第11話

昔。オレは、ここに捨てられた。それは間違いない。では捨てられたオレは、本当に人だったのか? 誰かが先に進むために、捨てられた夢だったのではないか。頭によぎった言葉を振り払う。いや、そんな筈はない。

「お兄さん、ありがとう。もういいよ」

 まだ涙声のままで、かりんがチカイチを呼んだ。

「うん。夢の島を出て、うちに帰ろう」

 自分に言い聞かせるようにそう告げて、チカイチはトラックを走らせた。道はまっすぐ一方通行。ほかに道はないのだから、直進すれば地下一階から抜け出して、やがて出口が見えるだろう。絶対に間違えようがない。

そのはずなのに、いくら走っても、どうしても先が見えなかった。

 捨てられた夢は、夢の島から出られない。そういう決まり。

 問題集に書かれたそんな言葉が、ぞわぞわと頭に浮かぶ。いくらアクセルを踏んでも、トラックは出口にたどり着けない。何度も巡るうちに強くなる確信があった。オレは、この場所を覚えている。拾われたのは赤ん坊の頃だっていうのに、覚えているのだ。人間だったらあり得ない、だがもしオレが夢だったら。

 うろうろと進んだ先には、真っ暗な大きな穴があった。穴の奥は真っ暗で、何も見えない。

 ここが夢の島の終着点だ。直感的にそう思った。

この穴に飛び込んだ夢は、ほどなくただのエネルギーに代わる。

 突然、携帯電話が鳴った。細い蜘蛛の糸にすがるように、鷲掴みにして電話に出る。

「もしもし」

「何やってんのチカイチ、もう二時間だよ」

「夏山さん! 変なんだよ、出られないんだ」

「何バカなこと言ってんだ、一本道だぞ。それよりまずいことになった。富士のばあさんが忘れ物取りに来て、お前が中に入ったのに気づいたんだ。今から羽田さんも来るらしい」

「親方が」

「とにかくすぐに出てこい。でないと怒られるだけじゃすまないぞ」

 早く出たいに決まっている。だけど確信があった。

 目の前には大きな穴。オレは、ここから出られない。

「ごめん夏山さん。オレ、親方が来るのを待つよ。本当に、出れないんだ。たぶんオレは夢なんだよ」

「そんなわけないだろ。確かにお前は捨て子だけど、拾われた時はちゃんと警察も来たはずだぜ。夢みたいなふわふわしたもんと人間を取り間違うわけないだろ」

 綿菓子のような夢。ぬいぐるみの綿のような夢。

 確かに、人間とはまるっきり見た目が違うのだ。

「ああ、羽田さんが着いた。もう間に合わない」

 ぶつりと携帯が切れた。

 もうすぐ親方がここにやって来るだろう。かりんをうちに帰せると、それだけはほっとした。夏山にはすまないことをした。こっぴどく叱られるだけならいいが、運が悪ければ職を追われるかもしれない。

「ごめんね、かりんちゃん。親方が来るんだ。そうしたら外に連れてってもらえるから、もう少し待ってて」

「ごめんなさい、お兄さん。私が中に入りたいなんて言ったから」

「違うよ、誘ったのはオレなんだし」

 遅かれ早かれ、この日は来たのだ。だって、オレは廃夢業者になって、ここに来るつもりだったのだから。

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