第9話 息ができない2週間

 「二週間で百人を集めろ」

 顧問が提示した条件は、夢を掴むための切符であり、同時に圧倒的な壁でもあった。


「百人って……」

 結衣の声は震えていた。

「クラス全員が来ても、足りないよ」


「でも、やるしかない」

 美羽の目は強かった。

「ここで諦めたら、また“大人の事情”で終わるんだ。そうならないために――証明しよう」


 そうして、anymoreの二週間にわたる奮闘が始まった。


 まず動いたのはSNSだった。

 美羽が告知用の画像を作り、公式アカウントに投稿する。

 「二週間後、ライブハウスでワンマンライブ! #エニモア で拡散してくれたら嬉しいです!」


 結衣は短い歌動画を撮り、紗菜は練習風景を編集し、莉子は友達に拡散を頼んだ。


 投稿は確かに広がった。

『行きたい!』『予定空ける!』とコメントも増えていく。


 けれど同時に――

『遠いから行けない、ごめん』

『テスト前で無理』

 現実的な理由で来られない人も多かった。


「やっぱりSNSだけじゃ埋まらないかも……」

 莉子がつぶやき、部屋の空気が重くなる。


 次に狙ったのは学校だった。

 休み時間、結衣は勇気を振り絞って友達に声をかけた。

「ねえ、よかったらライブ来て! オリジナル曲もやるんだ」


「マジ? 行く行く!」

 笑顔でチケットを受け取ってくれる子もいた。


 だが一方で――

「え、わざわざお金払うんでしょ? 部活の延長みたいなもんじゃん」

 冷たい言葉を投げる子もいた。


 結衣は胸が痛んだが、無理に笑顔を作って「そっか」と答えた。

(まだ……私たちは“本物”じゃないんだ)


 莉子は先輩に頭を下げ、廊下で何十人もの知り合いに声をかけた。

「絶対楽しいライブにします! 来てください!」


 部活の先輩が「面白そうじゃん」とチケットを買ってくれた。

 別の先輩は「ごめん、バイトで……」と断った。

 それでも、少しずつチケットは手から離れていった。


 紗菜は地元の楽器屋にチラシを貼らせてもらい、SNSで知り合った別の高校の軽音部にも声をかけた。

「……人を呼ぶのって、こんなに大変なんだな」

 夜、ポスターを抱えて駅前に立つ彼女たちの表情は疲れていたが、それ以上に必死だった。


 スタジオでの練習は、以前より熱を帯びていた。

 演奏が止まれば、すぐに誰かが「お客さんの前で止められない」と声を荒らげた。


「あと三十人……」

 カウントする紗菜の声に、部屋が静まり返る。


「二週間で埋めるなんて、やっぱ無茶だよ……」

 結衣が下を向く。


「……無茶でもやるんだよ」

 美羽は汗をぬぐいながら、強く言った。

「ここで折れたら、また否定されるだけだ。今度は違う。anymoreが本物だって、証明するんだ」


 三人は無言で頷き、再び音を鳴らした。

 緊張と不安を乗せた音は荒かったが、そこに確かな熱があった。


 そして迎えたライブ当日。

 ライブハウスの扉を開けると、すでに観客でいっぱいだった。


「……すごい、こんなに」

 結衣が感極まったように呟く。


 前列にはクラスメイトたち、後ろには運動部の先輩、さらにSNSで繋がった見知らぬ人たちまで。

 フロアはほとんど満員で、熱気に包まれていた。


「あと少し……もう少しで満員だ」

 莉子が祈るように呟く。


 そのとき、美羽の視線が出入り口に止まった。

 観客の隙間から入ってくる姿に、思わず息を呑む。


 ――そこに立っていたのは、顧問の教師だった。

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