龍道
栄光の平橋
時牧編
1話 霞原龍一
東京 某所
「藤木組?えぇ、知ってますよ。関わりは持ちたくないけどね」
「昔、いざこざがあったんですよ。昔ヤンチャしていた頃、組長の子を襲っちゃって」
「俺は怖いもの知らずと思ってたけど、あの時に初めて、本当の死の恐怖ってのを味わったね」
和正は、目の前のカップにコーヒーを淹れ、ゆっくりと口元に近づける。
「っと…、危ない。普通に飲むとこだった。え?あぁ、飲めないんですよ。実は、藤木組組長の藤木辰正からね、制裁として貰っちゃたんだよ。ほら」
和正が口を大きく開け、垂れてくる下には、蛇のような大きな切り傷があった。
「普通に熱いのを飲むと、沁みちまってね。まぁ、これはヤンキーなんかに見せると、ビビって逃げてくんですよね」
和正は、コーヒーを置きながら笑う
「それで、藤木組がどうかしたんですか?ほう、藤木組の運営する格闘技団体…?いやぁすいません。知りませんね。でも何でそんなこと、藤木組には関わらないほうがいいですって」
和正が手を振り、藤木組のことに関してのことを止めようとする。
「確かに私には関係ないですけど、あぁちょっと!あんた!」
和正が椅子から立ち上がった時、テーブルに名刺を置かれた。
桐野運用
桐野総一郎。赤髪でサングラスを掛けていて、一見ヤンキーに見えなくもないが、二十二の時、親の力を借り桐野運用を立ち上げ、二十年たった今では、大手にのし上がり、会長として桐野運用を動かしている。
「あれ?横綱じゃね?」
街中で一人の高校生が、一人の男を指さして、声を上げる。
指の先には、巨漢でありながらも、服から飛び出た四肢からは、肥満と感じさせないような、筋肉が盛り込まれていた。
「ホントだ!横綱じゃん!」
周りの高校生グループが、巨体の男に群がる。
(横綱…。)
総一郎が、胸ポケットから煙草を取り出す。
それと一緒に、メモ帳のようなものを取り出す。
メモ帳には、三人の名前がペンで書かれていた。
ボクシングヘビー級 ジェイトル・ハリンソン 柔道オリンピック銀メダル
横綱
高校生が去ったあと、一人になった横綱に総一郎が近寄る。
「横綱富士宮。ちょっといいかな?」
横綱は辺りを見渡した。
総一郎と富士宮は、近くのカフェに移動し、丸いテーブル席に座った。
「一応聞いておこう。この三人に当てはまるものは、わかるかな?」
富士宮の前に、メモ帳を差し出し、メモ帳を富士宮が手に取る。
「…なるほど。藤木組のことについて、ですね」
富士宮は、注文したコーヒーを飲み干し、席を立ちあがる。
「場所を移しましょう」
「藤木組が運営する、あれのことですよね」
夕日が当たる公園、夕日方公園のベンチに座り、富士宮が話始める。
「金殺…と、俺たちは呼んでいます」
「俺たちは?」
総一郎が煙草を咥え、ライターを取り出す。
「正式名称はありません。辰正の組長が気分で開くもんなんで」
「それで、あんたは金殺に何か目的があるんですか?」
富士宮が総一郎の顔に視線を向け、答えを無言で待つ。
「別に…」
「それで、金殺の出場って、どうすればいいんだ?」
総一郎は、富士宮に目線を配り、唐突に問う。
「辰正の組長に見込んでもらうしかないです」
「見込んでもらうには、どうすればいいんだ?」
総一郎は煙を吐きながら、富士宮に聞き返す。
「裏に関係してもいい表の格闘技者。そして、藤木組の傘下、時牧組が経営する時牧っていう格闘技で上り詰めるかの二択です」
「時牧はどうやってでるんだ?」
「ここに行ってください」
そう言い、富士宮は紙を総一郎に差し出す。
「じゃあ俺はこれで失礼します」
富士宮はベンチから立ち上がり、バッグを肩にかけ、総一郎に会釈をして公園を出ていく。
富士宮が公園を出て行ったあと、ポケットからスマホを取り出し、電話をかける。
「田村。情報がつかめた」
『まじっすか?さすが会長!やる~』
電話から、陽気な声が聞こえてくる。
