第21.5話「演劇部の女子会」
夏休みも終わって数日、既に学校はいつもの活気を取り戻しつつあった。
そうしていつもの演劇部の部室。いつもと違うのは、そこに男子が一人もいないことだった。つまり、渡良瀬明良も福島耀も今日は休みなのだ。
「さて、アッキーがなかなか休まないせいで開催できていなかった、しかし実はみんなやりたかったであろう行事をやるよ」
部室のテーブルにわざわざお誕生日席を作ってそこに座った相川が、女子部員一同を見回す。座ったかと思えば今度は立ち上がり、右手を上げていわゆる宣誓のポーズを取った。
「ではこれより、第百五十六回演劇部女子会を始めます」
「残りの百五十五回はどこへ……?」
「昨年からの通算だからね」
相川はそう言うと素直に座った。
「でまあ、今年度としては第一回なわけですよ。そんな第一回の議題は~~~?」
――ドゥルルルルルルルル、ダン。
「まあ普通に恋バナだよね」
さあさあさあさあ、と相川はどこからともなくサイコロを取り出すと、おもむろに五人の真ん中に置いた。
「心寧ちゃん、これはつまり」
「そうで-す、振りますこれで。私から時計周りに順番ね。で、六が出たら、振りなおしかな」
すなわち、一番相川心寧、二番四方山奏、三番三橋くおん、四番松本楓花、そして五番木村葵という順番であった。
「じゃあ、振るよ」
相川はそう言うと、大袈裟な動きをつけて、なにがでるかな、なにがでるかな、と歌までちゃんと歌ってサイコロを投げる。そんな大袈裟な動きでサイコロを振ったものだから、机の上に乗ることはなく、サイコロは無情にも床に落ちて転がった。
「さてさて、何番かな~?」
相川が頭をぶんと振って、サイコロを覗き込む。
「――三番! 三橋くおん‼」
「あ、私」
そういう三橋に、相川がその辺に転がっていたマイクを拾って向ける。
「えーっと、で、結局あのあと付き合ったの?」
「付き合ってませんよ。身体だけの関係ってやつですよ」
「お~、大人っぽい、流石だね」
――高校生でそれってどうなの?
その言葉が奏の口から出ることはなかった。
「まあ、身体だけの関係って言っても、私がフラれちゃっただけだけど」
「振られたの⁉」
「ほら、彼の好みはこっちだから」
そう言って、三橋はちらりと奏の方を見た。
「あ、え」
「なんていうか、病的に信奉してますよね、聖女様を」
「ほんとにね。でも当の本人がコレだもんねぇ」
「な、なんですか」
ほら、と奏以外の四人は、部室についている小さな窓から外を見た。つまり、ここにいない人間で、奏の好きな人で――
「今は私の番ではないんですが?」
「そうね。ちなみに、一応聞いておこうと思うんだけど、彼はどうだったの? くーちゃん的にはさ」
「ああ、結構よかったです。今までで一番よかったかも。こう、しばらくは私優位だったんですけど、途中で向こうに主導権握られちゃって。ああ、よかったなぁ」
三橋は恍惚とした表情を浮かべ、視線は明後日の方向へ向かっている。きっと合宿のときのことを思い出しているのだろう。奏の頭には、いつか明良が聞いたと言っていた三橋の性癖の数々が思い起こされていた。なるほど確かに、その通りなのだろう。
――というか彼は、聖女様聖女様とか言いながら、そこで三橋さんの上に乗っちゃうからダメなのでは……?
「そろそろストップで……」
そんな三橋の独擅場に終止符を打ったのは松本だった。確かに松本は大人しめだし、こういう話とは縁遠いのだろう。生々しい話には慣れていないというべきだろうか。
「じゃあ次ね。くーちゃんが振って」
サイコロは三橋の手に渡り、テーブルの上に転がされる。
「お、一。でも正直私ないんだよな、恋バナ。みんなの話聞くために始めたからさ、別になんか、こう、ね……」
はは、と乾いた笑いを一つ
「あー、かなちゃん。なんか、別に聞かなくていいな」
「な、なんでですか。私だってちゃんと話せることありますよ」
「知ってるよ。でもかなちゃん、別にいつも明良くん明良くんだからそんな、目新しい話もさ……」
うーん、と相川は考え込んでしまう。
「結局アッキーとは付き合ってんの? なんかお風呂一緒に入ったりしてたけど」
そう口に出したのは三橋だった。
「一緒にお風呂入ったの??」
「付き合ってはないです、まだ」
「まだ、ね」
「え、お風呂???」
「あ、でもこの間デートしましたよ、デート」
「どこ行ったの? 写真は?」
三橋が横からスマホを覗き込んでくるから、奏はカメラロールを開いて上野へ行ったときの写真を三橋に何枚か見せる。二人で撮ったツーショットを何枚か。
「へー、やっぱラブラブじゃん。付き合ってないんだ、これで」
「付き合っては、ないんですけど、まあ……」
「まあ?」
果たしてあの合宿の夜の話をみんなにしていいものだろうかと、奏は言葉に詰まる。あれは奏にとって大切な思い出なのだ。まあ、前後にあった諸々は、思い出すだけでも悶々としてしまうようなものだけれど。
「まあ、かなちゃんたちはほらね、まあ、アレだから、ね、ヘタレ同士だから」
「なんですか喧嘩ですか、こっちは一緒にお風呂はいって身体洗いっこしてるんですからね」
「こっちにホテル到着即挿入女がいるんだよ」
「勝ち目ないじゃないですか」
すっかりサイコロのことなどどうでもよくなったらしい心寧は、次楓花、と松本のことを指さした。
「結局彼氏とはまだ付き合ってんの?」
「え、待ってください彼氏いたんですか」
「いるよ」
「え、衝撃の事実です」
「え、誰ですか」
つい、奏も三橋も、松本に詰め寄ってしまう。
「誰って、うーん、クラスメイトなんだけどね」
この人、と松本はスマホを取り出して写真を映す。何度か見たことがあるような、ないような。
「なれそめは……?」
奏がそう聞くと、松本は恥ずかしそうにはにかんだ。
「あの、彼は図書委員で、その、本の趣味が似てて」
「へ~! いいじゃないですか!」
「そ、そうかな」
松本はスマホをしまう。
「ちなみにどこまで言ってるんですか、松本先輩は」
「ど、どこまで? うーん、まあ、触り合ったりは、したことあるけど、本番は……」
「楓花ってさ、こう、他人の生々しい話ダメだけど普通に自分で生々しい話するよね」
「……たしかに?」
「さあさあさあ、かなちゃんも戻ってきたことだし――聞かせてもらおうか? 幼馴染の彼との話を」
奏がトイレに行って帰ってきたら、そこでは既に、他の三人が木村への尋問の準備を整えていた。
――意外とみんなちゃんと恋愛してるんだなぁ。
そんなことを考えながら、奏もその尋問の輪の中に参加する。
「ちなみにその幼馴染さんってどなたなんですか?」
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