もう一つの顔 

大学時代、サウナに夢中になっていた。授業の合間や休日に施設を巡り、仲間と情報を交換するのが楽しみだった。そんな頃、友人に誘われて河川敷で行われるテントサウナイベントに参加した。大小のテントが立ち並び、川に飛び込む歓声と湯気が入り混じる光景は、祭りのように賑やかだった。


俺が入ったテントの中は蒸気で暗く、顔がよく見えなかった。隣に座った男が「ここはいい熱だな」と話しかけてきた。互いに裸同然で肩を並べ、施設や水風呂の話で盛り上がった。最後に川に飛び込む瞬間まで一緒だったが、その後は人混みに紛れ、二度と会うことはないと思っていた。


2年後、就職した会社で配属先の上司が紹介された。声を聞いた瞬間、心臓が跳ねた。──あのテントで隣にいた男だった。だがそこにあったのは笑みではなく、怒鳴り声と机を叩く音。部下を容赦なく追い詰める、恐ろしく厳しい上司の顔だった。


やがて俺も社会人になってもサウナ熱は冷めず、今度は運営に回るようになった。ある日のイベントで友人から紹介された参加者が、その上司だった。俺を見た途端、彼は一瞬言葉を失い、すぐに大学時代と同じ穏やかな笑顔を取り戻した。


それ以来、会社での風当たりは嘘のように消えた。叱責もなく、妙に気を遣われるほどに。

──まるで、俺が彼の弱みを握ってしまったかのように。

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