「今から会社に戻るからな、用意しておけよ。田村社長」
笑いながら電話を切り、スマホをポケットにしまう。
煙草の煙が、学校の壁に当たる。
「てめぇ、誰にやられた?どこのセンパイだ?」
東京都立 朝陽男子高校 三年
髪は金のオールバック。
いかにもという感じの不良である。
「い、いや、あの…」
同高校 二年
「言っちまえよ。隠してたって良いことねぇぞぉ」
同高校 三年
尾尻が頬のあざを手で抑え、健一が肩に手を回す。
「別の区の…中坊です…」
健一は大げさに口を押さえ、押し込んだように笑い始める。
「おいおい、中坊にやられたのかぁ?マジで言ってんの?はぁ~」
肩で息をしながら、眼鏡こと両目を抑える。
「…郎助よぉ。ちと気が抜けてんじゃねぇのか?あ?」
郎助の顔が、羽斗の煙で薄く隠れていく。
「鍛えてやる。歯ァ食いしばれ」
郎助の腹に強い衝撃が走り、羽斗の制服の袖に唾がかかる。
「かたしておけ」
羽斗が制服を脱ぎ捨て、健一の腕にかける。
健一が裏返った制服を直し、腹を抱えた郎助に向き直る。
「郎助くぅん。誰にやられたのぉ?」
「西中の…霞原ってやつです…」
「へぇ、カスミハラ。珍しそうな苗字だねぇ」
健一が立ち上がり、首を鳴らして、羽斗に近寄る。
「西中のカスミハラってやつみてぇっすよ」
「西中…。聞いたことあるな。喧嘩が強ぇ奴がいるって」
羽斗が、吸っていた煙草を握りつぶし、校門を出ながら言う。
「郎助は三軍行きとして、俺らに喧嘩売った事、無事に帰すわけにはいかんな」
東京都 西中学校
「タツ!ラーメンいこうぜ!」
西中 二年
髪と目は、吸い込まれそうな黒に包まれている。
「ん?龍一は一緒にいないのか?」
西中 二年
地毛の茶髪パーマが目立つ。
「龍一?トイレだってよ」
幸太郎と武美が、歩幅を合わせて歩いている前に、白い壁のようなものが現れる。
その白い壁は、羽斗の巨体であった。
羽斗は二人を見下ろし、煙草の煙を吐きながら口を開く。
「霞原龍一ってやつ、知ってるかい?」
「りゅ、龍一?」
幸太郎と武美が目を合わせ、校舎の方を向く。
「どこにいるかぁ、教えてもらってもいいかなぁ?」
健一が目を光らせ、幸太郎と武美に目を配る。
トイレの水が流れ、男子トイレの扉から男がでてくる。
西中 二年
黒い髪とは反し、目は白みがかった茶色である。
身長は多く見積もって百八十、体重は多く見積って九十か。
「君ぃ、ちょっと良いかなぁ?」
トイレから出てきた龍一を、健一が見下ろす。
「オジリロウスケってやつ知ってるよねぇ?」
健一が膝を曲げて屈み、眼鏡の奥から龍一の目をにらむ。
「…なるほどね、復讐ってわけだ」
龍一が言い終わった瞬間、健一の後ろにいた羽斗が、鼻で笑う。
「復讐?違うな。俺らの高校に手ぇ出したのがダメなんだよ。」
羽斗が一歩進み、龍一を高くから見下ろす。
「始めようぜ」
羽斗の巨大な鉄拳が、龍一の腹へ飛んでいく。
「⁉」
羽斗が龍一の顔を睨むが、視線は上を向いていた。
龍一がしたことは、羽斗の拳が飛んできた瞬間、拳の甲に左手を乗せ、左手だけで逆立ちをする。
それだけであった。
「ちっ…!」
羽斗は腕を振り、龍一を腕から振るい落とす。
龍一のつま先が地面につくやいなや、羽斗の拳が龍一の顔面に飛んでくる。
「っと…」
龍一が一歩下がって、羽斗のパンチを躱し、同時に羽斗の右膝を、逆の方向に蹴る。
「くッ…」
羽斗が苦痛に顔を歪め、前のめりになる。
そんな羽斗のあごに、龍一の右膝が飛んでくる。
ごちゃっ、と嫌な音が鳴る。
「ッ…」
羽斗の体が仰け反る。
だが、羽斗の体は、途中で停止した。
「がぁっ!」
羽斗の体が前進し、龍一の顔面に向けて、頭を振り下ろす。
頭突きだ。
頭突きは本来、前頭部を、弱点が人体の中で一番多いとされる、相手の顔面に振り下ろす技である。
もちろん、羽斗も龍一の顔面を狙っていた。
羽斗の頭突きが当たるであろうまでの秒数は、約零・五秒。
事は、その間に起きた。
