第11話 再び実家へ
――土曜日。
昨日の里見さんの言葉を聞いて、僕は決心した。
『それで本当に辞めるかしら? 私なら仕事を続ける理由がなくならない限り辞めないと思う』
友哉が仕事を続ける理由は、母親への仕送りだろう。
では、その母親は友哉の現状を知っているのか?
……いや、あの性格なら、きっと話していない。
――時間がない。
Xデーの九月十六日まで、今日が九月十四日だから、今日を入れてあと二日しかない――
また、友哉の母親のところへ行くことにした。
何としても友哉を助けたい。
出来ることはなんでもやりたい。
今日は車を出すことにした。その方が身動きしやすい。
今日は、友哉と里見さんがバスケを観に行く日だ。
友哉の仕事が早く終わるといいが――。
途中手土産を買って、友哉の実家へ向かった。
もし、おばさんがいなかったら車で待とう。
(ピンポーン)
インターホンの呼び鈴を鳴らした。
しばらく待つと、
「はーい。どなた?」
と年配の女性の声がした。
「友哉くんの白桜高校の同級生、鈴木聡といいます」
しばらく間があってから、返事があった。
「今開けますね」
ガチャ、と鍵の空いた音がして、ドアが開いた。
この前見た友哉の母親だ。
前回の時より顔色がいい。
「友哉はここにはいないけど……? どんな用事かしら」
少し
「友哉くんの仕事のことで話がありまして……」
「立ち話もなんだし、どうぞ上がって下さい」
笑顔で招き入れられる。
足元で『ニャー』と、鳴き声がしたのは、斑色の猫。名前は確か――ポチ。友哉の命名だ。
「ポチー」
僕が顎を掻くと、気持ち良さそうに喉を鳴らした。
リビングに通され、椅子に腰を下ろす。棚にはバスケのトロフィーや盾、大きな写真。輝いていた頃の友哉がそこにあった。
やがておばさんが、お茶とお菓子を運んできた。
「お構いなく」
「大したものじゃないですよ」
僕は切り出した。
「友哉くんの職場が、酷いらしいんです。ご存知ですか?」
「えっ?なんも聞いてないわ。最近、昇進した話はしてたわ」
やっぱり、そうだと思った。
「どう酷いの? 詳しく教えてもらえませんか」
身を乗り出す母親に、僕は友哉から聞いた話をそのまま伝えた。
しばらく沈黙。おばさんは台拭きを強く握りしめていた。
「きっと、私が不甲斐ないからだわ……」
彼女は友哉が大学を卒業した頃、病気を患って働けなくなってしまったのだという。
「僕、友哉が転職するなら、全力で手伝います!
でも……きっと彼は、ぎりぎりまで会社を辞めないと思います。おばさんから説得してもらえませんか」
「できるなら私もそうしたいけど、あの子、簡単に言うことを聞く子じゃないのよ」
「それは僕も分かっています。でも、僕よりおばさんの言葉の方が届くはずです」
そう言って、ふと思い出した。連絡先を交換しておこうと。
「何かあった時のために、電話番号を教えていただけますか」
おばさんはメモに番号と住所を書き、僕も自分のを書いて渡した。
「聡くんのことは、友哉から時々聞いていましたよ。仲のいい友達だって」
その言葉に、初めてここを訪れた時の光景が脳裏に浮かび、胸の奥に痛みが走った。
「では、よろしくお願いします」
深々と頭を下げると、母親も同じように頭を下げてくれた。
帰り際、梨をもらった。
「ありがとうね」
手を振って見送ってくれる姿に、胸が少し熱くなった。
◇
――夕方。
バスケ試合会場の最寄駅で、友哉と優香は待ち合わせをしていた。
先に着いた優香が辺りを見渡すと、遠くからでもわかるぐらいの大きな体格の友哉が歩いてくるのが見える。思わず笑みがこぼれた。
友哉も優香を見つけて手を振った。
「待った?」
「ううん」
会場へ近づくにつれ人混みが増し、友哉は自然に優香の手を握った。優香は前を歩く彼の横顔を見つめる。
入り口でチケットを提示する時、優香はそっと手を離した。
「もう入れるって」
少しごまかすように笑う。
「優香ちゃん、何か食べた?」
「軽くね」
「俺はまだなんだ。ちょっと買ってくるから、ここで待ってて」
やがて戻ってきた友哉の手には、大量のフードとドリンク。
「めっちゃある……」
思わず笑う優香に、友哉は「席でゆっくり食べよう」と返す。
途中、友哉が知り合いに声をかけられた。
「よう、久しぶり」
「お、珍しいな。今日は誰と……?」
相手はちらりと優香を見て、にやりと笑う。
「彼女?」
「違うよ。そうだといいんだけどな」
軽口を交わして別れ、戻ってきた友哉が説明した。
「あいつは一個下の後輩。今はスタッフで働いてるけど、俺と同じくバスケは辞めてる」
「やっぱり、知り合い多いんですね」
優香が微笑み、友哉も照れくさそうに笑った。
席に着くと、友哉はあっという間に食べ物を平らげた。優香は感心しながら見つめる。
「あ、始まった」
華麗なパス、ダンクシュート、スリーポイント。間近で見る迫力に、二人は夢中で観戦した。
「優香ちゃんは、どっち応援してるの?」
「わたしはアルファかな。友哉さんは?」
「俺はツアーズ。遠藤が好きなんだ」
「友哉さんって、ポジションどこだったの?」
「パワーフォワード」
「なるほどね」
優香は納得したようにうなずいた。
試合が終わり、会場の外へ。
「あー、面白かった」
満足げに伸びをする優香に、友哉は微笑んだ。
「俺も」
そして言う。
「帰り送ろうか? 夜も遅いし。うちに寄ってくれれば、車で送るよ」
「大丈夫。ありがとう」
優香は笑顔で断る。
「でも心配だな」
友哉は真剣な眼差しで彼女を見つめ、肩を抱き寄せた。
「心配なんだよ」
優香は俯き、しばらく沈黙したあと――
「ごめんなさい。一人で帰ります!」
友哉を突き放し、そのまま走り去った。
立ち尽くす友哉。
その背中には、重たい罪悪感が張り付いていた。
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