第二章「エルフのドラゴン編」第7話「元老院」

エルフの都「トト」の美しさとは裏腹に、ガラとセレナの囚われている牢は、暗く陰鬱な空気が漂っていた。

壁の上部にある小さな鉄格子から差す僅かな光が斜めに差し、じめっとした牢屋の床を照らしている。

ドラゴンの純粋な少女は、恐怖で涙を浮かべ、必死でガラに呼びかけていた。

ガラが目を覚ますと、セレナは心の底から安堵した。彼女は一体何が起きているのか分からなかった。先程まで美しいエルフの都を歩いていたはずなのに、あの建物に入ってからの記憶がないのである。それはガラも同じであった。

ガラはおそらく、何か強力な魔法を受けたのだと思った。いや、そもそもエルフの都自体が幻であったのではないかとも思えた。

ガラは怒りに打ち震える心を必死で制しながら、冷静な分析をしようと心がけた。

何故、エルフたちは我々がこの国に来ることが分かっていたのであろうか。

ガラは、マングー村を出てから今の今まで、魔導士たちの追っ手を一度も見なかったのである。あれ程までにオーブに執着していたアングラは、何を考えているのか。ハーフリングのニコが指摘した通り、本当に彼らもエルフのドラゴンを追っているのであろうか。


その時である。

通路の奥から「コツン、コツン」と足音が近付いてきたのである。

門の近くで会ったハイエルフの男と、白い装束を身につけたエルフの男が二人歩いて来たのだ。


「てめぇ、何のつもりだ!」


ガラの言葉は怒りに満ちていた。


ハイエルフの男は表情をひとつ変えず、穏やかだが冷たい笑みを浮かべながら静かに答えた。


「手荒な真似をしてしまって失礼をば致しました。今のところあなた方は、我が国にとって『要注意人物』であるとの認識の上でのこと。どうかご容赦ください」


「一体俺たちに何をした?ドロレスや他の皆は?」


セレナもハイエルフの男を睨みつけている。


「ご安心ください。ちょっとした魔法を込めたガスで寝ていただけです。彼らもご無事ですよ。違う牢屋に入っておいでです。何分狭い牢屋でして、一部屋に二人入れるのがやっとでございます」


そう言うと、彼はエルフの一人に指示をし、牢の鍵を開けた。


「これからあなた方を、元老院のいる評議会へ連行します。そこで尋問を受けていただきます。どうか無茶な行為だけは、お慎みください。あなた方の行為いかんによっては、再びこの場所に戻るか、極刑なんてこともあり得ますので」


ガラとセレナは拘束されたまま牢から出された。


「尋問だと?俺たちが一体何をしたって言うんだ?」


ハイエルフの男は、人差し指を口に添えて静かに話した。


「何か言いたいことがあれば、評議会にて、ご発言なさってください。元老院たちがあなた方の処遇を決めますので」


そしてガラたちは外にある馬車に乗せられた。

馬車は真っ黒で頑丈な鉄で出来た、檻のような馬車であった。馬車を引いている馬も黒く、白亜の建物が並ぶ美しいエルフの街並みにはまったく浮いた存在であった。

ガラはふと後ろにも馬車が並んでいるのが見えた。馬車は全部で3台並んでいる。前の馬車にハイエルフたちの乗る馬車、中央がガラとセレナ。後ろの馬車にはドロレスたちが乗っているようだ。

