第三章「砂漠のドラゴン編」第7話「勇者だった男」

シーマ自治国のメインストリートには、多くの露店が立ち並ぶ。武器屋、防具屋、雑貨屋など、旅人がよく立ち寄る店が多いが、料理屋、青果店などもあり、旅人だけではなく、住人たちなどたくさんの人々で賑わっている。


“防具のランゴ”


という看板の店のドアが開き、二人の人間が出てきた。一人は35歳くらいの人間種の男性、もう一人は10歳にも満たないこちらも人間種の少年である。どちらも褐色の肌で黒髪。親子であろうか。しかしどちらもボロボロの衣服を着用し、男性の左足は棒切れのような義足であった。

麻の袋を担ぎ、よたよたと歩いている。

少年は、男性の方を見上げながら呟くように声をかけた。


「また売れなかったね…」


男性は、苦虫を噛み潰したような顔をし、不貞腐れたように言った。


「とんだ誤算だ。どの店も獅子の紋章入りの胸当てなど受け付けぬそうだ…クァン・トゥーで売れば1,000トレントはくだらんというのに…」


少年は、寂しそうな顔で呟いた。


「ダン、お腹すいたよ…」


「分かってる!何とか金を作って、たらふく食わせてやるから待ってろ…」


その見窄らしい親子のような二人は、かつて世界最強の勇者と言われた男、アマダーン(今はダンと名乗っているが)と、伝説の勇者の末裔とされる少年マーズであった。

二人は、川沿いにポツンと立つ小屋で1週間ほど暮らしていたが、食糧が底をつき、やむなく町の方まで出てきたのであった。


もうかれこれ10店舗はまわっただろうか。

ダンは勇者の時身に付けていた銀の胸当てを売り、金を作ろうとしていたのだが、獅子の紋章といえば、悪名名高い「クァン・トゥー王国」の紋章である。誰もそんな物騒な代物は欲しくないという。

もしそんな物を店頭に並べた日には、すぐにドワーフ議会に通報が入り、憲兵たちに根掘り葉掘り聞かれるに決まっているからだ。また店頭に並べなくても、そんな代物を買う大金自体、どの店も持ち合わせていなかったのである。



【シーマ自治国】

シーマ自治国は、ドワーフが治める自治国家であり、王が存在しない。すべて選挙で決まる議員を中心とした議会が国を運営しており、国民は誰しもが自由に議員になれる権利を持っている。

しかし実際のところは、それは表向きで、経済力や、社会的地位があり、それらを地盤として持っていなければ、選挙をしても到底勝つことは出来ないのだ。

外交では、どの国にも属さない中立を保っており、ドワーフの国民性ともいうべき、高い技術力を活かし、他国への武器や技術者の供給で、その地位を担保している。ドワーフ国家といっても、約7割がドワーフで、あとは様々な人種が入り混じっている。


ダンは既に一度入った店に再度お願いしてみようかと思い、もう一度通りを戻ろうとした。

その時であった。


店と店の間の細い路地で、ごろつきたちが何かを囲んでいる。囲まれているのは、一人のドワーフのようだ。面倒なことに首を突っ込むほどの余裕がないダンは、気にかけることなく振り返って進もうとした。

しかし、ほんの一瞬であったが、ダンの姿を見たドワーフが、ダンに向けて叫んだ。


「そこのあんた!サーバスの人かい!頼む!助けてくれ!」


ダンはその路地の方を見た。

ごろつきたちがギロっとダンを睨み付ける。早くここを立ち去れと言わんばかりの顔つきである。


ダンは一瞬面倒臭そうだなと思ったが、一つの考えが閃いた。今、このドワーフを助ければ、幾らか謝礼を貰えるはずだと。


マーズはごろつきたちの顔を見て、怯えてダンの影に隠れた。ダンは、麻袋をグイッと持ち直し、ヨロヨロとその路地に向けて歩き出した。


ダンを呼び止めたドワーフは、彼の見窄らしい姿に失望の色を隠せなかった。ごろつきたちは、自分たちにおかまいなしにヨロヨロと歩きながら近付いてくる貧相なサーバス人を見て、嘲笑った。


