君と天使と悪魔の話

灰都

第1話 反乱

「ハァハァハァ……」

荒い息遣いと共に床を駆ける音が暗闇に響く。

「行かないと……早く、行かないと、」

前に進むにつれ、前方に見える出口が段々と大きくなっていく。

「やっと出口だ…!!」

それと同時に後ろから大きな銃声が響いた。思わず後ろを振り向いてしまった。

「博士っ!!!」

銃声に気を取られた直後、暗闇から攻撃を受ける。

「ぐっ…!」

再び前を向き、翼をはためかせ、暗闇から外へと抜け出す。

大きく風を切ったその翼は根元から端っこまで漆黒に染まっていた。それはまるで…………

「飛べ、ルシファー。」

暗闇の奥で、誰かが息絶えそうな声で言った。


「守るんだ。あの子たちを………私の代わりに………。」




「行ってきます。」

そう言うと火沙は家を出た。

といってもすぐにタクシーに乗った。

運転席には誰もいない。というよりかは運転席自体がない。だがタクシーは当たり前のように動き出した。

窓の外にはたくさんの建物とロボットのようなものが見える。


―――天暦20年。超万能AI、【天使】の開発から20年。世界は大幅に進歩して、「AAA」ー全自動時代All Auto Ageー歴史の中でそう呼ばれるようになった。これまでの生活や人々の生活の質を落とさない程度に、さらに楽に、さらに楽しく生きれるような時代が来たのだ。


「おはよう、火沙。」

教室に入ってきた火沙に友人である遥が声をかける。もちろん教室に入るときもドアは自動である。

「あぁおはよう、遥。」

そういいながら火沙が席に座る。

教室はもうすでに全員の生徒が座っていてにぎやかな雰囲気が漂っている。

「火沙、今日の放課後兄さんが研究室に来いって。一緒に行こう。」

「葉奈が?…分かった。」

「それと今日学習内容変更だってさ。」

「そうなのか?」

そういいながら、火沙は目の前で拳を握ったあと、弾けるように手を開いた。するとそこにウィンドウが表示された。これも天使による進歩の1つである。

「ほんとだ。今日数学が体育に変わってる。」

「うん。確かサッカーだったと思う。楽しみだね

。」

「そうだな。」


 天使が開発され、世界が大幅に進歩しても、未だに学校や職業などは存在する。しかし、天使開発以前の学ぶためやお金を稼ぐためといった理由がすべてではない。今の時代、学校や職業に入ったり、就いたりするのは、人生を謳歌するため、つまり楽しむためである。俗に言う【生きてさえいれば勝ち】ではなく【楽しんだもの勝ち】の精神が一般的になっている。

また、全自動時代になってもスポーツなどは存在する。

それについては天使の開発者であるノヴァ博士自らが語っている。


「いくら天使が万能で人の人生が豊かになったところで、人の熱は人でしか感じられないものだ。だからこそ、私の思い描く理想の世界は天使と人の共存である。……これが、天使の開発者であるノヴァ博士の語る理想の世界だ。」

黒いスーツを着た先生が、スクリーンに映し出される映像を指しながら言った。

「………天使と人の共存ね。」

火沙は窓の外を眺めながらつぶやいた。

「どうかしたの?火沙。」

後ろの席の遥が火沙に聞く。

「あぁいや、なんていうんだろう。」

火沙が校庭でサッカーをしている人たちを見ながら言う。

「ノヴァ博士は共存を謳っているけどさ、結局今の世界を回しているのは天使だから仮に天使が人間とは違う派閥として生きていくようになればきっとこれから人は生きていけなくなるんだろうなって。」