馬車はトトの美しい街並みを進んでいった。

あまりにも目立つその馬車は、街ゆくエルフたちの目をひき、注目の的になっていた。しかし、決してそれが友好的なものに向ける眼差しではなかったのである。

何やら馬車に向かって悪態をつく者、軽蔑の眼差しを向ける者、子供のエルフたちは、ふざけ半分で馬車に向かって石を投げたりしていた。


「この国は、エルフ中心だからな、エルフ以外の人間には冷たいんだ」


ニコは、馬車に揺られながら外を見て言った。隣に座っているドロレスは、ふんと鼻を鳴らして言った。


「お笑い草だ。あたしのいたパンテラとまるで逆じゃないか」


「人間とは愚かなものよ…拙者のいたエイジアでも、やはり人間同士で差別をし合っておったよ…」


マコトは目を閉じて嘆いた。


セレナは、この光景を見て胸が苦しくなった。


「人間は、複雑…ガラ前にも言ってたね」


ガラは、ため息混じりに言った。


「これが人間だ。嫌になるよな…」


セレナは黙ったまま、悲しみを湛えた目で外の光景を見つめていた。


森を通る時に見えた白亜の巨大な建物が目の前に現れた。エルフの元老院が居る議事堂である。

ガラたちは、エルフの兵士に連行され、巨大な螺旋階段を上がり、大きな部屋に案内された。

部屋の中央には柵があり、ガラたちはその前を横一列に並んだ。

目の前にはエルフの紋章が刻まれた台が置かれ、ガラたちを見下ろすように椅子が置かれている。


「元老院が入られます!」


エルフの兵士がそう言うと、奥の方のドアが開き、ぞろぞろとエルフたちが出てきて、椅子に腰掛けたのである。

中央に座った女性のハイエルフが穏やかな声で話し出した。


「これより、ジャニス女王陛下の名の下、わが国トトの首都ルカサ評議会において、ガラ及び、竜の巫女、その仲間たちに対し、尋問を執り行う」


「『竜の巫女』だと…?」


ガラはその表現をどこかで聞いた気がした。


「尋問だって?あたしたちが一体何をしたって言うんだ?」


ドロレスが反論した。


「私は元老院議会議長のラヴ。不用意な発言はどうかお控えいただきたい。我々はあくまで公正な立場であなた方を尋問します」


ラヴは、非常に冷静な声でドロレスに伝えた。


「このどこが公正だよ」


ドロレスは手錠がかけられた両手を上げた。


「静粛に!我々はそなたらを危険人物と捉えている。武器を押収したのもその為だ。我が国に被害が及ばぬよう、配慮させてもらったのだ!」


ラヴの左隣りに座っているダークエルフの女性が言った。どこか高圧的な口調である。


ラヴは、ガラたちに言った。


「では、ガラよ。そなたに改めて聞こう。以下様な理由で我が国に入ったのであるか?」


ガラは落ち着いた声でゆっくりと話し出した。


「俺はまず、パンテラで、ドラゴン退治を引き受けた…


ガラはセレナと出会ってから、現在に至るまで理路整然と話した。ガラの説明は、事実のみを淡々と伝えており、非常に分かりやすかった。それは彼が敢えて私情を必要以上に入れないことによって、客観的な立場で判断しやすくするためでもあったのだ。


「なるほど、よく分かった。では、コンパルサの老龍ヴァノによる直々の依頼であったと。では、それが真実であると言う証拠はあるか?」


その時、マコトが手を挙げた。


「議長殿。よろしいか?」


ラヴは、マコトに目を向けうなずいた。


マコトは一礼して話し始めた。


「拙者は、東方エイジアより参ったリュウモンマコトと申す。我が国も同じく、水龍雷麟よりお告げを賜り、そなたらの国へ参った次第。同じくエルフの竜に危機が迫っているとのことです。ガラ殿とは、マングー村にて出会い、双方時を同じくして、竜のお告げ通りに行動していると分かり、行動を共にしており申した」


それを聞いたあと、左端に座るエルフの女性が、挙手した。


「私はドラゴンの神殿タンブの守護者アレサ。彼らの指摘する我が国のドラゴン、エズィールの危機。これはエズィールの双子、アズィールの失踪と捉えてよろしいかと」


「双子だって?」


ガラは驚いた。


「アレサ。国家機密事項を漏らさぬ様、発言には充分注意を。確かに、我が国は太古よりドラゴンを認知しており、それは未だかつてない危機に瀕しておる。そなたらの指摘は当てはまっている」


ラヴは、ガラたちに視線を注いだ。

その時、ラヴの右隣りのダークエルフの男が挙手をした。


「ガラよ。いや、元クァン・トゥー勇者英雄隊のガラ。我々はもう一つ重要な情報を得ている。それは、そなたらが、クァン・トゥーにおいて国家反逆の罪に問われているということだ。これは事実であるか?」


