2話 裏格闘技

窓から、エンジン音が流れてくる。

ただ、窓を開けているわけではない。

黒い窓、外も内も見えなくなっている。

見えるのは、運転手の前のガラス、そして両隣に、サイドミラーを見るための小さな隙間が数センチ。

だが、後ろの座席と前の座席の間に、薄い壁があり、前は龍一たちからは見えない。

おそらく防弾ガラスだろうか、大手会社の会長と社長を乗せているのなら妥当だろう。

車が今、どこを走っているのかを知っているのは、総一郎のみである。

車が走り出してから、一時間は経っただろうか。

休みなし、龍一と聖一のすることは、黒いところを眺めるか、世間話をするかのみ。

二時間たっただろうか、黒い窓が下に下がっていき、強い光が、正確には目に慣れていない光が、車の座席に当たってくる。

「開けていいぞ」

前の壁を通して、総一郎の声が聞こえてくる。

龍一と聖一は、自分側の扉を同時にあけ、慣れない光に目をつぶる。

「ここが…」

龍一と聖一が先に見た後、総一郎が出て来て、前の建物を見て驚く。

「ここで、いつもやってるのか…?」

総一郎たちの前にあったのは、廃れたビルであった。

外にはツタが絡み、所々にひびが入っており、今にも瓦礫の山になりそうである。

「こんなところで殴り合ってるのか?」

総一郎が、廃ビルに歩みを寄せる。

「お待ちしておりました。桐野総一郎様御一行ですね?」

廃ビルの入り口から、人が出てくる。

「私、案内人の星劉シンリュウと申します」

星 劉シン リュウ

星の身長は、百五十かそこら。

体重も、六十以上とは思えない。

そんな体格が、余計に怪しさを増す。

龍一が警戒して、左足に力を込める。

「龍一さん。そんなに身構えないでください。私は本当に、ただ案内するだけですよ」

「…」

龍一が無言で睨むが、聖一が肘で突き、聖一の表情を確認してから、ようやく楽にする。

「では、案内人は案内させて頂きます」

星が振り返り、廃ビルの中に歩いていく。

それに続き、総一郎たちもついていく。

「まぁ、案内といっても、教えることなど、あまりありませんが」

星が一直線に歩いていく。

「なぜ俺たちのことを知ってたんだ?」

総一郎が問いかけ、星は振り返りもせず答える。

「ある人から、連絡が来ましたので」

総一郎は察しがついた。

星が、階段に足を踏み込む。

だが、踏み込んだ階段は、上りの階段ではなく、下りの階段であった。

「下り?」

「えぇ、下りです。闘技場は、地下にあります」

星が階段を下りていき、五十段目に差し掛かったころ。

「着きました。ここが、時牧です」

総一郎に続き、龍一、聖一の順で降りてくる。

「ぶちかませぇー!白山ー!」

「デブなんてなんでもねぇよなぁ!ミック!」

プロレスリングのような闘技場を囲み、大の大人たちが怒声を飛ばしている。

「これは…」

聖一が漏らした言葉、観客たちの怒声に向けてだろうか。

「あれは…」

総一郎が漏らした言葉、それはリング場に向けられていた。

ライトヘヴィ級 ミック・ドリルバ

「ミック・ドリルバ。ボクシング、十一勝二敗。時牧戦録、三勝無敗」

星が喋りだす。

大関 白山ハクザン

「白山。相撲戦績、百二勝八十七敗。時牧戦録、五勝一敗」

「今日の試合は、あの二人です。そこそこベテランですよ」

総一郎が疑問を抱き、星に問う。

「六戦でベテラン?」

「えぇ。そうです。なんたって時牧は、一年に一回しか試合ができないほど、体を壊しますから」

星が総一郎を見上げる。

「一年に一回?」

総一郎が、星からリング場へと、目線を移す。

「ルールは素手。武器と殺しは禁止。いいですね?」

リング場の真ん中で、ミックと白山の間に挟まっている。

気だるそうにしているし、寝癖もたっているが、おそらく審判であろう。

「「あぁ」」

ミックと白山が同時に返事をし、二人の間に手を出す。

「では、はじめっ!」

審判は手を振り上げ、開始の宣言をするとともに、上げた勢いでそのまま、リングのロープに、両肘をかけ、二人を見守っている。

「どすこいっ!」

白山が声を上げ、ミックにつっかかていく。

パァン、肉が打ち付けられる音が聞こえる。

しかし、それは、ミックから出た音ではなかった。

蹴っていた。

ボクシングをやってきた、プロボクサーが、右足の甲を、白山の左頬に叩きつけていたのだ。

「蹴った!?」

総一郎が声を上げて驚くが、リングの周りの観客たちを見てみると、驚いた様子はなく、盛り上がりの最中であった。

(普通なのか…。時牧ここでは…)

