8話 舐めるな
「牧オードン、身長百九十八センチ、体重百五十四キロ。時牧戦録、十四勝無敗」
黒髪のドレッドヘア、右目を通し、線のタトゥーが入っている。
下地は黒色であり、もふもふした白い毛が、全体を覆い隠すようについている、ハーフパンツを履いている。
厚い筋肉が目立つ男、牧オードン。
「まさか、絶神プロレスの中でも、一のビッグネームが出てくるとは」
ムードが、観客に囲まれながら言う。
牧オードン、絶神プロレスの門下生であり、世界的に有名になったプロレスラー。
「ハリッド・マヤール、身長百八十四センチ、体重九十二キロ。時牧戦録、十四勝一敗」
「審判は私、
金髪で、黒服の男である。
「じゃあ、始め!」
試合開始とともに、観客の歓声が沸く。
パァン。
オードンの太ももに、ハリッドの足の甲が当たる。
「効かんぜ…」
オードンが歯を見せ笑う。
ハリッドの顔面に、ラリアットの要領で、拳をぶつけていた。
ハリッドが、後ろのリングロープまで吹っ飛ぶ。
「休む暇なんかねぇぜ!」
オードンが突っ走り、途中で飛び上がる。
ハリッドの胸に、ドロップキックが飛んでくる。
ハリッドの体が、硬いロープにめり込む。
大きな音を立て、オードンが背中から着地する。
「しゃあ!」
ドロップキックを受けたハリッドの胸に、拳を打つ。
ハリッドの呼吸が、つぎはぎになる。
ハリッドは両腕をロープにのせ、もたれかかりながらうつむく。
「おらおら、どうしたよ」
オードンが膝に手をつき、ハリッドの顔を見る。
ハリッドの口が、黒く笑う。
その瞬間、オードンの体が仰け反る。
ハリッドの右足が降りあがっていた。
(蹴った!?あの状態、あの距離で?)
オードンが鼻血を吹きだし、ハリッドを見下ろす。
「へい、ペテン師よぉ。起き上がれよ」
オードンが人差し指をくねらせ、ハリッドを誘う。
するとハリッドは立ち上がり、オードンを見上げる。
タァンと、肉が打ち付けられる音が鳴る。
ふくらはぎだ。
ハリッドの右足が、オードンのふくらはぎを叩いている。
カーフキック、キックボクシングで多用される技である。
ふくらはぎは筋肉が少なく、打たれると激痛が走り、一流の格闘家のカーフキックは、立てなくなるほど強力だという。
ハリッドは、そんなキックボクシングの、ヘビー級チャンプである。
しかし、ヘビー級のカーフキックを食らって尚、オードンは立っている。
冷や汗を垂らしながらも。
「重いね、打撃」
オードンが笑いながら言う。
「そっちだって」
ハリッドは、小刻みに飛びながら、キックボクシングの構えを取る。
「痛いよ、キック本職のカーフは」
ハリッドが言うが、先ほどよりも口角を上げ、オードンが笑った。
「痛いからなんだ?