「でっちあげだ!」


ドロレスが叫んだ。


ダークエルフの男は続けた。


「しかも、そなたは竜の巫女をそそのかし、共にクァン・トゥーの旅団を襲った。しかも、クァン・トゥーにおける最強の魔導士も亡き者にしたと」


「誰からの情報だ?」


ガラは静かに言った。


「そなたがよく知っている男だ。勇者アマダーンだよ」


ダークエルフの男がそう言った瞬間、ガラの表情が強張った。


「何…だと!?」


勇者アマダーンが動いている。

ガラの予感は的中した。なぜ魔導士たちが追って来ないのか、なぜ既に自分たちの入国を知らされていたのか。合点がいったのである。


その時、ダークエルフの男のさらに右隣りに座っているハイエルフの男が挙手をした。


「勇者アマダーンは、君たちの来る1週間ほど前に来たんだ。君たちの王からの親書を携えてね。我が国と国交を結びたいと。私は個人的には賛成だ。なんせこの国は今、危機に瀕しているからね」


その時、ラヴの左隣りのダークエルフの女性が叫んだ。


「ヴェダー!貴様無礼であるぞ!」


「ドニータ。今更何を隠す必要がある?誰しもが思っている事実ではないか。魔物の増加で交易も憚られている。度重なる農作物の不作で、民は困窮している。トトは今、変わるべき時なんだよ」


ラヴは、言った。


「ヴェダー、話がそれています。アマダーンの情報と、ガラたちの言い分には乖離があります。

我々はあくまで中立な目で判断しなくてはいけない。ガラよ。もし、そなたらの主張が事実であるとするならば、我々も手を貸していただきたい。しかしながら、他国とはいえ、国家反逆の罪に問われている者に協力を仰ぐというのも、危険を伴います」


その時、右端に座っているハーフエルフの女性が挙手をした。


「議長、彼らに質問があります。ガラよ。あなた方は、マングー村からサーティ平原を抜け、ポカロ山脈の坑道を通り、我が国へ入ったと。途中の魔物たちを退治したというのが、事実であれば、我が国に取っても有益なことです」


ラヴの右隣りのダークエルフの男が挙手をした。


「それは見方を変えれば、大変に危険なことであるとも捉えられるのでは?そんな強大な力を持つ者が、我らのドラゴンのオーブを狙っていると」


ドニータと呼ばれるダークエルフの女性も挙手をした。


「オーブを奪い、エルフの結界を解けば、彼らの思う壺です。この聖なる土地を奪われてしまう!」


ハーフエルフの女性が答えた。


「ストーン、ドニータ。私はハーフエルフとして、あなた方よりは色眼鏡で見てはいないつもりだ。魔物がいなくなれば、交易が復活します。それによって、再び我が国が豊かになり強固になるのでは?」


ドニータは不満そうな表情になった。

ラヴは言った。


「メリッサ。いずれにせよ証拠が必要です。ガラよ。そなたらの動機が信用出来る何か証拠はあるだろうか。それによっては、釈放し、我が国へ協力していただく。もし、信用足り得なければ、このまま幽閉し、場合によっては処罰の対象となります」


「証拠はない。信じてもらうしかねえ…」


ガラは少し俯いて言った。


するとダークエルフの男性ストーンが挙手をした。


「では、議長。調査隊をポカロ山脈へ派遣し、状況証拠を把握してはいかがでしょう。それまではこの者たちは幽閉、もしくは武器を没収したまま隔離しておく以外にないと思われます」


その時であった。


ガラたちの後ろの扉が開き、声がした。


「その必要はない!」


皆がその扉の方へ目を向けると、一人のエルフの男が立っていた。エルフの男は、長く白い髪で、白い装束に身を包み、穏やかな笑みを浮かべていた。

その男を見て、アレサが叫んだ。


「エズィール様!」


ガラたちは、驚いた。


「エズィールだって!?」


エルフはゆっくりと歩き、ガラたちを背にして元老院の方へ向いた。そして、ゆっくりと話し始めた。


「わしはすべて見ておった。実際に彼らと行動を共にし、山を越えてきたのだ。彼らはまさに驚くべき知恵と勇気を兼ね備えた英雄である。信頼たるに充分であると言えよう」


「な、なんだって?行動を共に?一緒にいたってのか?」


ドロレスはそのエルフに向かって言った。

その時、エルフはガラたちの方を振り向くと、ホホッと笑った。するとみるみるうちに体が小さくなっていき、白い毛と黒い毛が生え始めた。四つん這いになると、鼻が伸び、なんと犬に姿を変えたのだった。


