6話 開始
「三矢王毅選手対須磨陸田選手。両雄出そろいました」
白スキンヘッドの男が、二人と一緒にプロレスリングに上がっている。
「審判は私、
白スキンヘッド、夢坂が言う。
三矢王毅、金髪で尖った髪、首の右側に黒い模様が見える。
目はぎらぎらと光り、対戦相手を睨みつけていた。
須磨陸田、四肢、首、胴、全てにおいて太い。
黒い角刈り、眉毛は吊り上がっており、瞳は髪の毛よりも黒かった。
「三矢王毅、身長百八十二センチ、体重九十三キロ。時牧戦録、十二勝無敗」
夢坂が喋りだす。
「須磨陸田、身長百九十五センチ、体重百六十キロ。時牧戦録、十三勝無敗」
言い終わると、夢坂が腕を出す。
「武器、殺しはなし」
すると、王毅が服を掴み、リング外に脱ぎ捨てる。
首に見えていた模様が、全て露になる。
右肩を通し、手首まで、一匹の竜が彫られていた。
それを見て、陸田が動く。
音を立て、両手を組み合わせる。
「むんっ」
全身に力を入れた瞬間、背中から服が破れる。
残った服をリング外に投げ飛ばし、首を鳴らす。
「丸刈り、危険は早めにな。あまり体力は使いたくない」
王毅が低く飛びながら言う。
「そう粋がるな」
手首を鳴らしながら、王毅をあしらう。
「始め!」
夢坂が手を上げる。
金殺出場権利争奪トーナメント、遂に始まる。
陸田が一歩踏み出す。
構えは、オーソドックスなフルコン的構えであった。
両腕をたて、顔の両隣に置いている。
「!」
陸田の顔に向かって、王毅の左足が、下から飛んでくる。
王毅は、右腕と右膝を地面に当て、左足で斜め上に向かって蹴っていた。
「ちっ」
陸田は、足を左前腕でガードし、飛び下がる。
「どうやら、粋がるほどの実力はあるようだな」
王毅は、歯を見せ笑う。
「なら、あんたじゃ勝てない証拠も見せてやるよ」
王毅はそういうと、何と右足の力だけで、体を立たせた。
「どうかな?」
陸田は頭をかく。
「勝負に持ち込めないもの、見せられてもな…」
「そうかい」
王毅が構える、
体制は低く、手は開き、さながらレスラーのような立ち方だった。
「行くぜ」
王毅は、言い終わった瞬間、両手を地面につけ、地面をけり上げ、踵を陸田の顔面に撃つ。
陸田が鼻血を出し、頭が後ろに下がる。
すると王毅は、ブレイクダンサーのように身をかがめ、右踵で、陸田の右脛を叩く。
陸田が痛みに顔を歪める。
王毅は飛んで立ち上がり、陸田に向かって走っていく。
両手を陸田の後頭部に回す。
右膝蹴り。
陸田の顔は、赤く染まっていた。
陸田の全身は大きく下がり、王毅の両手が離れる。
「もうッ発!」
王毅が右拳を後ろに構え、殴りかかる。
メキッ。
嫌な音が鳴る。
しかし、鳴ったのは王毅の顔からであった。
陸田の右拳が、王毅の顔面にめり込んでいた。
赤い鮮血が、右拳と顔面の間に舞う。
そいて、左拳で追撃。
ゴッ。
再び、骨の砕ける音が鳴る。
陸田がさらに追撃しようとすると、王毅が右足を持ち上げる。
陸田の首に、ハイキックを放つ。
陸田はその衝撃で、後ろに下がった。
しかし、ダメージは薄い。
王毅は、一度大きく息を吐き、一度大きく息を吸い、もう一度大きく息を吐く。
「なるほど、カポエイラか」
陸田が首を鳴らし、王毅に言う。
「正解…」
王毅は再び、低く構える。
カポエイラ、ブラジルの奴隷たちが、抵抗の手段として身に着けた格闘技。
バレずに格闘技を身に着けるため、足技を主とし、ダンスの練習のように見せた。
カポエイラは幾つかの種類に分かれており、儀式舞踊的なアンゴーラ、格闘技的なヘジョナウ。
王毅はヘジョナウの使い手である。
「ヘジョナウか」
呟いた男、ムード・スロック。
肌は黒く、髪は黒いドレッドヘア、黒タンクトップに、紫色のハーフパンツ。
「ヘジョナウ?」
ムードの控室にいるのは、第五試合のハリッド・マヤール。
この男の肌は白く、髪は金髪、前髪とサイドを短くし、襟足を長くした髪、マレットヘア。
上裸であり、青いハーフパンツを履いている。
この二人は、二十八歳であり、五年前、時牧で初戦同士で戦い、そこから友人となった。
その戦いで勝ったのは、ムード。