オードンはそう言うと、両手を少し広げ、体勢を低く構える。
「出た!牧オードンの、ド根性の構え!」
観客たちから、さらに大きな歓声が沸く。
「ド根性の構え?随分とまぁ、洒落た名前だな」
ハリッドが馬鹿にしたように笑う。
「おうよ、実際に根性だからな」
オードンが踏み出す。
ハリッドはそれを止めるように、カーフキックを放つ。
「効かねぇんだよ!軽すぎて!」
オードンはそう言ってつかみかかる。
オードンの両手ががっしりと、ハリッドの両肩を掴む。
「重さってもんを、感じてみろ!」
頭を後ろに下げ、ハリッドの顔面に向かって、勢いよく振り下ろす。
赤い鮮血が、宙を舞う。
オードンの、ド根性の構え。
それは、体勢をかがめ、筋肉を集中させ、相手の打撃を受け切る型。
その名の通り、ド根性、プロレスラー、牧オードンにのみできる型である。
「もう一発!」
オードンが再び、頭を後ろに下げる。
だが、オードンの体に、変な感触が伝わる。
ハリッドの両足が、オードンの腹にくっついていた。
まるで、先ほどのドロップキックのように。
ハリッドの足が、押し出された。
オードンの体が、後ろに吹き飛び、体勢を崩す。
「ちぃっ!」
オードンが無理やり、後ろに下がる足を止める。
「まだまだぁ!勝負はこれからだ!」
オードンが叫び、ハリッドに向かって走り出す。
オードンは右拳を固め、自分の上に振り上げる。
そしてそのまま、ハリッドに向かって振り下ろす。
ハリッドは、後ろに跳び下がり、オードンの拳をすれすれで避ける。
そのまま左足を振り上げ、オードンの脇腹に打った。
が、脇腹には当たらなかった。
オードンが足を上げ、太ももで防いだのだ。
「舐めるな、小僧」
オードンが、ハリッドの両脇を掴む。
「行くぜぇ!てめぇら!」
オードンが、両脇を掴んだまま、観客たちを煽る。
「あ、あれって!」
「出るぞ!オードンの、あれが!」
オードンが飛びあがり、体を左に回転させる。
牧オードン、絶神プロレスの最初期にのみ見せた技。
相手の両脇を掴み、飛び上がった後、相手の頭から着地をするという、危険技。
「飛鷹だー!」
オードンが腕を上げたか下げたか、地面に向かって伸ばし、ハリッドの頭頂部を地面に向かわせる。
しかし、オードンの予想を超えた技が、飛び出してきた。
ハリッドの膝が、空中でオードンの睾丸を叩いた。
痛みにより、オードンは動けなくなった。
その結果、オードンとハリッドの頭頂部は同じ高さになり、二つの接地面で、飛鷹を受けた。
オードンの両手が、ハリッドから離れる。
オードンとハリッドの脳は、数十秒にわたり揺れ続けていた。
そして、一分が経った頃、二人が頭を抑えながら、膝に手をつき立ち上がる。
「…飛鷹に…あんな対処法が…あるとはな…」
オードンはしゃべりだすが、ハリッドは黙ったままだ。
「おいおい…大丈夫かよ」
ハリッドが顔を上げ、オードンを見る。
「決着で…いいよな」
「…あいよ」
オードンは低く構え、ド根性の構え。
ハリッドは脳が揺れた影響か、フルコン空手のような構え。
両者同時に、踏み出した。
初撃、ハリッドのハイキック。
オードンは腕で受け、右拳をハリッドに突き出す。
ハリッドはそれを後ろに下がってよける。
だが、後ろに下がった時の反動で、脳の揺れが再発し、ハリッドの視界がゆがむ。
それを有利に、オードンがつっかける。
しかし、ハリッドの体は覚えている。
脳が混濁したとしても。
何千何万と打ち続けてきた、顎へのハイキック。
右足が、オードンの顎を貫いた。
オードンの体が、地面に向かって倒れる。
と、観客たちは思った。
が、現実は違った。
オードンは顎を撃ち抜かれたとしても、踏みとどまったのだ。
オードンの右ストレートが、ハリッドの顔を叩いた。
ハリッドは仰向けに倒れる。
「勝負あり!」
明凡が叫んだ。
