第3話 初ステージ
ライブ当日。
薄暗い楽屋で、anymoreの四人は並んで椅子に座っていた。
手のひらは汗でじっとりと濡れ、心臓がうるさいほどに脈打っている。
「やばい……吐きそう」
結衣が顔を真っ青にして呟いた。
「緊張してんのは私らだけじゃないよ」
紗菜がスティックを握り直す。その指先も震えていた。
「大丈夫、大丈夫……」莉子は自分に言い聞かせるようにベースの弦を撫でている。
美羽は深呼吸しながら、ギターのストラップを肩にかけた。
(ここまで来たんだ。絶対にやる。誰に否定されても、このステージは私たちのものだ)
⸻
幕の向こうから観客のざわめきが聞こえる。
「次は高校生バンド、anymoreです!」
呼び出しの声に合わせてライトが落ち、歓声が起こった。
四人は足をもつれさせながらステージへ出た。
フロアには数十人の観客。スマホを構える手、期待の目。
その光景に、結衣の喉が固まった。
「よし、いくぞ!」美羽がカウントを取る。
――が、出だしからギターがコードを外し、ベースはタイミングを逃した。
ドラムは焦ってテンポを上げ、結衣の声はかき消された。
「ごめん、やり直して!」
音が崩れてしまい、観客のざわめきが広がった。
⸻
それでも止まらなかった。
二度目のイントロで、美羽は目をつむり、ギターをかき鳴らした。
その音に引っ張られるように、紗菜のドラムが地を叩き、莉子のベースが低音を響かせる。
結衣は震える声で歌い出した。
――拙く、危なっかしい。
それでも四人の音は最後まで走り切った。
演奏が終わると、会場は一瞬の静寂に包まれる。
(……ダメだったかもしれない)
結衣が俯いたその瞬間――
「イエーイ!」
観客の中から拍手と歓声が起きた。
大きな声援ではなかった。けれど確かに、anymoreに向けられたものだった。
⸻
ステージを降りた瞬間、四人は崩れるように座り込んだ。
「ぐちゃぐちゃだった……」
「でも、最後までやり切ったよ」
紗菜の声に、結衣は目を潤ませて笑った。
美羽は手のひらを強く握りしめた。
(まだまだ下手。でも――ここに立てた。歓声をもらえた。それだけで十分だ)
楽屋の壁に反響する歓声を聞きながら、美羽は思った。
「次は、もっと大きな声援をもらおう」
その言葉に、三人も強く頷いた。
失敗と歓声を胸に、anymoreの物語は確かに前へ進み始めていた。
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