ニコは叫んだ。


「ペイチだ!お前!そう言えばトトに入ってからどっか行っちまったと思ったんだ!えっ?エズィールがペイチ?」


セレナは驚いて笑った。そして思い出した。

ニコの小屋で初めてペイチに触れた時の違和感の正体はこれであったのだ。


「ワン!」


犬はひと吠えすると、再びエルフの姿に戻った。


「わしはドラゴンだが、変身は得意なのだよ。もっとも、この犬はお前さんが鉱山ではぐれた時、力尽きて倒れていたのを、わしが体だけ拝借したのだけれど。ちなみに我の中でまだ生きておるぞ」


そして、エズィールは、振り向いてラヴに言った。


「議長、よろしいか?彼らは正当な理由があって遥々この国へ来た救世主じゃぞ」


ラヴは、少し穏やかな表情になり、ガラたちに言った。


「よろしい、では彼らを釈放することを許可する。しかしながら、クァン・トゥーの国家反逆という罪に対しての事実は未だ不透明。よって条件を付与させていただく。そなたらの身柄は全てアレサに全権を委ねる。アレサの監視の元、エズィールの危機を救う為にご協力いただきたい。その働き如何によって、あなた方に対する処遇を再度検討します。

以上、これにて尋問を終了する!」


ガラたちの手錠が外された。

彼らはお互いに抱擁し合い、安堵した。

アレサとエズィールは、彼らに歩み寄った。


「ガラ、セレナ、ドロレス、マコトよ。よくぞ来られた。わしが世界中のドラゴンたちに協力を依頼したのだ。これは、我が国だけの危機では最早ない。そなたらの協力なくしては、この危機は救えないのだ」


アレサが続けた。


「ガラ。あなたたちの武器は私が預かりました。これからあなた方をドラゴンの神殿『タンブ』に連れて行きます。どうか、この危機を救っていただきたいのです」


ガラはアレサに言った。


「あいつは…アマダーンは今どこにいる?」


アレサは深刻な顔をして答えた。


「それが…分からないのです。親書を渡したあと、我々にあなた方の情報だけ伝え、去って行きました」


ドロレスは嫌な予感がした。

このアレサというエルフがドラゴンの神殿の管理者だとして、エズィールもここにいるということは、今、オーブが狙われるかもしれないと直感したからである。

ガラたちはすぐさま議事堂の外にある馬車に飛び乗り、ドラゴンの神殿「タンブ」へと向かった。


先程、ガラたちが幽閉されていた場所から乗って来た馬車とは違い、真っ白で黄金の飾りを施された豪華な馬車であった。中には向かい合う様に4人ずつ乗っている。

先頭の馬車にはガラ、ドロレス、アレサ、エズィール、後ろの馬車には、マコト、セレナ、ニコが乗っている。

ガラはアレサに言った。


「アマダーンが動いているということは、かなりヤバイ状況だ。あいつはきっとオーブを奪いに来る。いやもう既に奪われているかもしれない」


アレサは答えた。


「それには心配要りません。我がドラゴンの神殿では、強力な護衛たちがオーブを守っています。しかし何故です?そんなことをすれば国交など、もっての外、我が国を敵にまわします」


ドロレスは言った。


「ちがうよエルフのおねえさん。何故このタイミングで国交なんか結ぶんだ?ってことだよ。おかしいだろ?奴らの目的は他にあるのさ」


アレサは深刻な表情になった。


「そんな…はじめから国交なんか眼中に無かったなんて…舐められたものね。エルフは」


ガラは尋問の時、アレサが言っていた、双子のドラゴンについて尋ねた。

エズィールは、顎を触りながらゆっくりと話し始めた。


「アズィール…彼女はわしの双子のドラゴンだ。

随分と長い間、二人でこの国のオーブを守ってきた。お主らの国とは違い、トトではエルフとドラゴンが互いに助け合いながら暮らしているのだ。しかし、アズィールは非常に好奇心が旺盛でな、エルフの姿で彼らと共に行動することが多くなっていった…」


