第4話
「まゆ子、友樹君と一緒に神社に行ってくれないか? お酒を奉納するんだ。神主に渡せばいいだけだから」
「友兄ぃと二人で? 神主って山田のおじさんだよね?」
「ああ。お父さんは、祭りの役員のところに行かなきゃならないから」
そんな用があっただろうか? まゆ子の頭に一瞬そんな言葉がよぎる。
とはいえ、引き受けない訳がなかった。だって友樹と二人でお祭りに行く立派な口実が出来たじゃないか。
「私はいいけど、一緒に行ってくれる? 友兄ぃ」
「行くよ。重い酒瓶、まゆ子に持たせるわけにいかないしね」
その返事に小躍りしそうになりながら、ぐっと耐える。
今夜の私はいつもと違うのだ。そう胸の奥で呟きながら、赤く塗られた爪の先を見つめた。
「じゃ、出かけましょうか」
非常勤の国語教師をまねて、落ち着いた物言いでそう言ってみる。
違いに気づいているのかいないのか、友樹は緩く笑っただけで、酒瓶を手に提げた。
下駄を履き、夜の戸外へと出る。昼の蒸し暑さが和らいだのは幸いだった。舗装されてない一本道を、友樹と二人ゆっくり歩いてゆく。
「まゆ子、今年受験だっけ?」
「来年だよ。まだ高2」
友樹が年齢すら覚えてくれていないことに、すこしだけがっかりする。
「そうか。進学するの?」
「専門か短大かなって。看護科あるとこ」
「看護師になりたいんだ」
「うん、お父さんの心臓もあるし、救急とか覚えるといいかなって」
「そういう理由なのか。まゆ子はえらいな」
ポン、と友樹の手がまゆ子の頭を撫でた。大きくて暖かいその掌に、まゆ子の心の赤が跳ねる。
神社までは緩い上り坂だった。慣れた道とはいえ、山里は都会に比べて森が厚く、夜闇が深い。それでも祭りの夜だけに、普段よりは人の気配がして、なんとなく浮ついた気分になる。
やがて、道の奥に神社の明かりが見えて来た。
いつもは味気ない石灯篭に、今夜は淡く暖かな炎が灯って、取り巻く森を幻想的に染めている。鳥居をくぐると、社務所はもう間近だった。
「おじさん、来たよ」
袴姿の神主に手を振ると、社務所の向こうの相手が皺深い顔で笑った。
「まゆちゃん、お祭りの日くらいは神主さんと呼んでくれないかなあ」
「そんなこと言ったって、三軒お隣の山田のおじさんだし」
狭い村の中だ、神社を守るのも村人の仕事だった。だからまゆ子にとっては、神主もご近所のひとりでしかない。
「お酒もってきたよ。友兄ぃのお父さんから」
笑いながら会釈すると、友樹が山田に酒瓶を手渡す。
「友樹君か! 久しぶりだなあ。新島さんは元気にしてるかい」
「はい、相変わらず忙しくしています。今回で祭りが最後と聞いて、一緒に来たがっていたんですが、どうにも難しくて」
「そのうち顔を見せてくれと、お父さんに伝えておいてくれよ。祭りは最後だが、この村がなくなったわけじゃないからね」
友樹があいまいに笑う。返事に困っているのだと気づいて、まゆ子は口をはさんだ。
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