13話 影
根津郎次、MMA総合格闘家である。
金髪のショート、眉毛を吊り上がっている。
MMAでトップと言うわけではない。
だが、実力は折り紙付き。
郎次は金殺に入ることが、すでに提案されていた。
だがそれを断り、時牧に入った。
その理由が、力試しという。
今、猛威を振るう。
郎次が、リングに上がっていた。
腕を組んでいる。
ハーフパンツのみを履き、相手を待っていた。
審判は楼 王宣だ。
王宣も、相手選手を待っていた。
相手の名は、空。
数分後、選手入場口から、一つの影が歩いてきた。
龍一は、テレビでその姿を見ていた。
隣には、聖一が座っていた。
「あっ、こいつ」
聖一が身を乗り出した。
こいつ、と呼ばれたのは、仮面を被った男だった。
金髪のオールバックとは裏腹に、全身を黒い服で包んでいた。
その男こそ、空であった。
「知ってるのか?」
龍一が聞く。
「トーナメント表を決める時に、ずっと見てきた男だよ!怖い奴!」
「そう…なのか」
龍一がテレビに視線を向ける。
「来たか」
リングに上がってくる空に向かって、郎次が話しかけた。
空は無言で、立ち位置に向かった。
郎次が、顔をしかめる。
それを見て、王宣は冷や汗を垂らす。
郎次は、怒りやすい性格なのだ。
キレたら、何をしでかすかわからない。
止めるのは、審判の仕事である。
「…空、身長百九十三センチ、体重九十八キロ。時牧戦録、十勝無敗」
王宣が躊躇がちに、喋り始めた。
「根津郎次、身長百八十七センチ、体重八十七キロ。時牧戦録、十二勝無敗」
「審判は私、楼 王宣が務めます」
郎次が、空の仮面を睨みながら後ろに下がる。
空も同じように下がる。
「では、始めぇ!」
郎次が突っかけた。
右拳を振り上げ、仮面に向かって振り下ろした。
空はそれを、左腕で受けた。
郎次は次に、左アッパーを仕掛けた。
空が後ろに下がって躱した。
そんな空を追って、右拳を再び振り上げた。
空も、左拳を上げた。
その瞬間、血が舞い上がった。
郎次の顔面に、空の左拳がめり込んでいた。
郎次の体が、吹っ飛んだ。
リングに背中を当て、うな垂れた。
「…」
王宣は、言葉を失っていた。
空は悟ったかのように、リングを下りた。
「…勝負あり!」
王宣が、腕を振り上げた。
その時には、空の姿はなかった。
「鋼山響十、身長百八十二センチ、体重八十八キロ。時牧戦録十三勝無敗」
観客の熱が冷めぬまま、次の試合は始まった。
「霧島良、身長百六十七センチ、体重五十九キロ。時牧戦録、十二勝無敗」
鋼山響十、白髪、白いワイシャツ、黒いズボン、黒い瞳が相手を見つめる。
霧島良、黒く伸びた髪、上裸で、下半身はこちらも黒い長ズボンだ。
「審判は私、桜 髙美が務めます」
二人が、同時に距離を取る。
「では、始め!」
始め、良が進んだ。
進んだ勢いのまま、響十の頭に向けて、右のハイキックを放った。
超スピードの蹴りだった。
ただ、響十には当たらなかった。
足を半歩後ろに動かし、ハイキックをすれすれで避けていた。
良の右足が、地面に触れた。
その時、響十の体が、良を突き飛ばした。
背中を、良の右足に当てたのだ。
良の体制が崩れる。
良は踏みとどまったが、響十に背を向けていた。
一気に悪寒が走る。
良が振り返ると、響十の体が迫っていた。
響十の拳が、良の顔を狙った。
瞬間、良の体が回転し、左膝を響十に向けた。
響十は咄嗟に、両腕を体の前に固めた。
左膝が、響十の体を突き飛ばした。
「ムエタイか」
「まぁね」
響十の言った言葉、ムエタイ。
タイで生まれた格闘技である。
特徴は、肘や膝を使うことである。
「タイに行った時に学んだんだ。十歳ぐらいのときにね」
良は両腕を立てて、顔の両隣に置いた。
「ムエタイ…ねぇ。闘るのは、初めてだな」
響十が構えた。
自分の体を、右に九十度回転させ、左脇を締め、相手から見た正面に置く。
肘を曲げ、直角に、拳は作らず、掌は下を向く。
右手は拳を作り、右頬のすぐそこに置く。
ステップを踏み、一定のリズムで飛び続ける。
少し、相手に向けて前傾になり、呼吸はジャンプと同じリズム。
形は、ミサエルの、フリッカースタイルに似ている。
一体何の武術なのか。
響十の使う武術、そこに名前はない。
完全に我流である。
響十は、様々な鍛錬を行ってきた。
扱う武術も決めぬまま鍛え続け、十七の時。