「おいおい、兄ちゃんヨォ〜。お前さんこいつの知り合いかぁ?ちげぇよなぁ?なら、悪りぃこた言わねえ、その大きな荷物置いて、とっととけぇるんだな」


ダンはヨロヨロと近付くのをやめない。


「お、おい、おい!聞こえねぇのかよ!」


ごろつきの一人がダン目掛けてナタを振り上げた。マーズは思わず目を覆った。


マーズは、すぐに叫び声や、血の吹き出す音が聞こえると思った。しかし、何も聞こえてこない。それどころか、「え?」とか「おう?」とか変な声を出すごろつきの声がしてくるのであった。マーズはゆっくりと覆った指の隙間を開けてみた。


ごろつきは、何度も何度もダンにナタやナイフを突き刺したり、叩いたりしてるが、まったく傷が付かず、まるで鈍くて硬い粘土にぶつけるかのような音しか聞こえてこない。ダンは何事もなく、そのドワーフにヨロヨロと近付き、とうとう目の前まで辿り着いたのであった。

ごろつきたちの表情は、驚きから次第に恐怖へと変わっていくのであった。


その時、ダンはドワーフに声をかけた。


「よし、俺は今からお前を助けてやる。その代わり、なんかあの子に食わせてやってくれないか?」


ダンの動きには、まるでまったくごろつきが存在していないような感じであった。

ごろつきたちは、お互いの顔を見合わせて言った。


「な、なんだこいつは?なんで傷が付かないんだ?」


ダンはごろつきたちにその時初めて目線をやった。


「…2、3、4、…4人か」


と言った途端、ダンのすぐ両脇にいる二人のごろつきが吹っ飛び、壁にぶち当たった。


「ぐえっ!」


ダンは、拳を両側に伸ばしている。パンチを繰り出したのであろうか。しかし、誰もその起動すら見えていなかった。吹っ飛んだごろつきたちは、失神している。


残り二人のごろつきは、血相を変えて恐怖した。


「な、なんなんだおめぇは!?」


一人はナイフをダンに向けながら、ガタガタと震えている。もう一人はジリジリとダンから遠ざかっている。


ドワーフは、遠ざかるごろつきを見て言った。


「いかん!」


遠ざかったごろつきは、すぐさまマーズを掴み、グイッと自分の近くへ持ってきた。そして、ナイフをマーズの首元へ当てたのである。


「おい!お前!この子がどうなってもいいのか?」


マーズは怯えている。体もガタガタと震えている。その姿を見てダンはというと、表情一つ変えていない。それどころか、普段の会話のような声色で、マーズに話しかけた。


「よし!いいぞ!ほら、坊主。今だぞ。お前さんの真の力を出す時だ。ほら、出してごらん」


ごろつきは、ダンの言動に理解が出来なかった。それはマーズも同じであった。


だがダンは手を仰いで続けた。


「ほら、ほら!暴れてみろって!」


ダンは両手を広げてマーズをけしかけるように言った。


マーズは何のことなのか分かっていない。それよりも早く助けて欲しいと願っている。


「ほら!どうした坊主!」


「た、助けて!」


「なんだよ!ダメか?」


「だめ…」


「ホントにだめ?」


「だめ!」


ダンはマーズの言葉に落胆した。


「何だよ!それでも伝説の勇者かよ!?」


そんなやり取りをしながら、ごろつきやドワーフは、理解に苦しんでいる。


その時であった。ナイフをダンに突き付けていたごろつきの手からナイフが消えていたのだ。


「おっ!あ、あれ?」


ごろつきは自分の手のひらや裏をくるくるとまわしながら不思議そうに、なくなったナイフを探し出した。