「俺、ブラジル人だろ?カポエイラの生まれはブラジルだから、ちょっと知ってるんだ」
ムードは腕を組み、ハリッドに説明する。
「ヘジョナウは、主に戦いに用いられる種類。つまり、実践的ということだ」
王毅がつっかける。
王毅は側転をするかのように、両手を地面に近づける。
しかし、両手が地面に達することはなく、顔面が陸田に蹴り上げられていた。
王毅の体は、つの字のように反っていた。
陸田が踏み出す。
右拳が王毅の顔面に当たり、地面に激突する。
拳を持ち上げれると、血がビチャビチャと垂れ落ちる。
「残念」
ハリッドが、ムードに呟く。
夢坂が腕を振り上げる。
「勝負あり!」
夢坂の声が、部屋に響く。
「勝者、須磨陸田!」
陸田がリングロープに手をかけ、息をつく。
同時に、観客たちの歓声が沸く。
「レベルが高いな。十三勝ともなると」
総一郎が龍一に言う。
「十三勝…なんでそんなにやるんだろう?」
時牧では、十勝を超えると、試合をするかを選べるようになる。
「戦闘狂だろ。それか、自分の力を誇示したいか」
「確かに、戦闘狂多そうだし」
前屈で、胸を地面に当てながら言う。
「次は、ムード・スロックVS鷹田降雄か」
総一郎が、控室のテレビで、試合場を見る。
「審判は私、
黒髪で白服の男だ。
「ムード・スロック、身長百八十九センチ、体重百十二キロ。時牧戦録、十一勝無敗」
「鷹田降雄、身長百七十八センチ、体重八十二キロ。時牧戦録、十勝無敗」
髪は赤く、全て左になびいている。
目つきは鋭く、眉は跳ね上がり、全体的にスッキリとした印象である。
鷹田降雄、四肢は意外と細いが、筋肉が詰まっているのがわかる。
目立つのは、その指。
部位鍛錬だろうか、指だけが明らかに太い。
ムードを睨みつける瞳が、赤く光る。
「Hey,Hawkman.
ムードが、降雄を煽る。
「あいにく、私は飛んでも、降ってきてしまうよ」
降雄が静かに呟く。
「Sorry,KANJIに関しては、
「こちらも、英語は苦手だ」
「じゃあ、
ムードが、レスリングのように低く構える。
ムード・スロック、レスリングオリンピック金メダル保持者。
レスリングを始めたのは、十六の時だった。
叔父に天性の体を見込まれ、レスリングに誘われた。
そこから一年で、オリンピック出場経験のある叔父を超えた。
そして、さらに二年、金メダルを勝ち取った。
金メダルを勝ち取った後、表から姿を消した。
二十六の時、時牧に参戦。
二年で、十一勝を積み上げた。
降雄が指を鳴らし、構える。
しかし、構えは異様であった。
両手を下に垂らし、右足を前に、左足を後ろに、膝を曲げて体制を低くしていた。
「始め!」
王宣が手を振り上げ、開始の合図を出す。
同時に歓声が上がる。
降雄が飛びあがったのだ。
両手は顔の両隣、掴みかかるような形だ。
そして、腕を振るう。
ムードは、両腕を上にあげ、ガードをしていた。
鮮血が舞う。
ムードの両腕は、まるで引っかかれたかのように、十本の傷跡ができていた。
「シッ」
息を鋭く吐き、右足でムードの顔面を蹴り飛ばす。
ムードの背中は、リングロープにぶつかった。
降雄は地面に着地するや否や、まっすぐムードに向かって走っていった。
鍛え上げられた刃物のような両腕を、前に突き出し、相手の両脇腹を貫く技。
降雄の家系、鷹田家は、代々暗殺者として恐れられて来た。
そんな鷹田家の暗殺術は、基本素手。
その中でも特筆すべきは、指技。
暗殺術、鷹田流は、指の部位鍛錬を基本とする。
そして、その指技の中でも、上位に食い込む技、その名も、
(安心しろ、ムード。殺しはしない。手当が間に合えばな)
降雄が、素早く息を吸う。
降雄が踏み込む。
双刃のや
メキィ
降雄の両手が脇腹に触れる直前、ムードの左拳が、降雄の顔面を撃っていた。
ムードは、今までの中の五試合を、このカウンター術で終わらせていた。
表から姿を消してから、七年間、ムードは打撃技術の訓練に力を入れていた。
ムードは、砂袋、木、岩、コンクリート、鉄を打ち続けた。
結果、ムードの両拳は、鉄をも打ち砕く硬さに変貌した。
そんな拳での、顔面へのカウンター。
