第7話 冬のできごと
冬が始まった。
吐く息が白く、スタジオに向かう足取りも冷たい風に押し戻される。だが、anymoreの四人は迷わず扉を開けた。
「寒い……けど、やろう」
紗菜がスティックを握りしめる。
数か月前の配信で浴びた言葉――
「歌は下手」「バンドとしてはまだまだ」。
その悔しさを燃料に、美羽はギターを抱えた。
「炎上とか言われたけどさ。私たち、負けたままじゃダメだよな」
「うん。だから、曲にしよう」
結衣が小さく微笑む。
⸻
美羽がノートを開く。
そこには炎上のコメントが走り書きされていた。
『下手だな』
『曲はいいけど』
その文字の横に、美羽は新しい歌詞を書き加えていく。
それでも鳴らす
否定の声も
光に変えて
ここから始める
四人は音を重ね、凍える冬の夜に新曲を形にしていった。
曲名は――「Winter Cry」。
否定の声に泣き、でも叫び返すような想いを込めた。
⸻
完成した音源をSNSに投稿したのは、雪がちらつく放課後だった。
画面を見つめる指が震える。
「……再生数、伸びてる!」
莉子の声に全員が駆け寄る。
『めっちゃ心に刺さる』
『歌詞やばい、共感した』
『エニモア、また進化してる』
否定の言葉がきっかけで生まれた曲は、再び多くの人の心を掴んでいた。
⸻
数週間後、バンドの公式アカウントに一通のメッセージが届いた。
「……えっ!?」
美羽が声を上げ、スマホを落としそうになる。
「どうしたの?」
「これ……サマー音楽フェスの運営から! 出演オファーだって!」
四人は一斉に声をあげて跳びはねた。
「やったー!」
「嘘でしょ……高校生なのに!?」
「すごい、すごすぎる!」
来年の夏、2年生になった彼女たちは、全国から有名バンドが集まるあのサマー音楽フェスのステージに立つことが決まったのだ。
⸻
その夜。
部室で机を囲みながら、興奮冷めやらぬまま未来の話をする。
「フェスなんて夢みたい」
「大勢の前で演奏できるんだよ!」
「きっと、私たちの転機になる」
笑顔が絶えない。
けれど、美羽の胸の奥にほんの少しだけ、不安の影がよぎった。
(本当に……全部うまくいくのかな)
その問いかけは、まだ誰にも言えなかった。
歓喜の中に沈んだその小さな影が、次の物語の幕開けを告げていた。
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