第6話 否定

 学園祭から数日後。

 学校の友達や先生たちから「良かったよ!」と声をかけられることが増えた。けれど、それ以上に大きかったのは、SNSの反響だった。


「ねえ、見て!」

 莉子がスマホを差し出す。画面には「#エニモア」というハッシュタグが並んでいた。

「エニモア?」

 結衣が首を傾げる。

「anymoreの略だって! みんな、そう呼んでるみたい」

「……ちょっと可愛いかも」

 紗菜が小さく笑う。


 「#エニモア」のタグ付き動画はすでに何十件も投稿されていて、再生数は数万を超えていた。学園祭のステージ映像が切り取られ、「高校生とは思えない!」とコメントが並んでいる。


「……夢みたい」

 結衣はスマホの画面を見つめながら呟いた。

(あの日、笑われた自分が。今はこんなふうに応援されてるなんて)



 四人は話し合い、バンドとして公式のSNSアカウントを立ち上げた。

 プロフィールにはシンプルに「女子高生バンド anymore」。

 初投稿はスタジオ練習後に撮った写真。四人が汗だくで笑っている、どこにでもある一枚だった。


 だが、フォロワー数は投稿から一日も経たずに千を超えた。

「千……!? まだ自己紹介しかしてないのに!」

「やばいな、これ……」

 紗菜が目を丸くする。


 そして試しにアップしたのは、オリジナル曲「START」を練習中に録画した動画。

 結衣が歌う姿と、美羽のギターのリフが重なり合う。


 投稿から数時間後、画面の再生回数は万単位で伸びていった。

「五万……十万……え、止まらない!」

 莉子がスマホを抱きしめるように叫び、四人は歓声を上げた。



 数か月後。

 ついにanymoreは、初めてのライブ配信に挑戦することになった。


「……緊張するね」

 開演前、結衣はマイクの前で両手をぎゅっと握っていた。

「大丈夫。観客はいないし、画面に向かってやるだけ」莉子が笑って言うが、その声も少し震えている。

「でも、向こうには何千人も見てるんだよ……」

 紗菜がぼそりと呟き、全員が固まった。


「考えるな!」美羽が笑ってギターをかき鳴らす。

「私たちはanymore。否定から始めるんだろ?」



 そして配信が始まった。

 画面の右側にはコメント欄が流れ、視聴者数はみるみる膨れ上がっていく。


『エニモアきたー!』

『学園祭で見てからファンになった!』

『START歌って!』


 四人は呼吸を合わせ、オリジナル曲「START」を披露した。

 演奏は緊張で固かったが、結衣の声が乗った瞬間、コメント欄に一気にハートマークが溢れた。


『やっぱいい曲だなあ』

『声が透き通ってる』

『ベース、いい感じ!』


 画面越しでも応援が伝わってくる。その光景に、全員の胸が熱くなった。



 だが、スクロールするコメントの中に、ちらほらと別の言葉が混じり始めた。


『思ったより歌上手くないな』

『高校生だから許される感じ』

『バンドとしてはまだまだ。曲はいいけどね』

『スタジオ練習レベルじゃん』


 結衣の心臓が一瞬止まったように感じた。

 歌いながらも視線が画面の端に釘付けになる。

 声が震え、音程がずれかけた。


(……聞かれてる。みんなに、そう思われてるんだ)


 ライブ配信を続けながらも、胸の奥に冷たい痛みが広がっていく。



 配信終了後。

 楽屋代わりに使った部室は重苦しい沈黙に包まれていた。


「……やっぱり、私、下手なんだ」

 結衣が小さな声で呟く。


「そんなことないよ。曲がいいっていっぱい言われてたじゃん!」

 莉子が必死にフォローするが、結衣は俯いたままだった。


「“曲はいいけど”って……つまり私たちはまだ、バンドとしては認められてないんだよ」

 紗菜の言葉に、誰も反論できなかった。


 美羽は黙ってギターをケースにしまった。

 悔しい。でも、確かにまだ未熟だ。

 しかし同時に、美羽の胸には新しい炎が灯り始めていた。


(――いいじゃん。否定されるのは慣れてる。

 でも今回は、一人じゃない。私たちには、この三人がいる)


 強くそう思った瞬間、彼女は小さく笑った。

「……もっと練習しよう。anymoreはまだ、始まったばっかだから」


 その声に、結衣も紗菜も莉子も、ゆっくりと顔を上げた。


 否定の言葉すら、彼女たちの“始まり”の音に変えていくために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る