第3話
とうとう、星祭りの夜が来た。
上機嫌で、まゆ子は爪を染めていた。
取っておきの赤で親指から順番に塗ってゆく。もちろん足の爪もきれいに染めた。思った通りだ、いい色だ。手足をばたばた振って乾かす姿は、はたから見たら妙な体操でもしているように見えるかもしれないが、大丈夫誰も見ていない。
と思っていたら、信一郎が部屋に入ってきた。呆れた顔でまゆ子を見やる。
「友樹君、もう少しで着くって」
「うっそ、早くない?」
急いで、用意していた浴衣に袖を通す。浴衣の着方は、ずいぶん前に集落のおばあさんに教えてもらった。父の信一郎が着せようとしたのだが、それがあまりに不器用で、まゆ子が自分で覚える羽目になっただけだったが。それでも自分で着付けができるのは、まゆ子のひそかな自慢だった。
芍薬柄の藍染の浴衣は、お母さんが着ていたものだったらしい。自分の浴衣も持っていたが、今夜はいつもと違う浴衣でイメージチェンジをはかるつもりだ。帯は爪に合わせて赤。文庫結びも今日のために練習したし、完璧だ。
「これでよっし。どうかなお父さん」
「……うん」
一言そう口にしたまま、首をかしげて信一郎がまゆ子を見つめる。
なんだか不安になって、まゆ子は姿見の前に立った。襟も帯も大丈夫、なはずだ。
「なんで黙ってんの? 何か変?」
「いや……なんというか、お母さんに似てきたねえ」
感慨深そうにそう言うと、信一郎が笑う。
どう受け取っていいのか分からずに、まゆ子は首を傾けた。
「褒めてんのかな、それ?」
ピンポン。呼び鈴が鳴った。その音に飛び上がり、まゆ子は玄関へ駆け出す。
なんてことない引き戸のカラカラいう音が、今夜は心臓に悪い。
「久しぶりだねまゆ子。元気そうでよかった」
「一年ぶり、友兄ぃ! あがって!」
招き入れる友樹の姿は、また少し大人っぽくなっていた。
ラフなシャツにチノパンのスタイルは去年とそう変わらない気がするが、髪型が違っている。少し長かった髪が今年は短く刈り上げられていて、まゆ子好みの短髪にチェンジしている。
「これ親父から、いつもの酒。あと、こっちはまゆ子に」
「やった、ありがと! なんか甘い匂いする」
「百貨店のスイーツらしい。マンゴーが一番美味しいって」
いそいそと居間に向かい、箱を開けてみる。
色とりどりの果実とクリームを花に見立てて形作った美しい菓子で、見ただけで美味しいと分かる品だった。田舎暮らしをあきらめた友樹の一家は、今は都心に近い場所で暮らしている。だからお土産はおしゃれなものが多いのだが、今年は特に洗練されている気がする。
「めっちゃきれい。友兄ぃセンスいいね!」
「うん? あー、えっと」
なぜか煮え切らない返事にまゆ子は首を傾げた。褒められて照れたのだろうか。そう問うてみようとしたところに、信一郎が入って来た。
「久しぶりだね、友樹君。またちょっと大人っぽくなったんじゃないか」
「大人っぽいって、俺もう大人ですよ」
友樹が苦笑する。
「あ、今年も親父から酒預かってきました」
「悪いねえ毎年。でも、それも今年までだな」
「そうですね、寂しくなります」
ちらりと信一郎がまゆ子を見た。
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