第10話 響く音 伝わる想い

 ステージ袖で待つanymoreの四人は、観客でほとんど埋まったフロアを前に、息を詰めていた。

 視線の先には、クラスメイトや部活の先輩、SNSを通じて知り合った見知らぬ人たち――百近い人の熱気が渦を巻いている。

 ライブハウスの空気は、すでに汗と期待に染まっていた。


「……やるしかない」

 美羽がギターを握り、深呼吸する。

「うん」

 結衣は唇を噛んだ。声が震えている。


 暗転。次の瞬間、スポットライトがステージを照らす。

 拍手と歓声が一斉に湧き上がり、四人は駆け出すようにステージに立った。



 一曲目は「START」。

 美羽のギターリフが響き渡ると、観客が自然と手拍子を始める。

 緊張で声が詰まりそうになった結衣は、フロアからの視線に一瞬足をすくませた。

 しかし、美羽が背中を向けて力強くストロークを刻む姿を見て、喉が自然と開いた。


「♪――」


 結衣の声がマイクを通して会場に広がった瞬間、拍手と歓声が一段と大きくなる。

 その反応に背中を押されるように、彼女の声はどんどん強くなっていった。

(これが、私たちの“始まり”。絶対に届ける!)

 ステージの空気が一気に熱を帯びていく。



 二曲目は「anymore」。

 この曲は、美羽の過去の否定から生まれた歌。


「何もかもダメだと笑われても 私はここで音を鳴らす」


 そのフレーズに、観客が拳を振り上げ、声を合わせて叫ぶ。

 照明が赤く瞬き、会場全体がひとつの渦に巻き込まれていく。


 美羽は弾きながら、かつての自分を思い出していた。

 「現実を見ろ」と嘲笑された日々。

 けれど今、目の前で彼女たちの音に反応してくれる観客がいる。

(否定の先に、本当の肯定があったんだ)

 胸の奥から熱がこみ上げ、指先に力が宿る。



 三曲目は「stage」。

 ライブハウスで初めて味わった楽しさをそのまま曲にした、明るく弾けるナンバーだ。


 紗菜のドラムがリズムを刻むと、フロアが一斉に揺れる。

 莉子のベースラインに合わせて観客がリズムをとり、結衣の声に合わせて合唱が起きた。


「すごい……!」

 心の中で叫びながら、美羽は全力でギターをかき鳴らす。

 フロアの熱気がステージに届き、ステージの熱がフロアへ返っていく――その循環がたまらなく心地よかった。


 最後の音を叩きつけた瞬間、観客から割れるような拍手と歓声が起こった。



 演奏を終え、四人は息を切らしながらも、涙がこぼれそうになるほどの達成感に包まれていた。

「……やった」

 結衣が小さく呟く。

「本当に、やり切ったんだ」

 莉子と紗菜が抱き合い、美羽はステージの景色を目に焼き付けた。


 ステージを降りた瞬間、美羽は出入り口に立つ顧問の教師と目が合った。


「先生……!」



 教師は腕を組んだまま、静かに言った。

「よくやったな。ここまで埋めるとは思わなかった」


「じゃあ……サマー音楽フェスに――」

 結衣が食い気味に言葉を続ける。


 だが教師は小さく首を振った。

「誤解するな。俺はお前たちにフェスに出てほしくないわけじゃない。むしろ応援している」


「じゃあ、なんで……」

 莉子の声は震えていた。


 教師は深く息を吐いた。

「学校には学校の規定がある。俺が言ったのは俺の気持ちじゃなく、“決まり”なんだ」


 その声には、迷いや苦しみがにじんでいた。

 美羽はハッとした。(先生も、私たちを否定したいわけじゃなかったんだ……)


「だから今日、お前たちがこれだけの人を集め、全力で演奏したこと。それを俺は誇りに思うし、学校にもしっかり伝える。あとは――お前たち次第だ」



 美羽は拳を握りしめ、強く頷いた。

(大人に止められるんじゃない。背中を押されてるんだ。なら、絶対にやり切る!)


 観客の歓声はまだ耳に残っている。

 その声に背中を押されながら、anymoreは次なる舞台へ進む覚悟を固めたのだった。

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ガールズバンド「anymore」 @11ko-ki

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