武術を知った。
自分の体型、筋肉量、精神性、骨や皮の鍛錬度。
全てを見直し、決めた武術。
だがそれは、二つあった。
フランスの護身術、足技主体のサバット。
東南アジアを主軸とした、肘のような硬い部位で、流れるように戦うシラット。
その二つどちらを選ぶか。
響十の答えは、融合。
サバットとシラットを合体させ、自己流の武術を作り上げた。
良が駆け出した。
良の左足が、響十の右腹に向かう。
瞬間、響十の右半身が動いた。
右肘で上から、右膝で下から、良の左足を挟んだ。
蹴り足はさみ殺し。
空手の高度技である。
響十は、作り上げた武術以外にも、数多の現代格闘技を修めていたのである。
左足から、肘と膝が離れた。
良は勢いを殺された影響で、体勢を崩した。
響十の右足が、地面を蹴った。
良の顔面へ、真っすぐと蹴りが飛んでくる。
良は防げ事が出来ず、蹴りを直で喰らってしまった。
血が噴き出たりはしなかった。
だが、確実なダメージは与えていた。
良が、地面に両膝を突く。
頭が、ガクンと下がる。
響十にとって、最高の位置へ。
響十の左脛が、良の鼻っ柱を叩いた。
今度は、血が噴き出た。
良の体が転がり、リングロープに体を叩いた。
良の息が、荒く絶え絶えになる。
響十は動かない。
待っているように見えた。
良は確実に回復し、鼻から血を垂らしながら立ち上がった。
四肢が小刻みに震えていたが、すぐに震えは止まった。
再び、両者構えなおす。
動いた。
初撃、響十の左ジャブ。
良はしっかりと見切り、避けた。
もう一撃、左ジャブ。
当たった。
いや、わざと受けていた。
この左ジャブは、相手を怯ませるもの。
自ら当たりに行けば、怯むこともない。
響十の肩を、良が両手でがっしりと捉えた。
良の右膝が、響十の顔面へ。
響十は、頭をどう動かそうと、肘に当たるだろう。
それは、両肩を掴まれているが故。
なら、離す。
響十の右拳が、良の左腕を叩いた。
すると、左手が肩から離れた。
響十は、体を右に回転させ、膝を避けた。
そして左手で、良の右腕を掴み、自分の方へ引いた。
右足が浮かぶ。
良の顔面へ、右の脛がぶつかった。
脛が良の顔面から離れると、赤い糸を引いた。
良の体が揺れている。
意識が朦朧としているのだろう。
そんな良の腹に、響十の右足が食い込んだ。
良が血を吐く。
響十のシャツに、赤いシミがついた。
付いたところは、左の脇腹に数滴。
少し、血が垂れていく。
それを、右袖で拭う。
シミが広がった。
「新しく買わないとな。シャツはあまり持ってないからな」
良はうずくまって、血を床に吐き出した。
それを見て、響十が拳を固める。
「シュッ」
息を吐き出し、拳を振り下ろした。
良の後頭部まで、一メートルを切った瞬間。
良の上半身が起き上がった。
響十は、すぐに理解し、察した。
目を瞑る。
その行動の理由は、良の口を瞬間的に見たからである。
良は、口をすぼめていた。
良は口に、目一杯の血を含んだ。
そして、その血を響十の顔面に噴き出した。
響十の顔に、大量の血が付着する。
それを予想して、響十は目を瞑ったのだ。
良が血を吹きだした理由は、目潰し。
結果的に、目を瞑らせることはできた。
良の全身が、立ち上がった。
両肘を振り上げ、響十の両肩に振り下ろした。
響十の重心が、下に向く。
良の左手が、響十の頭を抑えた。
同時に左膝を振り上げ、響十の顔面を打った。
良の左膝が、赤く染まる。
響十は、良を無理やり突き飛ばした。
良の左手が、響十の頭から離れる。
響十が深く息を吐き、呼吸を整えようとする。
しかし、息を吐き終えた瞬間に、良が突っかけた。
響十は、肺に酸素がなく、血が十分に回っていない影響で、反応が’遅れた。
良の右肘が、響十から見た左上から、落ちてきた。
響十は避けようと、右に体を動かした。
咄嗟の判断だった。
それが、間違いだった。
良の左膝が、響十の右側頭部を打った。
それと同時に、響十の左側頭部も、良の右肘に打たれた。
空手の、蹴り足ハサミ殺しによく似ている。
だが、蹴り足ハサミ殺しと違う点は、攻撃技という点である。
蹴り足ハサミ殺しの特性は、相手の攻撃を肘と膝で挟み、攻撃のスピードを無理矢理殺すということ。
それを攻撃に転ずる。
威力は絶大。
響十の体が、膝を前に出しながら、上半身だけが後ろに向いた。
