈りもの。


もう私にプレゼントをくれる人はいない。

だから私は、与える側に立った。

一人が二人に、二人が三人に。

笑顔の連鎖をつくりたかった。

少しでも、誰かの心が軽くなればそれでいい。

——たとえ、その重さが、もう戻らなくなっても。


今夜、最後の一本を補充する。

透明なボトルに、少しだけ白を混ぜて。

風の止んだ田んぼ道の先で、静かに。


きっとまた誰かが、ボタンを押す。

「ありがとう」と言ってくれる。


嬉しいでしょう?

私も、嬉しいの。

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怖い話 ヒトコワ アモア @amoa

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