第7話 告白

 次の日の朝。歯を磨きながらスマホを手に取ると、友哉からラインが届いていた。

 『しばらく、ほっといてくれ』

 ただ、それだけの短い返事だった。


 僕はしばらく固まってしまった。

 (これ以上、説得しようとしても逆効果かもしれない……)

 そう思い直し、作戦を練り直すことにした。

 

「まだ、一週間はある」

 無意識に声に出していた。


 ――友哉の母に打ち明けて、話を聞いてもらおうか。母親の言葉なら、友哉も耳を傾けるかもしれない。


 昨日の様子からして、僕が会社に掛け合っても、ただ迷惑がられるだけだろう。

 今日は仕事をしながら策を考えることにした。昨日よりは少し気持ちが落ち着いている。


 (過去に戻ったってことは、世の中の出来事も同じ流れになるんだろうか……)

 そんなことを考える余裕も出てきた。


 昼休み、近くの食堂でテレビのニュースが流れていた。台風被害の惨状を伝える中継が映っている。

 日替わりランチを注文し、料理が来るまで日付を整理してみる。


 友哉と飲みに行ったのが九月六日。

 亡くなったのが九月十六日。

 母親から自殺の話を聞いたのが十月五日。

 そして今日は九月九日。


 ――あと七日。


「週末まで待てないな。明日、有給を取って友哉の母親に会いに行こう」


 電話番号は聞いていたが覚えてはいない。スマホも過去に戻っている。

 けれど、昨日のように母親の話題を出すと友哉は怒り出した。僕が母親に直接会いに行くのも、逆効果にならないだろうか――。


 考えがまとまらず、思わず頭をかきむしった。

 誰かに相談しようにも、タイムスリップの話なんて信じてもらえるはずがない。

 僕は、自分の力の弱さに無力感を覚えていた。


 仕事を終えたあと、直接友哉の家を訪ねることにした。

 『しばらく、ほっといてくれ』

 そう言われても、放っておけるわけがない。大事な友達なのだから。


 コンコン、と玄関を叩く。

 八時なら帰っていると思ったが反応はなかった。

 (まだ帰ってないのかな)

 しばらく待ったが出てこない。今日は諦めて帰ろうか――そう思った瞬間、記憶がよぎった。

   

 昔、僕が職員室に呼び出されたとき、夕方まで昇降口で待ってくれていた友哉の姿。


「……帰るまで待つか」


 玄関前で体育座りをして待つことにした。


 うとうとしかけた時、声が降ってきた。

「聡、ここで何してんのよ」

 見上げると、白いビニール袋を下げた作業着姿の友哉が立っていた。


「ああ、おかえり」

 僕は尻を払いながら立ち上がった。


「ほっといてくれって言ったじゃん」

 そう言って鍵を開け、部屋に入る友哉。その後ろから僕も部屋に入った。


「なんも飲むもん、食うもんないぞ」

 友哉はコンビニ弁当を温めていた。

「いらないよ」

 僕は空いているスペースに腰を下ろした。


「はぁ、疲れた」

 プシュッと缶ビールを開け、友哉は美味しそうに喉を鳴らした。

「エサ買ってきたわ」

 シーチキンの缶詰を僕に渡す。

「猫じゃねえよ」

 二人で笑った。


 ――なぜか、この瞬間、今までのことを全部友哉に話したくなった。


「友哉」

「あんだよ」

「僕が……未来から来たって言ったら、信じる?」


 弁当を食べていた友哉が少し吹き出した。

「それ、小説のネタか何か?」

 お茶を開けながら半笑いする。


「いや、ほんとなんだ」

 僕は時間をかけて、すべてを打ち明けた。


 ――しかし、友哉は黙ったまま着替え、風呂場に行ってしまった。


 部屋を見回すと、チェストの上にバスケチームの集合写真があった。勝利のあとだろう、友哉は嬉しそうに笑っている。


 五分も経たずに風呂場から出てきた友哉が、おどけて言う。

「おおぅ! なんでお前がここに!?」

 タオルで髪を拭きながら、いつも通り明るい。


 ドライヤーをかけながら振り向く。

「お前、何時までいるんだよ。明日も仕事だろ」

「まだ大丈夫」

 僕がそう言った瞬間――。


 グゥゥ……腹の虫が鳴いた。

「お前、何か食ったのか?」

「食ってない」

「はよ言えや。パスタあるから食うか?」

「うん」

 僕は素直に頷いた。


 パスタを茹でながら、友哉は最近のことを話し始めた。

「めっちゃムカつく元上司がおってさ。俺が先に昇進したのが気に入らんのだろうな。先日なんて手が出そうになったわ」


 建設資材を客の要望として勝手に注文させ、直前に事実でないと発覚。それなのに「そんなこと言ったっけ?」ととぼけたという。


「酷いな、そいつ」

 僕は素直に口にした。

「だろ?」

 友哉は饒舌になっていた。


「俺、半年前から心療内科に通ってんだ」

 昨日、散乱していた薬を思い出す。


「あと……もうバスケしてない」

 靭帯損傷でチームを外されたこと。

 昇進して会社に恩を感じていること。

 母に仕送りをしていること。

 だから、きつい上司がいても辞められないこと。


「うん、うん」

 僕は口を挟まず、ただ聞いていた。


 茹で上がったパスタにソースをかけながら友哉は言う。

「スポーツやってた性分だからさ。逃げたくないんだよ。逃げたら試合終了なんだ」


 その言葉は僕の胸に深く突き刺さった。


 反論しようとしたが、安っぽい言葉しか浮かばず、結局何も言えなかった。


「それに……。こうなったから正直言うけど、聡を巻き込みたくないんだ」


 絞り出すように声を出す。

「……僕は、頼ってほしいよ」


 出来立てのパスタを置きながら、友哉は柔らかい笑顔を見せた。

「ありがとう。食べな」


 食べながら、なぜか僕の方が涙ぐんでしまった。

「うっ……うっ……」

 嗚咽に変わり、涙が止まらない。

 友哉が優しく背中をポンポンと叩いた。


 外では夜が更け、満月が煌々こうこうと辺りを照らしていた。

 

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