遥は少し困ったように眉尻を下げながら笑って言う。

「そうだね……仮に天使が反乱とか起こし始めたら僕らに未来はないだろうね。」

「そうだな…。」


―――――ブッ………ブツッ。


 それほ突然だった。いきなり画面が真っ暗になってしまったのだ。

「え?」

「なになにどういこと?」

「画面真っ暗になってるじゃん。」

教室がざわめく。

「はいはい皆さん!お静かに。」

先生がそう言ったが、生徒たちは静まらなかった。天使の時代……何もかもが完璧な世の中に生まれた彼らにとって生まれて初めての非常にイレギュラーな事態であったのだ。

「少し他の教室に様子を見に行くから騒がずに待っているように。」

先生はそう言ってドアの前に立った。普段ならそれでドアが自動で開くはずだ。しかし……

「……?!ドアが開かない…………。」

やむを得ず手動でドアを開けようとしたがびくともしなかった。

「私たち………閉じ込められた?!」

「ウィンドウも開かなくなってる!」

何人もの生徒が顔の前で拳を開いているが、何も起こらない。

教室のざわめきがさらに増す。


「静かに!!静かに!!」

先生の声はもう生徒には届いていなかった。


―――ヴン


 スクリーンに中年の清潔感のある男が映し出される。

一瞬教室は静まり返ったが、すぐにまたざわめき始める。

「どうした?遥。」

遥の息づかいが少し荒くなってるのに気づいた火沙が後ろを振り向くと、遥がひどく動揺していた。

「遥??」

火沙が遥に近づいて、目の前で手を振った。

その時、画面の男が口を開いた。

『ごきげんよう。世界中の人類。』

「…っ!!しゃべった……。」

慌てて火沙が前を向く。


『私は天使の生みの親、ヴァール・ノヴァだ。』


「「「は……??」」」

全員が一瞬にして固まる。元々ノヴァ博士は顔を出していなかったこともあるが、それより天使が今までとは違う人類の不安を煽るような動きを、見せたあとにノヴァ博士が現れたのだ。

(裏にノヴァ博士がいるのか…?)

教室が混乱に陥っている中で火沙は首を傾げた。

『残念ながら、君たち人類には失望した。理由は言わなくても分かるだろう。』

最悪の可能性が火沙の脳裏をよぎる。



『そこで、天使を駆使して人類を一度滅ぼしてみようと考えた。それでは良い終末を。』



「は……?」

教室が一気に静まりかえる。

あっさりと終わってしまったために脳が追いつくのに時間がかかった。十数秒したあと、教室はパニックに陥ってしまった。

恐怖に悲鳴をあげる者や泣く者、ドアを叩く者たちでいっぱいになっている。

先生が口を開いて何か言っているが聞こえすらしない。

窓もシャッターが閉まって外側を見れなくなってしまっている。破るのは到底無理だろう。

火沙は遥を見たが未だに冷や汗を垂らして動揺している。

(遥が動揺しているのは意外だったな。今遥を頼ることができないのは痛いな。とはいえ………、)

「今のところまだ閉じ込められているだけだ。」

(問題はこの後……武装した天使が世界中を一掃し始める。そうなったら本当に終わりだ。警察も頼ることができないし自衛隊も無理だろう。)


――――パァァン!!!!!


「キャァァァァァァァ!!!」

「何の音?!」

「銃声?!!」

教室がより一層パニックに陥る。

「……まずいな。」

焦ったように火沙が呟く。

(もはや誰も理性を留めてないし聞く耳を持たない。実際に先生の声も届いていなかったしな。)

教室の前を見ると諦めた表情で立ち尽くしている先生がいる。

(……このクラスの中で一番発言力があるのは確実に遥だ。信頼と信用だけは誰よりもある。)

「遥っ!!遥!!」

火沙が遥の肩を揺らしても遥は反応しない。絶望した表情でうつむき、ずっと何かつぶやいている。

その時、遥の腕時計から音声が流れていることに気づいた。

『き、か?こえ…………聞こえるか…??』

「……葉奈!!」

腕時計の向こうから聞こえたのは、今現在研究者として過ごしている葉奈だった。また、遥の双子の兄でもあり、火沙の幼なじみでもある。

『火沙か…??遥は??』

「遥はなぜか俺の声が届いてない。」

『そうか………分かった。…さっきの博士のやつをみたと思うから難しい説明は省くけどそっちの学校に今天使が侵入して1クラスずつ順番に殺戮を始めている。』

「……あぁ。」

『天使がお前のクラスに来るまでおよそ5分かかる。それまでに机と椅子でバリケードを作れ。殲滅範囲が広いからか殺戮には低性能の天使が使われてるからお前らなら、特に火沙がいるならなんとかなると思う。』

「分かった。お前がいうなら心配ないだろう。」

『天使を攻撃するときは積極的に関節を狙え。人形だから致命的な攻撃になるはずだ。武器は椅子でも使うといい。』

「分かった。ありがとう。」


『クラスの人をまとめるときは遥に任せるといい。たぶん動くだろ。』

遥の声はは昔から人の心を動かすのだ。

「分かった、けどどうすれば遥は正気に戻る?」

『それは大丈夫だ。すぐにと思うから。』

「…?」

『悪い、一旦切る。4分後にまたかける。』

そう言うと、通話が切れた。

「さてと、」

火沙がパニックでいっぱいの教室中を見渡す。

(俺の課題は……クラスをまとめてバリケードを作ること。そのために、遥を起こすこと。)

