5話 トーナメント
東京 新宿区 古流武術久慈島流道場 中庭
龍一、光郎、勇気は、久慈島道場の中庭の中にある、池の前にいた。
池の中には、水草が大量にあり、鯉の餌らしきものが点々と泳いでいた。
「これは?」
「ここでは、第二訓練。身の使いと、必殺技のことについて学んでもらう」
「必殺技?」
龍一が、必殺技という単語に反応する。
「第二訓練は、この池を飛び越えること」
「池を?」
龍一が、光郎から池に視線を移す。
池の端から端までの長さは、ざっと五メートルほどである。
「自分の体を濡らさず、そこからあの岩のところまで飛びなさい」
そこ、というのは、龍一が立っているところだろう。
龍一の足は、あと十センチほどで、池を囲む石に当たるところだった。
ここから、五メートル跳べ、ということなのだろう。
「はい」
龍一がそう言うと、囲い石に右足をかけ、勢いよく跳びあがった。
「あっちゃ~」
勇気の声が、空中で聞こえた。
バシャ―ン、大きな水しぶきが上がる。
龍一の膝が、池の中に浸かっていた。
おおよそ、一メートル半跳んだところで。
「上がりなさい」
光郎がボソリという。
「ただ跳ぶだけでは、高校生にだってできる。今からやるのは、跳ぶのではなく、飛ぶこと」
「飛ぶこと…」
光郎が龍一に背を向ける。
「飛べたのなら、呼びに来なさい」
去っていく光郎に、勇気が走っていく。
「いいんですか?師範」
「何がかな」
「あれは、私にだってわからなかった修行ですよ?」
「安心しなさい。私のおかげで君が強くなれたこと、忘れてはいないだろう?」
「…はい」
そこから数時間、龍一は池に跳びこみ続けていた。
「龍一君。そろそろご飯にしよう?」
「いえ。やります」
「無理だよ。五メートル飛ぶなんて、鳥でもないんだから」
「鳥…」
龍一が勢い良く頭を上げる。
「飛ぶ…」
龍一の瞳が光る。
「ありがとうございます。勇気さん!」
そういうと、龍一の右足が囲い石にかかった。
「龍一君!」
しかし、今までのような跳びではなかった。
体を回転させながら飛んだのだ。
(すごい…今までよりも大きく飛んでいる…でも)
勇気が固唾を飲む。
(届かない…!)
池の水から、三メートルのところに龍一はいた。
端までは、残り二メートル半。
(落ちる…)
ズボッ。
龍一が空中で、右足の靴を脱いだ。
その靴を、左足で踏む。
二度、飛んだ。
地面に体を、打ち付ける。
「かっ…」
龍一が地面にあおむけに倒れ、大きく息を吸う。
「龍一君!」
勇気が龍一に駆け寄る。
「大丈夫です…」
龍一が息を整えながら、ゆっくりと立ち上がる。
「光郎さんを、呼びに行きましょう」
「靴を使いはしたが、合格」
「ありがとうございます」
和室、最初に光郎を見たところである。
光郎と勇気が隣に正座し、正面に龍一が正座をしている。
「最終訓練、組手」
光郎が言い、勇気を見る。
勇気がうなずき、立ち上がる。
それと同時に、龍一も立ち上がる。
「手加減なし、本気で行くよ、龍一君」
「はい」
勇気と龍一が、睨みあう。
「久慈島流の文言を、読ませてもらおう」
光郎が、移動しながら言う。
移動したところは、勇気から見て右に三メートルほど、龍一との目線を正面に見ているところだ。
「正々堂々、
光郎が言い終わると、大きく息を吸った。
「始め!」
老人らしからぬ、大きな声。
勇気の目つきが変わる。
「破っ!」
勇気が距離を詰め、拳を龍一の胴に向けて放つ。
縦拳であった。
ルーツは八極拳だろうか。
龍一は後ろに跳び下がる。
しかし、龍一の動きが止まる。
足だ。
勇気の足が、龍一の足を抑えていた。
「シッ」
勇気の拳が、龍一の顔に向かう。
「ふむ」
光郎がうなずく。
肘で勇気の拳をガードしていたのだ。
「っ…」
勇気が拳を抑えながら、後ろに下がる。
(勇気さん。やっぱり強い。肘でたたいても拳が壊れなかった。このまま続いても、反撃ができない…次で終わらせる)
龍一が息を吸い、構えを変える。
さっきまでは、両腕を縦に構えた、フルコン空手のような構えだったが、両腕は垂らし、脱力した状態になっていた。
