爆走電動アシストの呪い
トモさん
爆走電動アシストの呪い
細山ゆう、高校一年生の十五歳は、今日も少しイライラしながら通学路を歩いていた。原因は、またしても爆走電動アシスト自転車だ。
ここは、駅前の大通りから一本入った裏道。幅は狭いが、近道のせいか交通量は意外と多い。特にひどいのは朝。ゆうの通う高校のすぐ手前には、大きな私立幼稚園があり、朝の送迎時間がピークだ。
「危ないなー」
そう呟く横を、一台の電動アシスト自転車が、小学生くらいの子どもを後部に乗せて風のようにすり抜けていった。母親らしき人物はスマホを見ながら漕いでいる。自転車はスピードを出しすぎたせいで、角を曲がると同時に車体を傾け、そのままフェンスにぶつかりそうになった。幼稚園の門から出てきた先生が慌てて駆け寄る。
「ホント、やめてほしい」
ゆうは心の中で悪態をついた。あの人たちは、自分さえ間に合えばいい、自分だけが特別だとでも思っているのだろうか。子どもを乗せているなら、なおさら安全運転を心がけるべきだ。
「絶対に、ああはならない」
いつか結婚して、子どもができたとしても、絶対にあの人たちみたいに、周りが見えなくなるほど急いだり、安全を顧みない無謀な運転はしないと、ゆうは固く心に誓った。自分の子どもにも、周りの人にも迷惑をかけない、余裕のある大人になりたい。そう決意を新たにして、ゆうは校門をくぐった。
数年後。
細山ゆう、三十二歳は、今日も朝から汗だくだった。
「タケル!早くしないと間に合わないでしょ!」
叫びながら、ゆうは家の玄関先で、息子である五歳のタケルを電動アシスト自転車の後部座席に無理やり乗せた。タケルはまだ寝ぼけているのか、ぐずってなかなかヘルメットを被ろうとしない。
「うー、ママ、ゆっくり」
タケルが訴えるが、ゆうの耳には届かない。今日は大事な会議があるのに、夫は出張、ゆうは寝坊した。
「ゆっくりなんて言ってられないの!ほら、掴まって!」
タケルをしっかりと固定すると、ゆうはペダルに力を込めた。目指すは、ここから数百メートル先の、駅前の大通りから一本入った裏道にある幼稚園。
「急げ!急げ!」
ゆうは頭の中で呪文のように唱えながら、狭い道を爆走する。出勤中の人たちを「すみません!」と謝りながら追い抜き、カーブでは体重を大きく傾ける。まるで自分が、電動アシスト自転車に乗ったプロの選手になったかのような錯覚を覚えるほどのスピードだ。
自転車が幼稚園の門に滑り込む直前、ゆうはふと、道の脇にある古びたフェンスに目を留めた。少し曲がったフェンスには、真新しい傷跡があった。
その瞬間、遠い昔、高校生だった自分が、爆走する母親たちを見て、憤りを感じていたことを思い出した。
(私……)
「人のこと、言えなかったね」
ゆうは誰にも聞こえない声で呟いた。タケルは、そんな母親を不思議そうに見上げていた。
今日も、爆走電動アシスト自転車は、裏道を風のように駆け抜けていく。そして、数年後には、タケルがその姿を見て、心の中で同じ決意をするのかもしれない。
爆走電動アシストの呪い トモさん @tomos456
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