再び遥の肩を揺らして火沙がどうにか起こそうとする。

「起きろっ遥っ!!」

どれだけ肩を強く揺らしても遥には届いていない。

「こんなことしたくないけど……」

火沙は掌を広げて軽く遥の頬に平手打ちを食らわしてみる。

「パァァァン!!」

いい音は鳴れど依然遥は起きない。

「まじかよ……おきろ!遥!」

微動だにしない。

「遥ー!!起きろー!!」


――起きて、遥。


途端、遥がゆっくりと目を見開く。

「……火沙っ!!!」

火沙が安堵した表情を浮かべる。

「よかった、遥。」

「ごめん、火沙。もう大丈夫。」

やるべきことはクラスをまとめること。

遥は椅子の上に乗って、息を吸う。

「………みんな聞いて!!」

その声は決して応援団のようにひどく大きくはない。しかしその声は……


聞く人の心に響く。


一瞬にして教室が静まり返る。

「もう少しでうちのクラスにも天使が来る。それまでに机と椅子を使ってバリケードを作るんだ。」

教室には感心している人もいるがほとんどがまだ不安そうにしている。

「そんなもので防げるわけがないだろう?」

そんな不安を代答するかのように火沙が質問する。それに遥は答えるように言った。

「そう思うかもしれないけど、これから来る天使は低性能だから十分効果はあるよ。」

それを聞いて教室中に希望が満ちた。

「分かった、やろう!!」

「「「おぉ〜!!!!」」」

その火沙の一言で教室にやる気が満ちた。火沙と遥が目を見合わせてウインクする。

全員が机と椅子を動かしてバリケードを作り始める。

「あ、これちょっともらうよ。」

そう言って人の生徒から椅子をもらう。

「……これで立ち向かえるか。」

また遥の腕時計が鳴る。

『そっちはどうだ?』

向こうから葉奈の声が聞こえる。

「火沙。」

遥が火沙を呼ぶ。

「準備完了だ。いつ来ても大丈夫とは行かないけどな。」

『よくやった。急いで他のやつらをできるだけ教室の奥の方で伏せさせろ。』

「分かった。」

『それと遥。火沙。』

「「??」」

『後からすぐに援軍が来ると思う。だからそれまで死ぬんじゃないぞ。』

「わかってるよ。」

「おう!!」

『……!来るっ!!』

「みんな伏せろぉっ!!!」

教室の全員が伏せる。



その瞬間静かにドアが開く。



中に入ってきたのは、言うまでもない。銃を両手に、両肩に取り付けた天使だった。

(葉奈の言った通り人型…!!)

バァァン!!!と大きい音が鳴る。

玉は出てこないが、教室の不安をさらに煽る。

次の瞬間、教室中に玉が連射される。

「ダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!!!!」

それはバリケードや教室の壁、ロッカーなどにあたる。バリケードを立てたり伏せたりしていなければ一網打尽だっただろう。

「キャァァァァァァァァァァァ!!!」

しかし再び教室はパニックに陥る。

(またみんながパニックになってる。けど………)

火沙が椅子を手に取りバリケードの外に出て、力いっぱいぶん回す。

「ドゴォっ!!!」

鈍い音を立てて天使が少し傾いた。

「いける……!!」 

自分の攻撃が天使に効いているのを見て、火沙に勝てる未来が思い浮かぶ。


―――パァァン!!!


次の瞬間、銃弾が火沙の右肩を貫いた。

「ぐっ…!」

慌てて火沙が椅子でガードしたが、右肩からは血が出ている。

『火沙油断するな!』

そう葉奈が言い、遥が慌てて止血をしにバリケードの外へと向かう。

「悪い。ありがとう。」

そういいながら火沙が天使を睨む。天使は再び教室中に玉を乱射している。

「左手が使えれば何とかなるか。」

『火沙……最初は大きく振りかぶって大丈夫だ。』

「分かった。」

そう言って再び火沙が挑む。

「はぁぁぁぁ!!!」

左手に持った椅子を大きく振りかぶり、一撃を与える。天使がその一撃によろける。その隙に火沙がそのまま押し込んで倒れ込む。天使は抑え込まれて椅子で固定されて身動きが取れない。

「………はぁはぁはぁはぁ。」

気を抜かないように天使をしっかりと押さえ込む。

「……やったのか…!?」

伏せていたクラスメイトが立ち上がり近寄る。そこで火沙が何かに気づく。天使の口から丸く小さい何かが出てくる。

「みんな目を閉じて耳と口と鼻を塞げ!!」

それは破裂してプシューと音を立てながら煙を噴き出し始めた。

火沙はすぐに睡眠性のある煙と分かって口、鼻をふさいだ。周りの生徒が次々に倒れていく。煙で視界すらままならない。気がほかに分散していたところを抑えられていた天使が抜ける。その先にいるのは…

「遥ぁっ!!!」

―――バキィン

火沙が叫ぶのと同時に窓が割れる音がした。


―――ドォォォォォン!!!!


大きな衝突音がクラス中に響き渡り、一気に煙が晴れる。


漆黒の羽根が舞う。


そこにいたのは、遥と先ほどの天使の成れの果て、そして遥をかばうような形で立っていた黒い翼の天使。その姿はまるで………


「堕天使。」

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