エズィールによれば、アズィールの興味の先は、次第にエルフの国からさらに世界中へと向けられ、オーブを守護するというドラゴンの生き方に嫌気が差していたのだという。

そしてある日、アズィールは突然姿を消し、エズィールの元からいなくなったのである。

今から約10年程前である。それは、トト周辺の魔物が強大化してきたのと一致する。おそらく、トトのオーブの力が半減した証拠であるといえよう。

エズィールは、このままではトトどころか世界の均衡が不安定になってしまうとの危機を世界中のドラゴンへと伝えた。そして、自ら姿を変え、ガラたちの到着を待っていたという。


ドロレスは、その話を聞いて思った。


「まるでセレナみたいだな…」


エズィールは言った。


「我々は元々二人で一つであった。一人の担う霊力の割合が、他のドラゴンよりも大きいのだ。ヴァノやライリンは単独でも安定化させることが出来る。アディームも然りだ。だが、若いドラゴンが外に目を向けるのは、時代の流れというものなのか、はたまた何か違う理由があるのやもしれぬのう…」


エズィールはどこか寂しげな表情を浮かべた。


「もはやドラゴンのオーブに頼るという時代も終焉を迎えているのやもしれぬ…」


ドロレスはエズィールに言った。


「冗談じゃない!オーブが無くなったら、あのデカブツやぐちょぐちょやヌメヌメがそこらじゅうに湧いて出てくるってのか?そりゃ勘弁だ!」


ガラはエズィールに言った。


「アズィール消息の手掛かりとかはないのか?」


アレサが答えた。


「我々も捜索隊を結成し、世界中へ派遣しております。5年前、南方の砂漠の国サーバスで目撃情報があったと…しかし、それも雲を掴む程度の話です。実際に情報のほとんどは、何かの勘違いやデマなどです」


ガラは、考えを巡らせた。アマダーンがオーブを狙ってくるのを防ぎつつ、アズィールを見つけ出し、説得する。これは並大抵のことではない。

ガラはエズィールに聞いた。


「もし、オーブがある人間の手に渡り、悪用されるなんてことになったら、どうなると思う?」


エズィールは厳しい表情になり答えた。


「オーブを操るには、相当な霊力が必要だ。古代のドラゴンの民が生み出した秘術の中の秘術なのだ。ドラゴンという至極純粋な霊力の持ち主であるからこそオーブは安定する。中途半端な人間がオーブの力を使えば、必ずしっぺ返しをくらう。世の理を変えてしまうのだからのう。最悪のケースは…」


ドロレスはエズィールの方を向き、緊張した面持ちで聞いた。


「…最悪のケースだって?それは…な、なんだよ?」



「魔王復活だ」


「!?」


ガラとドロレス、アレサは戦慄した。


エズィールは額に汗を滲ませた。


「魔王は、かつて古代の勇者が葬ったとされている。しかしながら完全に消滅させることは出来ない。何故なら、正義と悪、陰と陽、生と死、それらは互いにバランスを取り、存在し得るもの。魔王を完全に滅するということは、勇者自身も滅することになる。それは『無』の到来だ。『無』が一番恐ろしいのだ」


ガラは背筋が凍る様な気持ちがした。


エズィールは、さらに魔王について語り出した。


「魔王は、深淵に眠っている。だが常にこちらの様子を常に伺っている。ほんの少しでも綻(ほころ)びが現れれば、そこから顔を出すのだ。それは、お前たちが鉱山や沼地で会ったやつらだ。あれは魔王の仕業なのだ。だが、オーブを使って理をねじ曲げてしまえば、それは魔王に取ってまたとない好機を与えてしまう。おそらく魔王自身が現れるだろう」