良が、追い打ちをかける。
良の膝が、響十の顔面へ向かった。
その時、響十が動いた。
左足を立て、両手を地面に当て、飛ばした。
良の膝は、響十の目の前で、勢いを失った。
そして、響十が立ち上がった。
良が響十を見た。
その瞬間、響十の左足が、良の右頬を叩いた。
綺麗なハイキックだった。
地面から、楕円を描くように、良の頭を蹴りぬいた。
そのまま左足を地面に付け、回転し、右の裏拳を、再び良の右頬に当てた。
良の体が、思い切り傾いた。
だが、踏みとどまった。
歯を食いしばり、体を起こす。
もちろん、反撃のため、体を起こした。
しかし、良の体の位置が、響十にとって最高の位置になってしまった。
偶然なのか、響十の計算なのか。
まず、響十の右足が、良の顔面へまっすぐ伸びた。
打ち抜かれた。
頭が、後ろに行く。
響十が右足を戻し、左足で良の脇腹を打った。
正確に言えば、脛だ。
良の体が、前に向き直った。
右ハイキック。
今度は踏み切れなかった。
直撃し、蹴られた勢いのまま、地面に頭を打った。
髙美が駆け寄り、良を見下ろした。
「勝負あり!」
右手が降りあがった。
響十が両手を、横ポケットに入れ、リングを下りて行った。
「……」
響十が、廊下の奥を睨む。
「目標発見。白髪、スーツ、体格、鋼山響十で間違いないです」
サングラスと黒スーツに身を包み、トランシーバーらしきものに話しかけている。
あまり筋肉はなさそうだが、常人よりかは引き締まった体をしていそうだ。
それを、響十は一瞬で見抜いた。
敵と判断して。
トランシーバーから、ガサガサと、音が聞こえる。
『作戦通リ、生ケ捕リダ』
トランシーバーから聞こえるのは、声だ。
その声を聴き、響十は構えた。
良戦で見せた、あの構えだ。
「戦いの末、殺してしまうのは?」
『問題ない』
「了解」
男が、地面にトランシーバーを置いた。
「随分と舐めてくれるね」
響十が頭を引き、男を見下す。
「えぇ、何せ…」
男がポケットから、棒状のなにかを取り出した。
暗い中目を凝らすと、その棒は、持ち手の上から先端まで、円状のものを境に細くなっていっていた。
男は、その棒を地面に向けて振った。
その瞬間、棒状のものが一気に伸びた。
警棒のようだった。
そして、男が、警棒を持っている左手の指を動かす。
親指が動くと、何かがはじけたような音がする。
すると、警棒の根元から先まで、閃光が走る。
黄色いようにも、白いようにも、青いようにも見える。
電気だ。
「何が目的だ?」
響十が聞く。
「このトーナメントに、お前は合ってない」
「合ってない?」
「はっきり言って、レベルが高すぎる」
「へぇ?」
「あれの邪魔だ」
サングラスの奥の瞳が、らんらんと光る。
「あんた、名前は?」
「……
男が言い、警棒に力を込め、走りだした。
警棒を、響十の頭に向けて振り下ろす。
だが、届かなかった。
風斗の左手首に触れ、警棒を止めたのだ。
「破ッ!」
左拳を、風斗の体の中心に打ち込む。
「カハッ」
風斗が唾を吐く。
風斗の体が、響十から離れた。
そして、左ハイキック。
側頭部に打ち込んだ。
風斗が、ゆっくりと倒れていった。
風斗は白目をむき、唾を垂らしている。
響十が警棒を奪い、電気を止めた。
普通の警棒で、風斗の頭を叩く。
「っ…」
風斗が目を覚ました。
数秒固まり、状況を察したようだ。
「こんなのが、俺以外にも来てるのか?」
「クォース・ムッシマは、捉えた」
「あの、空ってやつは?」
「わからない。情報が少なすぎる」
「だれの指示だ?」
「ボスの名前は、言えない。そう言われてる」
「誰に?」
そう聞くと、いきなり押し黙った。
考えた末、口を開いた。
「黒薔薇組五代目組長、
それを聞くと、響十が顎に手を当てた。
「わかった。もういい」
そう言って、拳を風斗の右側頭部に打ちおろした。
「かっ…」
風斗は、再び白目をむいた。
「…いろいろと、何かが起こってるな」
響十は呟きながら、その場を去っていった。
風斗が倒れているところに、雑音が響く。
『鋼山響十。彼ハ駄目ダナ』
トランシーバーからだった。
静寂の中、ブツッという音が、廊下に響いた。
13話 影 終
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