そして、マーズの首元へナイフを突き付けていたごろつきの体が震え出した。


「ぐ、ぐえっ…」


なんと、そのごろつきの額に深々とナイフが刺さっていたのである。マーズを捕まえていたごろつきは、白目を剥いて後ろにばたんと倒れた。


「う、うわぁ!」


マーズはびっくりして、ダンの方へ駆け寄った。

ナイフを無くしたごろつきは、すぐさま逃げようとしたが、ダンに呼び止められた。


「おい、お前!そのドワーフから取ったものをそこに置いておくんだな」


ごろつきは、腰に付いている袋から金貨を幾つか出し、地面に置いた。そして、一目散に逃げて行ったのである。


ドワーフは、何が起きたのか信じられなかった。ダンの動作自体が見えなかったのである。ドワーフからしたら、ごろつきたちが勝手に吹っ飛び、勝手に倒れて、勝手に逃げ出したかのようにも見えたのである。


「あ、ありがとう…あ、あんた…すごいな…一体何もんなんだ…?」


ダンはマーズを近くに呼び、ドワーフに答えた。


「俺は…ダン。サーバスから来たんだ。これは息子のマーズ。頼む…何か食べ物を恵んでくれないか?」


ドワーフは、首を大きく縦に振った。


「あ、ああ!もちろんだとも!近くにうちがある。来るといい!」


ドワーフは、ダンとマーズを連れて、通りから少し離れた家に案内した。


マーズはダンを見上げて小さな声で言った。


「…息子?」


ダンは、マーズに小声で言った。


「ここではそういうことにしろ。誘拐や奴隷売買だとか疑われたら厄介だろ。幸い俺とお前はサーバス人だ。怪しまれたりはしない…」


ドワーフの家に到着し、ドアを開けた途端、ダンとマーズの目のには、壁一面にびっしりと並んだ甲冑が飛び込んできた。


「うわぁ!凄い数の甲冑だね!」


「こいつぁ驚いた…あんた甲冑職人か?」


ドワーフは、ニコニコしながら答えた。


「ああ、ここらでは甲冑職人のファンゴで通ってるよ。どら、奥から何か食い物を探してくるから、甲冑を見ていてくれ」


ファンゴは、家の奥へと入っていった。

壁にびっしりと並んでいる甲冑は、様々な形があり、どれも美しく光り輝いていた。ダンは、勇者時代から様々な甲冑を身に付けて来たせいか、ファンゴの腕が只者ではないことがすぐに分かった。止金の締まり具合、関節部分の細かさ、まさにこれは一級品である。


「こいつは凄まじいな…」


奥からファンゴが、たくさんの食べ物を持ってきた。フルーツやパン、肉の燻製や、ミルク。それらをどかっとテーブルの上に置いた。


「さ、命の恩人よ。好きなだけ食ってくれ」


ダンとマーズは、椅子に座り、無我夢中で貪り付いた。

ファンゴは、二人の様子をニコニコしながら見て、言った。


「まだ沢山あるからな。あ、そうだ。とっておきのシチューも作ってやるぞ」


ダンは命を助けたとはいえ、ファンゴの心意気に痛く感動した。ダンはここまで人の行いに感動したのは初めてだった。何故だろうか。ダンは自分自身の心の中に、今までは無かった感情が存在していることを認識せざるを得なかった。


「ところで、ファンゴ。あんた、なんであそこで絡まれてたんだ?」


ファンゴは、首を振りながら肩をすくめた。


「なぁに、オラは商会に歯向かってるからな。連中は何かとケチつけてくるのさ…」


「商会?」


ファンゴ曰く、シーマ自治国の商売を仕切っているのは「ブラックモアズ商会」という団体らしい。市場で商売するものは、すべて彼らの息がかかっている。物の値段はすべて彼らの言い値で決まり、噂では議会ですら裏で糸を引いてるというのである。