当時十七歳、三木健一が見たこと。
「俺の得意な喧嘩法ってさぁ、武器術なのよ。バットとかね」
「素手の専門は羽斗兄なんすよ。だから身体能力に関しては学校一だったすね。羽斗兄に勝てるやつはいないと思って生きてきたんすよ」
「説明?いいっすよ。羽斗兄が頭突きした瞬間、龍一の足が浮かび上がったんすよ」
「蹴り上げたんです。まるで体操選手のように。頭突きした羽斗兄の顎を、膝を伸ばし切って、蹴り上げたんすよ」
「その後?いやぁ…。羽斗兄は失神すよ。俺?ヤンキーっすからね。むかいましたよ。殴りかかってね」
「結果は予想通り。左ジャブ一閃。顎にシャッって」
「俺はその後ヤンキー辞めたっすね。あんな負け方して虚勢はれねぇっすよ。羽斗兄?まだどっかで暴れてますよ。羽斗兄らしく」
「あっ、龍一」
幸太郎が、本校舎から出てきた龍一を指さす。
「龍一、なんかでかい高校生がお前探してたけど…」
武美が龍一に話しかける。
「いや、なんでもなかったよ」
桐野運用本社
自動ドアが、総一郎の体に反応し開く。
「会長おかえり~」
桐野運用本社社長
社長とは思えない金髪、青い目、だが日本人である。
「あいつは?」
総一郎が聖一に問う。
「いつもと同じくジムですよ」
「調子は?」
「絶好調ですね~」
「情報がつかめた。明日出発だ」
「それにしても、藤木組の奴に何で出場するんですか?」
「…あいつと一緒に聞かせてやる」
総一郎と聖一が話している間に、会社設備のジムにつく。
「龍一!」
総一郎が、ジムの中に呼びかける。
中では、サンドバックに拳を打ち付けている、龍一(十七)の姿があった。
「会長。あと三分です」
運動の残り時間の話のようだ。
三分後
「あっおじさん」
龍一が総一郎に気づく。
「情報がつかめた。明日からだ」
「はい」
龍一の返事を聞き、近くのベンチプレスの台に腰を掛ける。
「まず田村が知らないことから話すぞ」
総一郎が煙草を取り出し、火をつける。
龍一は、ジムに煙草の匂いがつくのが嫌なのか、顔をしかめるが、総一郎は気づかずに、煙を吐く。
「龍一も、藤木組のことを追っている。」
三年前、龍一が羽斗を倒して数か月。
母の兄が、藤木組からの借金を抱えたまま、病死してしまったせいで、龍一の両親には、二か月で二倍ほど増える超絶暴利の借金を抱えてしまった。
そして、藤木組が両親に保険金を掛けさせ、事故にあわせて、借金を払わせたという。
龍一は独り身となり、親の会社の上司の友達、桐野総一郎に拾われた。
「そんな事が…」
「あぁ。そして、ここからが龍一も知らない、俺が藤木組を追っている理由」
「俺が若かったころ、藤木組の奴ら数人に、リンチされたことがあってな。その中の誰かはわからんが、藤木辰正と呼ばれていた。現組長だ」
龍一が口を開く。
「それで、情報ってのは?」
「まぁそう焦るな。ここで時牧礼樹ってのが運営している格闘技団体、時牧に入り込み、勝つ」
総一郎が、ギュッと拳を握り締める。
「時牧…自己主張激しいっすね…。でも、なんで、藤木組に行こうとするんですか?」
聖一が総一郎に問う。
「藤木組の格闘技で上り詰め、藤木辰正と会う。とりあえずはそれが目標だ」
総一郎が煙を吐きながら言う。
「もちろん俺が俺とばれないように、髪は染めて、顔も極力隠す。お前はどうする?」
総一郎が、聖一に問いかける。
「俺は、会長についていきますよ」
「そうか」
総一郎は笑い、ベンチプレス台から立ち上がり、煙草の火を消す。
「各々、準備しとけよ」
次の日。
「数は極力少なく、今日行うのは、時牧礼樹との接触だ。それ以上のことはするな」
「はい!」
聖一が、大きく返事をする。
「よし。じゃあ、車を手配した。乗れ」
総一郎、聖一、龍一が車に乗り、総一郎は運転席に座る。
「行くぞ」
1話 霞原龍一 終
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