第5話

「それじゃおじさん、私たち今からお祭りに行くから」

 そう告げると、神主がまゆ子にヒトガタ、人の形に切り抜かれた半紙を二人分差し出した。

「ああ、楽しんでおいで。まゆちゃんそそっかしいから、池に落っこちないようにね」

「ひどいなあ、落ちないよ!」

 受け取ったうちの一枚を友樹に手渡し、二人はそれに自分の名前を書きつける。

 向かうのは神社の奥にある池だ。かつては滾滾と清水が沸く大きな蓮池だったが、村を襲った水害の後、だんだんと水の沸く量が減り今は小さな池となっていた。やがて水が枯れ池そのものがなくなってしまうだろうと、村の者は皆そう話している。

 池の周りには、村人が書き付けた笹の短冊も飾られていた。健康を願うもの、収穫を願うもの、村の存続を願うもの、短冊の中身はそれぞれだったが、それはさらさらと風に揺れて美しかった。

「じゃあ、始めよっか」

 まゆ子はヒトガタを天にかざした。心のうちで願いことを繰り返す。どうか友兄ぃに思いが届きますように。願いながらちらりと友樹を見やる。神妙に天を仰ぐ友樹の願い事は分からない。

 それから、池のほとりにふたりで並ぶと、ヒトガタにふっと息を吹きかけて池に浮かべた。半紙でできたそれは、ゆっくり水を吸い込んで、音もなく水面へ沈んでいった。

きれいに沈めば、願いが叶うという。

ふたりのヒトガタが見えなくなってから、まゆ子は思い切って声をかけた。

「ねえ友兄ぃ、寄り道したんだけど、いいかな?」

「いいけど、そんな遠くには行けないよ。暗いし道も悪いしね」

「遠くじゃないよ。帰り道にちょっと寄るだけ」

 今夜のためのとっておきだった。

何もない村だからこそ、友樹に見せてあげられるものがある。

 池から離れると来た道を引き返す。神社を出て鳥居を抜けた少し先で、まゆ子は左に下らず右折を選んだ。

「ここ上ってくの?」

「そう。ついてきて」

神社からさらに山を登る。茂る森がなお深くなり、周囲の暗さが増してゆく。

「けっこう真っ暗だけど、ほんとに大丈夫?」

「平気平気! この道の突き当りまでだから」

 どこにでも明かりに満ちた都会とは違う、ただ深い暗闇。浴衣に草履だと少し大変だが、かまわずまゆ子は坂を上る。その後を黙って友樹が付いてくる。

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