ガラは、クァン・トゥーのアングラがそれを知っているとは思えなかった。


「アングラの手に渡らせたら終わりだな」


ドロレスは頷きながら答えた。


「アマダーンはどこにいるんだ?これを聞いたら手を引くんじゃないか?」


アレサが言った。


「そろそろタンブに着くわ」


ガラたちは、馬車を降りた。アレサは預かっていた武器をガラたちに返した。



【ドラゴンの神殿タンブ】

トトの首都ルカサの近くに位置するエルフのドラゴンの神殿。クァン・トゥーや他の国とは違い、エルフは太古よりドラゴンを認知し、共存してきた。

双子のドラゴン「エズィール」と「アズィール」により、オーブの力で均衡を保っている。しかしながら、現在はエズィールが単独でオーブを守っている。

神殿は、石で出来た数本の柱にドラゴンが彫られており、奥にある壁画にも太古よりいかにしてエルフと共存されてきたのかが描かれていた。中心に白く光輝くオーブが安置されており、ドラゴンと周りの屈強な護衛によって守られている。


アレサはガラたちを神殿の中へと案内した。


「オーブは無事ね。よかった!」


そして、エズィールはアレサに向かって言った。


「奥にいるわしの幻影に気が付かぬとは、お前もまだまだよのう」


エズィールは、ペイチになっていた間、自らの幻影を作り出し、タンブに置いておいたのだ。


セレナはどこか懐かしい感じがした。コンパルサとは違うが、ドラゴンの霊力が溜まっている場所だからであろうか。

マコトはエズィールに向かって言った。


「アズィールの消息を辿らねばならぬ。エズィール殿。アズィールの特徴を教えていただきたい」


エズィールは、言った。


「我らエルフのドラゴンは羽毛に覆われておる。この幻影を見るといい。セレナやライリンは鱗であろう。わしらは羽毛なのだ。それに氷の息を吐く」


「なんと!氷!?それは恐ろしい!」


エズィールは続けた。


「人間の姿は、どれ、セレナより少し大人か、背丈も少し大きいな。黒髪のエルフだ」


ニコは言った。


「と、すると、あそこにいる女性のエルフのような感じかい?」


ニコは神殿の外にいる女性エルフを指差した。

エズィールは、指差した方を向くと、驚愕した。


「なんということだ…!」


「アズィール!」


なんと、アズィールが神殿に姿を現していたのである。

ガラたちは驚いた。

アレサは涙を浮かべている。


「アズィール様!」


アズィールは不適な笑みを浮かべながらエズィールの方にゆっくりと歩いてきた。


「お久しぶりね、エズィール。何やら楽しそうなお仲間じゃない?」


エズィールは答えた。


「心配かけおって!彼らはお前の為にわざわざ長旅をして来たのだぞ!」


ガラはアズィールに向けて言った。


「おやおや、向こうからお出ましとは。手間が省けた。おい、アズィールさんよ。あんたのおかげでこちとら何度か死にかけてる。頼むからここでオーブを守っていてくれねえかな」


ドロレスが続けた。


「今、エズィールからヤバい話を聞いた。あんたが勝手なことしてると、もっと恐ろしいことが起きるんだ。頼む。世界をまた元に戻してくれ」


アズィールはドロレスとガラに向けて笑顔を向けた。しかし、すぐに険しい表情に変わった。


「あなたたち人間は、本当に勝手な生き物だわね。私たちをこきつかってオーブに縛り付けて、エズィールも、よく懲りないわ。私たちは利用されてるのよ。こんなくだらない生き物の為にね!」


エズィールは怒りの表情を見せた。


「なんという冒涜!ドラゴンの使命を忘れたか!哀れな双子よ!」


アズィールは、ふとセレナに目を向けた。


「あなたもそうでしょう?私と同じ気持ち。分かるわよね」


セレナはアズィールを睨みつけた。


「私は、人間が好きだ!ダメなところもいっぱいあるけど、人間が困っているのは我慢できない!」


アズィールは、セレナを見て嘲笑った。


「なに言ってんのかしら!あなた自分の棲む場所を離れて、こんなことを言いに来たっての?そう言うあなたは何故オーブから離れたのよ!?」


セレナは言葉を失った。


「そ、それは…」


と、その時であった。

神殿の上から男の声がした。

勇ましく、低く、よく通る声であった。


「アズィールよ、その娘をいじめるな…」


神殿の上から飛び降り、すっと着地した男は、褐色の肌に黒髪をなびかせ、銀の胸当てを付けていた。腰には獅子の顔をあつらったサーベルを差している。


その姿を見たガラは、拳を握りしめて叫んだ。


「アマダーン!!」

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