観客たちのオードンコールが、部屋中にとどろく。
しかし、オードンの耳に、その音は入らなかった。
ハリッドを見つめ、一言を呟いた後、リングを下りた。
鍛えなおしてこい。
「残念だったな、ハリッド」
ムードが呟く。
ベンチに座り、タオルを顔にかけ、上を向いたハリッドがいる。
ここは、ハリッドの控室である。
「負けちまった。また、お前にな」
タオルを落とし、ムードの方を向く。
「オードンが、試合後俺に話しかけてきたよ。伝えといてくれって」
「なんて?」
「絶神プロレスで、君を待つ。だとさ」
ムードが肩で笑う。
「…敵わねぇな、あいつには」
「黒山紺、身長百八十七センチ、体重九十五キロ。時牧戦録、十一勝無敗」
黒山紺、黒い道着を身に着け、胸に白い文字で小さく、黒山と書かれている。
髪は黒く、両脇を短く刈り上げたオールバック。
立派な顎髭を生やしている。
「加藤隆盛、身長百八十一センチ、体重八十三キロ。時牧戦録、十勝無敗」
加藤隆盛、こちらは白い道着で、黒髪のウルフカット。
若々しく、眉毛は吊り上がっている。
そして隆盛は、龍一より後にトーナメント出場が決まった中の一人である。
「審判は私、正 夢坂が務めます」
夢坂が腕を前に出し、振り上げる。
「始め!」
開始直後、隆盛が距離を詰める。
フルコン空手の距離である。
「シャッ!」
息を飛ばし、小さくジャンプをし、右足を紺の顔に向けて放つ。
隆盛の右足が、紺に触れる直前、紺の左腕が動く。
紺は左手で隆盛の右足を止め、右拳を隆盛に突き出した。
拳は隆盛の目の前で止まり、隆盛の左足が地面に触れる。
隆盛の頬に、冷たい汗が流れる。
拳の大きさは七センチかそこら、だが加藤の目には、自分の頭よりも大きく見えた。
「未熟だな、若造」
紺が憐れむような声で、隆盛を睨む。
「なんだとぉ…」
隆盛の心に火が付いた。
左足を振り上げ、紺の首を狙う。
しかし、紺は一瞬で左腕を戻し、前腕で蹴りを受けた。
隆盛は歯を噛み、後ろに跳んで引き下がる。
両者、構えを変える。
隆盛は先ほどよりも、深い前傾姿勢。
紺は右手を前に出し、左手を自分の脇腹の横、開手である。
足は右が前、左が後ろの猫足立。
さながら、攻めと守り。
隆盛が突っかける。
隆盛の前蹴りが、紺の胸を狙う。
胸の中でも、心臓の部分、隆盛はそこを狙った。
隆盛の空手は、相手を倒すこと、殺すことに秀でた、
無人流空手は、急所を重心的に狙う空手。
急所を打ち抜く技術や正確性は、無人流が空手界の中でも随一だろう。
故に、見切られる。
隆盛の右足は、胸を貫かず、紺の左手に押しのけられ、地面を叩いた。
動揺する隆盛、その顔面に、上段正拳突き。
隆盛の鼻は陥没し、地面を背中でたたいた。
「かっ…」
隆盛の呼吸はつぎはぎになり、口がパクパクと動く。
「貴様は力や体躯に恵まれた」
紺が見下ろしながら言う。
「だが、それでは打ち破れないもの、長い鍛錬によって身につけられた技術だ」
紺が背中を向け、聞こえるか否か程の声量でつぶやく。
「再戦は、いつでも受けよう」
「勝負あり!」
龍一の控室、テレビがついている。
龍一はさっきまで、このテレビで観戦していた。
今は部屋を開け、手洗い場にいっている。
「はぁ~っ…」
龍一が手洗い場を出、上に腕を伸ばす。
(瞬殺に続き、圧勝。レベルが高いな、やっぱ)
龍一が廊下を歩いていると、大きな人影が、前から歩いてきた。
「霞原龍一、だな」
龍一は、自分に話しかけられたことに驚いた。
人影は、黒山紺だった。
「話がしたい。私の控室に入ってくれるか?」
紺が龍一の後ろに指をさす。
龍一が後ろを向くと、幾つかの部屋があった。
その中でも、龍一に最も近い部屋、黒山紺様控室、と書いてある。
龍一は一度紺の顔を見た後、部屋に入っていく。
紺も、それに続き入っていった。