降雄が血を吹き、二メートルほど吹っ飛んだ。
「
ムードは先ほどとは打って変わって、ボクシングスタイルの構えになっていた。
すると、ゆっくり、足を震わせながら、降雄が立ち上がる。
「次だ…」
まだ回復はしきっていない。
しかし、降雄は戦う。
鷹田流
体を右に回転させ、右足の爪先を、ムードのあばらに向けて放った。
もちろん、降雄は足にも部位鍛錬を積んでいる。
この足が当たったのなら、ムードのあばらを貫いていただろう。
当たったなら、届いたなら。
ムードの左拳が、再び降雄を叩いていた。
降雄の右足は、空中で止まっていた。
そのままムードが近づき、右アッパーを降雄の顎に放つ。
ムードはさらに距離を詰め、左ストレートを放つ。
ムードの左手が、降雄の顔に触れる直前。
降雄の体が動く。
無意識的な動きだった。
幼いころ、親から躾けられた技たち。
鷹田流
体を脱力させ、ダメージを最小限に抑える技である。
降雄の体は、スケート選手のように曲がっていた。
鷹田流
体を曲げたまま、左足を振り上げ、ムードの顎をかちあげる。
ムードの体制が下がる。
それを見逃さず、降雄が姿勢を正し、ムードに近寄る。
鷹田流
降雄の初撃、引っ掻きと同じ手の形で、ムードの腹に爪を押し付ける。
爪がムードの腹筋に食い込む。
手を引き抜き、ムードの鼻っ柱に掌底を打ち込む。
鷹田流
そして、空いたムードの鎖骨に、手刀を打ち込む。
鷹田流
胸への中段突き、
鷹田流の技を連発している。
これこそ、降雄が幼き頃から練り上げられてきた技。
鷹田流 秘奥義
鷹田流には、三つの技の種類がある。
通常の暗殺術、
戦闘特化の技、
そして、生命の危機に陥った時、鷹田流の名を守るとき以外使用禁止とされている、
その秘流の中の一つ、秘奥義、無限狂・永獄。
永久的に鷹田流の技を打ち続ける、それだけの技である。
(秘奥義を見せてしまった。だが、悔いはない)
降雄の目には、闘志があった。
暗殺をするときの、殺しの志ではなかった。
勝つための、戦いの志だった。
降雄は打ち続けていた。
しかし、永久にはならなかった。
降雄が打ち続け、膝蹴りの
レスリングは、一瞬の呼吸で勝敗が決する。
ムードの体は、たとえ数年レスリングから離れようとも、その癖を覚えていた。
降雄の動きが止まった。
降雄の左脇に、ムードの右腕が挟まっていた。
ムードの左手が、降雄の左手首を掴む。
その技は、レスリングでも、柔道でも知られる技。
一本背負い。
降雄の背中が、叩きつけられる。
王宣が手を振り上げる。
「勝負あり!」
観客が、一気に歓声を上げる。
「やったな!ムード」
ハリッドが、ムードに近づく。
「龍一、出番だぞ」
総一郎が腕を組みながら言う。
「うしっ、行ってくる」
龍一が、リングに向かう。
「行ってらっしゃいませ、兄上」
片膝をつき、右手を胸に当てている男がいる。
名は、高野武人。
三試合、高野勇の弟である。
武人が膝をついているのは勇だ。
黒髪でウェーブがかかっており、柔道着のようなものを着ていた。
「行ってくるよ、武人」
道着を着たまま、リングに歩いていく。
「それでは、両者でそろいました」
中国の人たちの中で、唯一の女性だ。
「審判は私、
勇と龍一が睨みあう。
「霞原龍一、身長百七十九センチ、体重八十二キロ。時牧戦録、十勝無敗」
「高野勇、身長百八十一センチ、体重百九キロ。時牧戦録、十一勝無敗」
龍一が口を開く。
「その服のまま戦うの?」
「えぇ、これが一番慣れてますから」
勇が優しく微笑む。
「準備はいいですね?」
髙美が二人に、確認をする。
二人が同時に頷く。
「始め!」
髙美が手を振り上げ、同時に歓声が響く。
勇が踏み込み、龍一に詰め寄る。
そして、龍一に向かって、手を伸ばす。
その手は開いていた。
勇は掴む気だ。
しかし、龍一がしゃがんで手を避ける。
床に龍一の両掌が触れる。
勇の胸に向かって、足を放つ。
勇は避けきれず、龍一の変則蹴りを食らった。
初撃、龍一。
6話 開始 終
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