勇気が困惑した瞬間、龍一が回転して飛びあがる。
勇気が上に目線を移す。
そんな勇気の顔に、左足の甲を打ち下ろす。
視点は地面のみ、受け身のことは考えず、回転しながらの攻撃に意識を傾けた技。
「回天落とし」
ボソリ、光郎が呟いた。
勇気は体制をかがめている。
今がチャンス。
龍一が踏み込む。
「それまで」
光郎の声が聞こえる。
龍一は構えを解き、勇気から離れた。
「龍一、合格だ。必殺技の回天落としまで身につけ、それを実践に持ち込んだ。素晴らしいことだ」
光郎は、勇気の方を向いた。
「お見送り、してあげなさい」
「師範は?」
勇気が見上げたまま聞く。
「私にはやることがある」
光郎はそれだけ言い、部屋を出ていく。
「じゃあ、龍一君を見送るよ」
勇気が息を整え、笑顔で立ち上がる。
トーナメント開催まで、残り一日。
「龍一、体調は?」
総一郎が聞く。
「絶好調」
シャドーボクシングをしながら、龍一が応える。
「ついに明日か」
「そうだね」
「…ずっと思ってたんだが、なんでタメ口なんだ?」
「だって上司でもないし、尊敬してるわけでもないし。友達だし」
「そうか」
総一郎が煙草を口から離し、煙を吐く。
「勝てよ」
「ん」
ついに、トーナメント当日。
総一郎が会社に行く準備をしているとき、一本の電話がかかった。
「はい?」
スマホを取り、肩と耳に挟んだまま、準備を続ける。
『総一郎様ですか?』
スマホから声が聞こえてくる。
その声は、何処かで聞いたことのある声だった。
「星さん」
『はい、星です。総一郎様に、伝えておきたいことがありまして』
「伝えたいこと?」
ここで、スマホを片手に持ち変える。
『今日の十時、そちらに伺います。龍一様、それと聖一様と一緒にお待ちください』
「はい…」
『ご質問はありますか?』
「なんで俺の電話番号知ってんすか?」
『さぁ…』
そういって、電話が切れる。
「行くか…」
スマホを横ポケットにしまい、家の扉を開ける。
「会長!」
聖一が扉の前で待っていた。
「聖一、どうかしたのか」
「迎えるぐらいいじゃないっすかー」
総一郎と聖一が、歩幅を合わせて歩く。
「ついにトーナメントか~、ここまで長かったすね」
「一年ぐらいだな」
そう話していると、会社の前についていた。
総一郎と聖一が会社に入り、上の階に向かう。
「龍一く~ん」
聖一がジムに向かって、龍一を呼ぶ。
「あれ?」
「どうした?」
総一郎が遅れてやってくる。
ジムの中には、龍一の姿はなかった。
「どこ行った?」
すると、階段の奥から、走ってくる音が聞こえてくる。
「あ、おっさん」
龍一が汗を流しながら、総一郎たちの前に立つ。
「仕上がってるな。行くぞ」
「はーい」
龍一たちが、階段を下りていく。
「来てるな」
会社の前には、黒い車があった。
高そうな車だ。
「お待ちしておりました、総一郎様」
星がお辞儀して、総一郎たちを迎える。
「では、これをつけてお乗りください」
星が、アイマスクとヘッドホンを、三人分差し出す。
何時間経ったろうか。
今何で移動しているかもわからない。
すると、誰かによってヘッドホンが外される。
「到着しました。外してください」
星だ。
「長かったな」
「えぇ」
アイマスクを外した総一郎が、周りを見渡す。
「ここは?」
「時牧礼樹が、個人的に所持する廃街です」
総一郎は、もう一度周りを見渡す。
「廃街には…見えないな」
「えぇ、時牧組の下請けが一か月に一回、大規模な掃除をしておりますから。外見は立派でしょう」
総一郎が後ろを振り返る。
龍一は、面倒くさそうに起き上がり、聖一はまだ眠っていた。
「起きろ聖一」
「…ん?」
聖一がアイマスクを外し、目を擦る。
「…ここは?」
「時牧礼樹の廃街だとよ」
その後、龍一たちは星について行き、ある建物の前に立った。
「ここって…」
龍一が呟く。
前の建物は古びており、周りの草は切られたばかりのようだが、建物には一切の手が加えらえていなかった。