総一郎がつばを飲み込む。

「おぉ!」

白山が叫びながら、ミックの腹に拳を打ち込む。

「ッ…」

ミックは、右腕で腹を押さえながら、リング端に行くも、白山が走ってきて、今度は顔面を殴ってくる。

「うっ…」

ミックは口内を切ったのか、口から血が噴き出てくる。

「ああぁぁ!」

白山はミックを滅多打ちにし、最後に、お返しと言わんばかりに蹴りを入れた。

「がはっ」

ミックが再び、血を吐き出す。

あれは口内を切ったなどではなく、胃が逆流して血を吹きだしているのだろう。

白山は、白目をむいてうな垂れているミックに、まだ殴りかかろうとしている。

「はーい。白山さんストーップ。勝負あり」

審判が、白山の体をつかみ取り、勝負を制止する。

「勝者は白山さんです」

審判が白山の片腕を掴み、高く掲げた瞬間、雄たけびが上がる。

「はくざーん!」

「六勝目ぇー!」

観客が雄たけびを上げると同時に、白山コールが流れ出す。

「はっくざん!はっくざん!」

龍一たちは、それを一部始終見ていたが、全員から出る感想は一致していた。

本気度が違う、と。

「どうでしたか?ミック・ドリルバVS白山」

星が、三人に感想を求める。

しかし、初めての光景に、三人は言葉を選別していた。

「蹴るんだな…」

総一郎が先に喋りだした。

「えぇ、もちろん。禁止は武器と殺しだけですから」

星は振り返り、再びリング場を向く。

「金的や目突きが出なかっただけ、まだましでしょう」

星はこなれたように言い、視線を三人に戻す。

「これが、裏格闘…」

龍一が呟く。

その声はどこか震えていた。

恐怖ではなかった、いわゆる武者震いであった。

「時牧でファイトマネーは出ません」

星が喋りだす。

「時牧は、金殺の前座ですから」

星はにやりと笑い、腕を星の後ろに差し出す。

「どうぞこちらへ。時牧の入会申請です」

星がさした先には、廃れて小さい明りでともしてあるだけの、申請所らしきものがあった。

「さぁ、お入りになりますか?それとも、見る専門になりますか?見学料は月一万となっております」

星が小さな台に乗り、総一郎たちと目線を合わせる。

「そういうシステムなんだ…」

聖一がボソッと言う。

「入るのに金はかからないのか?」

総一郎が、星に顔を近づけて言う。

「ありませんよ。それは、金殺に入ったら、取らせていただきます。」

「へぇ…。じゃあ聞かせてもらおうか。金殺の入り方」

総一郎の言葉に、星はうなずく。

「まず、時牧で、十勝以上の経験を取ってもらいます」

総一郎が、星の目の前に手を出し、話を遮る。

「ちょっとまて。十勝だと?何年かかるんだ」

ご最もである。

先ほど、星は一年に一試合といった。

つまり、最低でも十年はかかることになってしまう。

「大丈夫です。一年に一試合という決まりはありません。通常の試合間隔が、それぐらいだというだけです。」

星は、落ち着いて説明を続ける。

「それに、十試合に十年かかるような人は、金殺で勝てませんから」

その星の言葉に、三人は何も言えなかった。

「では、説明を。十勝したあと、金殺加入のためのトーナメントが開始いたします。それで四位までに入れば、金殺に加入いただけます」

「トーナメント…」

龍一が嬉しそうに呟く。

「ちなみに、三十二人集まった瞬間、トーナメントが始まりますが、残りの席はあと八人です」

「八人か…」

総一郎が、龍一の方を向き、龍一がうなずく。

「時牧に入る」


三日後。

「あれから、時牧から連絡は?」

「来てないですね」

総一郎と聖一が、話し合っている。

「どうも。試合予定が組まれました」

星がいきなり、二人の前に現れた。

「いつの間に…」

聖一が呟くが、星は気づいていない。

「一週間後。あの試合場で」

星は去っていく。


一週間後

「着いたぞ」

龍一が、車のドアを開ける。

「コンディションは?」

総一郎が、煙草を咥えながら、龍一に聞く。

「上々」

龍一が首を鳴らし、ビルに進んで行く。

「お待ちしておりました。龍一様」

星が、入口で迎える。

「おおおぉぉ!」

観客の歓声が、下から聞こえてくる。

「今日の試合は、あの人です」

星が指した先のリングには、巨体の男が立っていた。

隆々とした筋肉、丸く刈られた髪、釣り上がった眉、百九十ほどの身長があった。

島田浩二シマダコウジ

「島田浩二。時牧戦録、四勝無敗です」

「ふぅん」

龍一が、浩二の体を観察する。

「行ってきます」

龍一は、リングのロープを掴み、飛んでリング場に上がる。

「お前が、今日の対戦相手か」

浩二が、龍一を上から睨みつける。