ファンゴは頑固な職人で、作るものはすべて原料から製法まで拘り抜いている。ある日、商会は彼に限界以上の安値で大量の甲冑を注文した。

しかし彼はそれを突っぱね、破談にしようとした。しかし、商会はそれを許さず半ば強引に取引を進めたのである。


「それから、毎日嫌がらせがあってな、仕方なく無理な注文を受けるしかなかったのさ…」


ファンゴは、店の裏から何やら一つの甲冑を持ち出し、ダンに渡した。


「ほら、これを触ってみな。連中が言う値段で、強引にこさえてやったしろもんだ」


ダンはその甲冑を触った途端、ペコペコと音がした。触るだけで凹むのである。甲冑は、限界まで薄く作ってあった。ふざけて作ったにしては、恐ろしいほどの、技術力である。


「これを奴らに送ったらよ。案の定奴らのお怒りを買っちまったというわけさ!がはは!」


ファンゴは、そう言うと、ふとダンの足元を見た。


「ところで旦那、その足は…」


ダンは、左足を持ち上げた。棒切れでお粗末に括り付けてある簡素な“義足”をファンゴに見せた。


「オラ、甲冑のかたわら義足や義手も作ってんだ。完全に予約制だがな。どら、さっきの御礼だよ。あんたにピッタリな義足を作ってやるよ」


ダンは目を開いた。


「それは本当か!とても助かる!」


ダンとマーズは、その日ファンゴの家に泊まらせてもらった。

二人ともあたたかいベッドの上で寝るのは、久しぶりであった。おかげでその日はぐっすりと眠れたのであった。


そして、次の日の朝…


「旦那、ほらよ。ざっとこんなもんだ」


ファンゴは、ダンに金属製の義足を手渡した。

金属であるが、恐ろしいほど軽く頑丈である。そして、足首は柔軟に曲がるようになっており、まるで人間の足のような形をしている。


「こいつは…なんてこった。凄いな…」


ダンは驚き過ぎて語彙力さえもなくなってしまった。


「ただの鉄製じゃねぇぞ。ラット鋼製だ。鋼より硬く、軽い。そして錆び知らずさ。そんで魔法石が組み込まれてるから、関節の曲がり具合を微調整してくれる。なぁに、3日も付けてりゃ、ほとんど自分の足みてぇになるぞ」


ダンはその義足をはめてみた。まるで付けていないかのような軽さである。そして、体重をかけてもまったくよろけない安定感がある。魔法石の効果であろうか。ダンは足首を失ってからはじめてまともに動けたである。

