第8話
「かりんちゃんのお母さん、どうしたの? こないだ、もういないって言ってたけど」
「ちょっと前に、病気で、死んじゃった」
「そっか」
「お葬式に、お母さんのおばさんが来て、お母さん、本当は子どもなんか産みたくなかったって、お父さんと話してて」
「そんなこと言ったの。ひでえおばさんだね」
だからそれを確かめに行くつもりなのだろうか。それとも、夢でもいいから、母親の姿を見たいのだろうか。かりんの胸の内は分からない。
「連れて行くけど、お母さんの夢、見つからなかったらごめんね」
「うん、分かってる」
行ってみて見つからなければ、それで諦めがつくだろう。
話をしているうちに夢の島へ着いた。助手席のかりんを助手席の足元にしゃがみこませ、その上に作業着をすっぽりと被せる。上からは見えないから、あとはごまかせるか運に賭けるしかない。
「来たよ、夏山さん」
トラックから半身を乗り出し、チカイチは受付に向かって話しかけた。
「オーケーオーケー、こっちの書類に書き込んで。入るのはチカイチだけだよな?」
「うん、親方は外出。たぶん奥さんとこ」
「元嫁かあ。より戻さないのかね、あの人たち。あっちの嫁さん、二番目の旦那とももう別れてるだろ」
「詳しいね、夏山さん。書類これでいいかな」
大雑把に書き込みを眺めると、夏山はファイルにそれを綴じた。
「そりゃ詳しいさ。羽田さんの元嫁って、富士さんの娘さんだぜ」
「え?」
「しかも前はここの職員だ。親子二代で夢の島ってわけ」
「全然、知らなかった」
まさか富士豊子の娘が、親方の元妻だったなんて。
夏山が知っているくらいだから、ここの職員なら周知の事実なのだろう。それなら、自分にだって話してくれてもよさそうなものだ。
「そうなの? なんでお前に教えてないんだろうね。……ん? 助手席の足元、それなに?」
「景品の空き箱だよ。トイレットペーパーとか入れてたやつ」
「そっか、まあいいや。よし、書類はオッケー、と。あとこれ持ってな」
押し付けられたのは、かなり古い型の携帯電話だった。
「なんだよこれ、オレスマホもってんだけど」
「工場内電波が悪くってな、普通の電話だと通話できないのよ。緊急用だから携帯必須なんだよな」
そういうことならと携帯を受け取り、ハンドルの前あたりに置く。
「さてと、一時間だけだからな。騒ぎを起こしたり余計なことしたりしないで、さっさと中だけ見て帰ってこいよ。でないと俺が迷惑する」
「分かってる、ありがとう。じゃあ、行ってきます」
夏山に軽く手を振り、チカイチはアクセルをふかせた。
門をくぐるとすぐ下りトンネルになっていて、時速十キロの標識と、工場内は低速運転、と書かれた看板が掲げられている。ゆっくりした速度で、トラックは薄暗いトンネルを潜り抜けた。
「これより地下一階」
トンネルの出口にそう書かれている。我知らず、チカイチは息をのんだ。
チカイチという名の由来は、この地下一階から来ていた。その場所に、物心ついてから初めて足を踏み入れるのだ。自分が捨てられていた場所とは、いったいどんなところなのか。気にならないわけがなかった。
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