「下手に触ると壊れてしまいますから、このままにしているんです」
星が説明するが、三人は建物にかかっている木製の看板に、視線が釘づけられている。
【絶神プロレス】全国的に有名なプロレス道場。
その最初の本部である。
「絶神プロレスの本部道場が、時牧のものになってたなんて…」
聖一が呟く。
「ここでトーナメントをするのか…」
龍一が辺りを見渡し、プロレス道場に入っていく。
「トーナメントは三日に分けて行います。一回戦で一日。二回戦で一日。決勝戦までで一日です」
星と話しているうちに、倉庫のような部屋の扉の前に立った。
「お入りください」
星が扉を開け、龍一たちを中へ招く。
龍一たちは、部屋に入り、周りを見渡す。
周りには、四十人近くの男たちがいた。
トーナメント参加者、および関係者たちだろう。
部屋は暗く、立方体であり、一片の長さは八メートルといったところだろう。
奥には、大きな黒いカーテンが掛けられていた。
「よぉ、龍一ィ。久しぶりじゃねぇか」
右の方から、覚えのある声が聞こえてくる。
オールバックにはなってるが、見慣れた金髪であり、ずっしりとした四肢、開け閉めされる拳。
「轟!」
龍一の七試合目の相手、轟凛太。
「俺もトーナメントに出場するからな。そこでリベンジだ!」
龍一に向かって指をさし、笑った。
「轟、ミサエルや古八木さんはいないのか?」
周りを見渡し、龍一が聞く。
「ミサエル…?あぁ、あいつはいねぇよ。古藤のやつに負けて、いま休業中だ。古八木のおっさんはあそこだ」
凛太が指をさし、龍一がその方向を見る。
そこには、前腕に注射器の針を刺して、目をつむる智がいた。
「古藤は?」
「あそこだな」
凛太が別方向に、指をさす。
黒髪で髪は長く、肩甲骨辺りまで、襟足が伸びている。
身長は百八十後半、体重は百十前半くらいだろう。
右目は髪に隠れ、左目は鋭く、尖っていた。
「あいつが…」
龍一が呟くと同時に、星と五人の人が、部屋の前に現れる。
星はいつものような、所謂チャイナ服。
五人の人たちも、皆、チャイナ服を着ていた。
一人の男は古藤のような髪、全身が長袖長ズボンの白い服で、前が十三個の白いボタンで止められていた。
一人の男は金髪のショート、こちらは全身が黒服で、半袖長ズボンであり、背中に文様が描かれていた。
一人の男はスキンヘッド、全身が黒く、四肢に竜の絵が描かれていた。
もう一人の男は、スキンヘッドの男によく似ていて、違うところは服が白いことだけであった。
最後は女性であり、黒髪のポニーテール、下半身は横が開いており、布は足首まで届いていた。
「これから、トーナメントの決定に移ります」
星が、自分の後ろにあるカーテンを引く。
すると、巨大なホワイトボードが露になった。
ホワイトボードには、三十二人制トーナメント表が書かれていた
「では、勝利数の高い方から、このクジを引いて行ってください」
星が、四角い箱を取り出す。
「では、
一人の男が歩いていく。
巨体だった。
二百二十センチ、百八十キロぐらいに見える。
刈り上げた黒髪、黒タンクトップが目立つ。
霧斗が箱に、右手を突っ込む。
数秒後、一枚の紙を引く。
その紙を星たちに見せる。
すると、一番でかい黒服のスキンヘッドが、禪院霧斗の名前を、三十一と書かれた場所に書く。
三十一、十六試合目だ。
その後、龍一が引いたのは、二十九番目だった。
龍一の場所は、第三試合、六番であった。
「すべて決まりました。ご確認ください」
第一試合
第二試合 ムード・スロックVS
第三試合
第四試合
第五試合 牧オードンVSハリッド・マヤール
第六試合
第七試合
第八試合 轟凛太VS
第九試合 古八木智VS
第十試合 ウルフVSトード・ハルク
第十一試合
第十二試合
第十三試合 鋼山響十VS
第十四試合 古藤満VS
第十五試合
第十六試合 禪院霧斗VS
「三矢王毅様、須磨陸田様、準備を」
トーナメント開始
5話 トーナメント 終
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