再びダンの胸の中から熱さが込み上げてきた。

人の心の温もりを彼はこの時、しっかりと感じることが出来たのである。ダンは思わずファンゴを抱きしめた。


「ありがとう!本当に感謝してもしきれん…」


昨日まで近寄りがたかった男が、顔を赤くし、涙を浮かべて喜んでいる姿に、ファンゴももらい泣きしてしまったようだ。二人とも涙を拭い、肩を叩き合った。

マーズは寝ぼけ眼でその様子を見ていた。

ダンの涙を初めて見た少年は、なんだか心が晴れていくような気がした。


そして、ダンはファンゴに銀の胸当てをあげた。


「これをもらってくれないか。俺がクァン・トゥーにいた時に使ってた物だ。売れば相当な金になる」


ファンゴは、胸当てを受け取った。


「おお、この獅子の紋章をうまく消せば、なんとか売れるだろう。こりゃあすげぇシロモンだぜ!ありがとよ!また近くに寄ったら来てくれ!」


そして、ダンとマーズは、ファンゴに別れを言い、その場を後にした。


マーズはダンに声をかけた。


「胸当てあげちゃっていいの?」


ダンはマーズの方に向いて言った。


「見てみろ、普通に歩けるぞ。お前はこの有り難さが分からないのか?ふふっ、まぁ、待て。俺に考えがあるんだ…」


ダンはニコッと笑い、通りを進んだ。


ダンは人伝に聞き、とある屋敷の前に着いた。

門の上には大きな看板が掲げられており、そこには“ブラックモアズ商会”と書かれていた。


「坊主、ちょっとそこでしばらく待ってろ」


ダンはマーズにそう言うと、一人で屋敷の中に入っていった。


マーズは待ちぼうけをくらった。1時間、いや2時間ほど待っていたであろうか。時折りダンに捨てられたのではないかと焦りもした。


そして、およそ3時間後、屋敷のドアがギイイと開いたかと思うと、ずっしりと大きな袋を抱えたダンが出てきた。少し息があがっているようだ。


「これでよし、待たせたな坊主。少し“お話“をつけてきたんだ…これは戦利品さ」


袋の中には何が入っているのであろうか、マーズはその時分からなかったが、大金と様々な通行証などであった。

そして、その後何故かファンゴに対する嫌がらせをするようなものは全く居なくなったという。


「これでしばらく楽に過ごせるな…とりあえず馬車に、ありったけの食料やら家具やら必要な物を買って帰ろう」


マーズは目をキラキラさせてダンを見つめた。

出会った時は、怖くて近寄り難い男だったが、その腕っぷしや行動力に、次第に憧れの眼差しを送るようになっていったのである。


「帰ったら特訓だ。お前に剣を教えてやる」


マーズは力強く頷いた。


「うん!僕頑張るよ!」


そして、再び彼らが市場に向かおうとした時である。

ダンは突然、マーズに路地裏にそれろと指示を出した。そして、路地裏に入った瞬間、ダンは後ろを振り向き、剣を取り出した。いつの間に剣を持っていたのであろうか?おそらく先程のブラックモアズ商会で“拝借”したのであろう。


そしてダンの後を追うように路地裏に入ってきた一人の男の胸ぐらを掴み、壁に押し当て、剣を喉元に当てがった。


「貴様。俺が気が付かないとでも思ったか?」


その男は、突然の出来事に、思わず手を挙げ、声を出した。


「い、いや、すまん!驚かすつもりはなかったんだ!剣をしまってくれ!」


そして、その男が次に放つ言葉に、ダンは驚いた。


「勇者アマダーンよ。わが眷族(けんぞく)を保護していただき、感謝する」


ダンは剣をさらにぐいっと押し込んだ。


「貴様!何故俺の名を知っている!」


男はおそらく、サーバス人であろうか。

ダンやマーズと同じく褐色の肌に艶のある黒髪。口髭を蓄えており、真っ白な装束に身を包んでいた。気品ある雰囲気は、貴族のようでもある。しかし、ここらの風土にはいささか場違いな感じもした。

温和な表情で、その目は透き通るように美しく、淡いグリーンの色をしていた。


「すまぬ。まず名乗るべきなのだろうな。私はアディーム。砂漠の国のドラゴンだ」


ダンは、一瞬耳を疑った。

そして、マーズはダン越しに見えたその男を見るなり、とても懐かしい感じがしたのである。そして、思わず声をあげた。


「父さん…?」


ダンはマーズの言葉にさらに驚いた。父親だと?一体何が起きているのか理解するのに必死であった。男は穏やかな口調で話し始めた。


「アマダーンよ。どうか聞いて欲しい。お願いだ。まずこの剣をどけてくれないだろうか」


ダンはゆっくりと剣を下ろした。


「すまない。ドラゴンと聞いて受け入れたな。分かるぞ。お前は既にドラゴンを知っているからな。その首に付けている石はまさしくドラゴンのオーブの卵だ。おそらくアズィールであろうか?」


ダンはアズィールの遺灰から取れた石の首飾りを握った。これは自分しか知り得ない真実である。まさにこの時、この男がアディームであると認めざるを得なかったのである。


「ドラゴンのオーブの卵だと?」


彼は毎晩のようにうなされた時、この石を見つめると不思議な落ち着きを取り戻していた。その秘密がまさにこれであったのだ。


アディームは続けた。


「アマダーンよ。ビョンセから託されたであろうその子はまさしく、伝説の勇者の末裔だ。

というより、正しくは“選ばれた者”であるのだがな。彼はビョンセが身籠った時には、ただの人間の子であった。しかし、死産になってしまった。魔王の復活の兆しを掴んだドラゴンの意志は、その赤子に再び命を吹き込んだのだ」


