第9話
トンネルを抜ける。視界が急に明るくなる。チカイチはゆっくり辺りを見回す。
「は? 町があるじゃんか」
驚いた。
夢の島の地下一階には、その言葉通り町が広がっていた。まっすぐ伸びた道路の左右に店が並んでいて、小さな商店街のようになっている。歩道にはのんびりと人が行き交っていて、妙に懐かしいたたずまいに、チカイチは目を奪われた。
「ここ、なに? へんなの」
作業着の下から顔をのぞかせて、かりんがこわごわ窓の向こうを眺める。
「だよね。工場の中、こんななってたんだ。オレも初めて見たよ」
もしかすると、この場所は工場で働く人のための休憩エリアなのかも知れない。昼食を買ったり一服したりするための場所なのではないだろうか。
「お兄さん、ここでどうやってお母さんの夢、探せばいいのかな」
「そうだなあ……」
騒ぎを起こすなと夏山にくぎを刺されたけれど、とりあえず道行く人に聞いてみるしかない。
「ちょっと待ってて」
軽トラックを道の片側に停車し、チカイチは車から降りた。それから、前を通り過ぎる若い男性に声をかける。
「工場に運ばれた夢を探してるんですけど、どのへんに置いてありますかね?」
「どこって、辺り一帯にあるじゃないか。誰の夢なんだい」
「ええと、女性なんですけど」
「だったら僕に尋ねるより、名前を呼んだ方が早いと思うよ。もしいたら返事してくれると思う」
なるほど、とチカイチは思った。
名前を呼ぶならちょうどいい機材がある。トラックにはマイクがついているから、少しずつ進みながら呼び掛けてみればよい。男に礼を言うと、チカイチはトラックに戻る。
「お兄さん、あの」
困惑した顔つきで、かりんがチカイチを見上げる。
「いい方法があったよ。かりんちゃんのお母さんの名前ってなに?」
「中川、ひなこ」
チカイチはマイクを取った。
「中川ひなこさん、中川ひなこさんの夢に心当たりがある方、いましたらお声をおかけください。お話したいことがございます」
マイクの向こうにいる人たちが、いっせいにこちらを向いた。
かりんも目を見張って、チカイチを見つめている。
人が歩くくらいの速度でトラックを走らせながら、チカイチはマイクで呼び掛ける。
「中川ひなこさんの夢に心当たりがある方、いらっしゃいませんでしょうか」
「お兄さん、ねえ、何しているの?」
かりんが、マイクを持つ手を引っ張った。
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