予定表の子 ―宗教家の二世悲劇―

生まれた瞬間。

いや、「命」として確定した時から

私の人生は決められていた。


生誕式。奉仕。結婚。妊娠。

三十年先まで埋まったカレンダー。


それを「神の導き」と呼んだ。

でも実際は——支配の設計図だった。


母はテレビを壊し、

教師を「悪魔の代理人」と呼んだ。


学校は汚染された場所。

私は経典を写し続けて育った。


信徒が唯一の“他人”で、

笑い方まで教えられた。


「あなたの考えは神が持っている」

そう言われて、考えることをやめた。


平成二十年。

修養会の夜、裸足で逃げた。


初めて見るコンビニの光が、

異世界の祭壇みたいに見えて泣いた。


それから三年。

ようやく言葉を取り戻した。


これは証言のつもりだった——

けれど、書いてるうちに気づく。


私はまだ、

彼らの言葉で語っている。


「罪」「救い」「定め」

全部、彼らの辞書の中の言葉だ。


先週、SNSに写真を投稿した。

たった一枚。カフェのテーブル。


数時間後。

見覚えのあるアカウントからコメントがついた。


《帰っておいで。あなたの席、まだ空いてるよ》


……凍りついた。


アカウント名は消えていた。

でも、祈りの文体は間違いなかった。


スマホが震える。

カレンダーの通知が点滅する。


——《奉仕日:明朝六時 再会の祈り》


外に出たつもりだった。


けれど、

ネットの中に“神”はまだ生きていた。

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