ダンはマーズを見つめた。そして、ビョンセの語っていた通り、死産の赤子が命を吹き返したことを思い出した。まさに彼女の言っていた通りである。


「分かった。で、そのドラゴンが俺に何の用なのだ?」


アディームはダンに言った。


「魔王が復活したのは知ってるであろう。魔王と勇者は、表裏一体。即ち陰と陽。その子には魔王を封印する尊き使命があるのだ。どうか、お願いだ。その子を連れてサーバスの神殿、即ち勇者の墓に向かうのだ。そこで火の民の子と風の民の子に出会え。そこでまた再び会おう」


そう言うとアディームは、煙のようにふっと姿を消したのである。


ダンは驚いてまわりをキョロキョロと見渡した。


「な、今のは何だ?幻か…?」


マーズはダンの服をぐいと引っ張った。


「ダン!あの人は誰なの?僕のお父さんなの?とても懐かしい気がした…」


ダンはマーズの言葉に、これは幻ではないと分かった。そして、ビョンセの言葉が真実であると再び痛感したのである。


「サーバスか…火の民の子だと…?」


ダンは、“火の民”と聞いて思い浮かぶ人間は一人しかいなかった。


「まさかな…」



ーサーバスに向けて、空を飛ぶ二つの影があった。一つは、翼の生えた駿馬。そしてもう一つは、大きなシルバードラゴンである。


「そろそろ慣れてきたか?ドロレス?」


シルバードラゴンのセレナの背に乗ったガラは、ずっとうずくまって目を閉じているドロレスに声をかけた。


「ううう〜!な、なぁセレナ…もう少しゆっくり飛んでくれないか?」


セレナは思念でドロレスに答える。


《ヴェダーのペガサスが速いの!追いかけるだけで精一杯!気を抜いたら見失っちゃう!》


ガラは、物凄いスピードで空を駆けるペガサスに目をやると、呟いた。


「あいつ…風の民の末裔だからな。他のペガサス乗りよりも数段上の速さだ」


ドロレスは、セレナに伝える。


「セレナ!ちょっと休憩しないか?ヴェダーの横につけてくれ!」


セレナはぐんとスピードを上げ、ヴェダーの横につけた。風の抵抗が凄まじく、ガラもドロレスも、少し体を前屈みにしてセレナにしがみ付いた。


ヴェダーは、横についたセレナに気が付いた。


「ん?どうした?何かあったのか?」


ドロレスは、必死で手を振り、ヴェダーに合図を送った。

しかし、ヴェダーは、笑顔で手を振りかえした。


「くそっ!奴に全然伝わってない!トレモラームがあれば!」


古代魔導遺物で離れても会話が出来るトレモラームは、パンテラからの距離が遠い為、使用出来ないのであった。

次第に再びグングンとヴェダーが遠ざかる。


「こ、こうなったら…」


ドロレスは、ゴソゴソと道具袋から、メガデス(彼女専用のバトルアックス)を取り出した。


「お、おい、それどうすんだよ?まさか…」


ガラは心配そうに見ているが、ドロレスは、グッとメガデスを構えた。


「大丈夫!ちょいと手加減して…ロイヤル・ハント!」


ドロレスは、ヴェダーの背中目掛けてメガデスを放った。


「ば、ばか!何やってんだ!」


ガラが言った瞬間、メガデスは、ヴェダーの背中にゴン!とぶつかった。しかし、衝撃が強過ぎたせいで、ヴェダーはバランスを崩して落馬してしまった。


「のわぁぁぁ〜っ!!」


「あ、いけね!力の加減間違った…」


ドロレスは、頭をかいた。

ヴェダーは、バタバタと手足を動かしながら落ちていく。


《大変!》


セレナは落ちていくヴェダーを追いかけるが、間に合わない。


ヴェダーは、下の森に落下した。

バリバリと木の枝がぶつかり、折れる音がする。


「や、やっちまったな…」


「やばい…」


ガラたちは顔が青ざめた。

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