「凄かったですね、試合」
龍一が椅子に座り、紺に話しかける。
「加藤隆盛はまだ、熟していなかった。だから、俺が勝ったまでだ」
龍一が口をつぐみ、紺の目を見る。
「それで、話って?俺、友人の試合を間近に見たいんですけど」
「ならば、手身近に話そう。龍一」
紺が向かいの椅子に座り、龍一の目を見返す。
「お前は、龍を継ぐものか?それとも、龍の名を持つだけか?」
龍一は数秒考え、首を曲げる。
「…何の話です?」
もちろん、龍一には、紺が言ったことの意味が解らなかった。
「お前の叔父、名は?」
「
紺が頷く。
「まず、それを覚えておいてほしい。そして、ここからは俺の話になる」
龍一が紺を見る。
一体、紺は何を話したいのか。
しかし、そんな気持ち露知らず、話し始める。
「俺は十年ほど前、藤木組に関係していた」
紺は話し始めた。
紺は十年前、藤木組に雇われた。
藤木組は、ある土地に目をつけていた。
その土地を手に入れることができれば、多大な徳があった。
しかし、その土地を狙う、もう一つの組、
もちろん、争いになる。
そこで、幽香組組長、
その提案は、それぞれの組で、強い男を雇い、戦わせ、勝った方が土地を手にし、負けた方が組を終わらせるというもの。
藤木組はそれを受け、紺を雇った。
結果、その賭けに勝ったのは藤木組。
紺はそんなことを話し、一息をついた。
「それで、なんなんですか?」
龍一が困惑しながら聞く。
「まぁ待て。つまり、俺は藤木辰正に会ったことがあり、話したことがある」
龍一は驚き、席を立ちあがる。
「それで、聞いたことだ」
もう一度、紺は話し始める。
藤木辰正は、あることを計画していた。
それは、闘士の育成。
辰正は何人かの、男たちに目を付けた。
有名な空手家、剛腕な柔術家、伝説の喧嘩屋、屈強な八極拳使い、だがその誰もが、年を食い、育成をできるような状態ではなかった。
そこで考えたのが、遺伝子。
その強者たちの遺伝子を継ぐ者を鍛え上げようと、様々な力を使い、その遺伝子を手に入れた。
そして、何人かの子供が生まれた。
その子供たちは、子供のころから鍛え上げられ、屈強に育っていった。
辰正は、子供たちに、自分の辰という名前から、龍や、竜の字と、数字を名に含んだという。
茂原龍一、その子供たちの中でも、最年長の男であった。
龍の字が入り、一。
紺はそんなことを語り、目の前の龍一を見た。
「つまり、俺の叔父さんは、辰正に育て上げられたってこと?」
「最初はな。ある程度鍛え上げられた後、ほかの人間に引き取ってもらっていた」
龍一は目を見開き、驚きを隠せない。
「お前、叔父に会ったことは?」
「ないけど…」
「実はな、茂原龍一も、保証人の身だったのだ。もともと多大な金があったから、借金を返せていた。が、どんどん借金が膨れ上がり、ストレスで病にかかり、死亡した」
「そうだったんですか…」
「うまく聞かされていないと思うが、茂原が死んだのは、お前が生まれる前、お前の親が、借金のことを隠すために、死んだことを隠しておいたのだろう。お前の親は、叔父の事情など知らず、龍一という名前をお前につけた」
龍一は紺の話で、混乱していた。
知らないことが、一気に舞い込んできた。
子供の頃、親は叔父のことを話すとき、優しかったといつも言っていた。
だから、同じ名前を付けたのだろう。
だが正直、話が見えなかった。
「なんで、辰正はそんなことを?」
精一杯ひねり出した言葉が、これだった。
「金殺には、強者が集う。辰正は強いやつと戦うという欲望のため、金殺を開いた。自分に勝ったら金をやるという名目で、金殺は始まった」
「…ということは?」
「金殺現最強闘技者、それは、藤木辰正だ」
8話 舐めるな 終
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