「こんなガキだったとはな…。戦れるのか?」

「もちろん」

見上げながら微笑む。

「離れて!」

白いシャツを着た男が、浩二と龍一の間に、割って入ってくる。

審判のようだが、昨日の男とは違い、真面目そうな雰囲気だ。

「禁止行為は、武器と故意による殺害!正々堂々と、戦ってくれ」

浩二と龍一が、リングの両端に下がっていく。

審判が二人の顔を、交互に覗き、手を前に出す。

「始めぇ!」

試合の開始と同時に、龍一が高くジャンプする。

浩二が、驚いている隙に、顔に向かって、真っすぐ蹴る。

浩二がガードしようと、腕を動かすが、間に合わずに、蹴りが当たってしまう。

「うっ」

浩二の鼻から、赤い血が飛び出し、龍一に飛んできた。

そのまま、後ろに倒れるかと思われた浩二だが、意地か根性か、足を地面に打ち付け、何とか倒れずに持ち堪える。

浩二は目をとがらせ、龍一を睨みながら、鼻の血を拭い落とした。

「ぬぅ!」

歯を噛み締め、眉間にしわを寄せ、眉を尖らせている。

確実に、誰が見てもわかるほど、浩二は怒っていた。

当たり前であった。

自分より、二十は小さい子供ガキに、初撃を食らっただけではなく、効かされたところを、大勢の人前で見せられたのだから。

しかし、怒り故、冷静さを欠いたことが、後に最大の仇となり、恥となることを知らなかった。

浩二が左腕を振り上げ、龍一目掛けて振り下ろそうとするが、龍一は避ける様子もなく、待っているような立ち方をしていた。

やはり、そのまま左腕を打ち下ろしてきた。

避けない、龍一は避けない。

避けはしなかったが、左足を、地面から浮かせるという行為は行っていた。

速かった。

浩二の左腕が、頭蓋に当たる直前、左足によるハイキックが、顔面の右側を貫いたのだ。

浩二は、さっきまでの、怒りに任せた生き生きとした様子はなく、白目をむき、口からは少量の唾が垂れ、動かなくなっていた。

そしてそのまま、龍一は左に体を回転させ、今度は右足で、浩二の左頬を蹴ったのだ。

浩二がそのまま、リングの地面にぶっ倒れたのを確認し、審判が腕を振り上げた。

「勝負あり!」

どっ、と歓声が沸く。

「すげぇ!十秒程度で終わらせちまった!」

歓声を上げる観客たちは、リング場に群がっていく。

しかし、一部のものは、一歩もリングに近寄らず、一人また一人と、外へ出て行った。


「龍一。よくやった」

数十分が経った頃、観客たちの熱もさすがに冷め、リング場の周りは、人が少なくなっていた。

観客たちが離れた後に、ようやく総一郎たちが近づけたのだ。

「まず一勝!さらに、無傷で突破ですからね!」

聖一が興奮して、総一郎に語り掛ける。

「あぁ。このままいけば、数か月程度でトーナメントに出れる」

龍一の肩に、総一郎の手が乗っかる。

「あと九勝。やるぞ!」


三ヶ月後

霞原龍一 時牧戦録 七勝無敗

二試合目、三代、五十二秒、踵落とし。

三試合目、鎌田、一分三秒、上段回し蹴り。

四試合目、倉木、三十二秒、右ストレート。

五試合目、林、二分四十七秒、降参。

六試合目、竹山、一分三十二秒、シャイニングウィザード。

七試合目、ジョン、二十四秒、肘落とし。

連勝に次ぐ連勝、何と全てにおいて重症なし。

新星、霞原龍一の誕生である。


「八試合目は明日だ。準備は?」

深夜零時、ストレッチ中の龍一に、総一郎が問う。

「大丈夫ですよ。気分上々」

体を前に倒し、胸がぴったりと地面にくっついている。

「次の対戦相手は、時牧戦録九勝無敗だ。勝てるか?」

総一郎の質問に、龍一は鼻を鳴らす。

「勝てないとでも?」

「いや?」


試合当日、龍一は階段を下りている最中であった。

(…歓声?)

龍一の耳には、いつものように、聞きなれた歓声が上がっていた。

だが、まだ試合は始まってない。

対戦相手は、そんなに有名なのか。

そんな考えは、すぐに払拭された。

龍一がおりてきて、一番最初に目に入ったもの、それは、地面に散らばっている紙だった。

しかし、紙をよく見ると、潰れたように何枚も重なっていた。

二個目に目に入ったもの、それはリングだった。

正確に言うと、リングの上にいる対戦相手であった。

対戦相手は、厚い雑誌を、ビリビリに引き裂いていた。

軽々しく、素早く、真っ二つに引き裂いていたのだ。

「しゃあ!もっと厚いものもってこい!」

黒髪の身長は百八十で、島田程ではないにしろ、筋肉の鎧をまとっていた。

時牧戦録、九勝無敗。

轟凛太トドロキリンタ


2話 裏格闘技 終 

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